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エピソード_45

午後の陽だまりが差し込む広い屋敷の一室で、アイリーンは頭を捻っていた。

大きな窓から吹き込む風がレースのカーテンをふわりと揺らし、静かに部屋を通り抜けていく。

机の上には紙とペン、インク壺が散乱しており、ああでもない、こうでもない、と悩む彼女の思考をそのまま写し出しているようだった。


「すみません、紅茶のおかわりをお願いできますか?」


アイリーンは息を吐いて、近くに立っていた侍女に声をかける。

侍女は一礼し、紅茶を準備し始めた。


(新しい商品、といっても何をどうすればいいかわからないわ…。)


今日は宝石店がお休みの日。

アイリーンはルチアに頼まれた新しい商品のアイデアを絞り出そうとしていたのだった。


(そういえばこんな時、いつもレヴィはお茶を持ってきてくれていたわ。)


カップに注がれていく琥珀色の液体。

その様子を眺めながら、アイリーンはふと、ある人物の姿を思い出した。


『お嬢様、お茶をお入れしました』


冷静沈着で、いつも先回りしてアイリーンの望みを叶えてくれていたかつての侍女。

あの頃の自分は、与えられることに慣れすぎていた。

何も疑わず、何も考えず、ただ「良い子」として笑っていればよかった。

けれどそれは、誰かの思考に甘えて生きていた証だったのだ。


(レヴィ。いえ、レヴィだけではないわ。……色々な人に、私甘えすぎていたのね。)


侍女が差し出す紅茶を受け取りながら、アイリーンは小さく微笑んだ。

そのとき――


「アイリーン、こんなところにいたのね」


開かれていた扉から、明るい声が響いた。

ヴェロニカが扉のそばに立っていた。アイリーンと目が合うと、にっこり笑ってウインクをする。


「今いいかしら?お邪魔?」

「いえ、大丈夫です。ちょうど休憩しようと思っていたので」


アイリーンが答えると、ヴェロニカは微笑み、室内に入ってきた。

風に乗って甘い香水の香りが室内にふわりと流れ込んでくる。


「最近見ないと思ったら難しいことをしているのね。」


机の上の書類を見て、ヴェロニカは感心したように言った。

アイリーンはそれを聞いて、手に持った紙を見つめたままため息をつく。


「ルチアのお店でお手伝いをさせて貰っているんです。新しい商品を考えてるんですけど、なかなか思いつかなくて」


侍女が静かに近づき、自然な流れでヴェロニカの分の紅茶も準備し始めていた。

やわらかい手つきで二人分のティーカップが並べられ、銀のティースプーンがそっと添えられる。

アイリーンは、紅茶に口をつけかけたところで、ふと思いついたように顔を上げた。


「…あれ、そういえば最近、エレノア様とヴェロニカ様ご一緒されていないですね」


その一言に、ヴェロニカの肩がごくわずかに跳ねた。


「……そうかしら?」


努めて自然に返す声が、微かに上ずっている。


「前はエレノア様のお部屋にしょっちゅう来て、お話しされてらっしゃったのに」

「…まあ最近はちょっと忙しくてね。あ、そうだわ!」


話題を変えるように、ヴェロニカは懐から一通の封書を取り出した。

封蝋には見覚えのある紋章――それを目にした瞬間、アイリーンの表情が一変した。


「私たちの可愛い“犬”からお手紙が届いたの。アイリーンにも読んでほしくて」


その一言に、空気が張り詰める。

紅茶のカップを持つアイリーンの手が止まり、視線が封筒に吸い寄せられた。


「エドワードから?」


アイリーンは低い声で尋ねた。

さっきまでの陽だまりのような雰囲気は消え、部屋の空気さえも重いものに変わる。

それを見た侍女が気配を察し、静かに一礼して部屋を出ていった。


「――念のためだけど、私は先に読ませていただいたわ」


ヴェロニカはアイリーンを見て、うっすらと笑い、封筒をそっとテーブルの上に置いた。


「そうですか……ありがとうございます」


アイリーンは丁寧に答えたが、すでに内心は静かに緊張していた。

手紙の中に、何が書かれているのか。

なぜ、今このタイミングでそれが届けられたのか。


既に何かが動き出していると、アイリーンは張り詰めた空気の中で悟った。

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