エピソード_46
「レヴィが、フォンテーヌ家へ?」
アイリーンは思わず声を上げた。
ヴェロニカから手渡された手紙の内容は、まるで報告書のようなものだった。
エドワードからの手紙はぶっきらぼうではあるが、簡潔に詳細が書かれている。
その内容は明快だった。
アイリーンの離縁に伴い、レヴィは、そのままヴィクトールに仕えることになっていた。
しかし、本人の強い希望により、かつての奉仕先――フォンテーヌ家への復帰を願い出たという。
そしてそれは、既に受理されている。
「私たちのワンちゃんったら、なかなかお利口よね」
ヴェロニカは、アイリーンの反応を観察するように視線を投げ、涼しい顔でティーカップを持ち上げた。
その声には、どこか含みがあるようだった。
アイリーンは眉を顰める。このこと自体には、不自然さはない。
侍女が元の主家への復帰を望むのはよくあることだ。
しかし、エドワードからの追記を読み進めると、フォンテーヌ家が難色を示していることが綴られていた。
それは意外なことだった。
「フォンテーヌ家に戻る日は今も未定のまま…?」
アイリーンは困惑を隠せずにつぶやいた。
なぜフォンテーヌ家が、あれほど信頼していたレヴィの復帰を拒むのか。
そこには何か、表面的には見えない事情があるのかもしれない。
「このことについてどう思うか、ぜひアイリーンに聞いてみたくてね。いかがかしら?」
ヴェロニカはカップを受け皿に戻し、アイリーンの表情を窺うように見つめた。
「……おかしいと思います」
アイリーンは静かに答えた。
「レヴィは優秀な侍女だと、父や母も褒めていました。」
アイリーンは、手元の手紙を見つめた。
「レヴィが家に戻れば、みんな喜ぶはずです。…私には理由がわかりません」
「そうなの」
ヴェロニカはゆっくり頷き、そして唇の端をわずかに持ち上げた。
「そういえば、彼女のことを私はあまり知らないわ。アイリーンの知っている限りでいいから教えてくれないかしら」
「レヴィのことでしょうか?」
「ええ、そうよ。生い立ちを聞けば、何かわかるかもしれないわ。」
アイリーンは一瞬目を伏せ、記憶を手繰るように言葉を選んだ。
「レヴィが屋敷に来たのは、私が八歳の頃でした。幼い数人の侍女と一緒に。」
当時のことは、アイリーンもほとんど覚えていない。
父や母、レヴィ本人から聞いた話を、頭の中で繋ぎ合わせながら語っていく。
「当時、フォンテーヌ家はとても羽振りが良かったそうなんです。父が使用人を増やしたいと知り合いに相談したところ、名のある宮廷魔術師を紹介してもらいました。何でも、孤児を引き取って、奉仕ができるよう読み書きやマナーなどを教えている方なのだそうで。」
ヴェロニカの目が細められ、鋭く光る。
しかし、アイリーンはそんな彼女の様子に気づくことはない。
「その中でも、レヴィはとても優秀で、すぐに私の専属になりました。ずっと一緒にいて、いろんなことを教えてくれて…。私は、彼女のことを姉のように思っていたんです」
「ふうん。なるほどね…。」
ヴェロニカはアイリーンを見て、にっこりと微笑んだ。
「あ、もしかして…」
アイリーンが何かに気づいたように、少し戸惑いながら口を開く。
「エドワードが言っていた“レヴィの後ろ盾”と、何か関係があるんですか?」
アイリーンがそう尋ねると、ヴェロニカの表情が一変した。
口元から笑みが消え、視線を逸らす。
「そうね。これはあくまで、私の勘でしかないんだけど」
ヴェロニカは視線を窓の外に向け、空の奥に何かを見つめるような目で言葉を続けた。
「もしかするとその侍女がフォンテーヌ家へ来た時から、全て仕組まれていたのかもしれないわ」
アイリーンは息を呑んだ。
言葉の意味が理解できず、唇が何度も動いたが、言葉にならない。
「今回のことも、そしてアイリーン、あなたの離縁のことも。」




