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エピソード_43

「いい加減にしてくれ!こんなことになったのも、全部父さんと母さんのせいだ!」

「何だと!?」


アランの言葉に、エドモンがが怒りに顔を歪めた、その時だった。


「失礼いたします――」


書斎の扉が再び開き、執事長が顔を覗かせた。


「旦那様、お手紙が届いております」


エドモンは苛立ちをそのまま顔に出し、何も言わずに手を差し出す。

執事長は銀の盆の上に乗せた一通の封書を差し出した。


「誰からだ?」


エドモンが苛立ちを抑えきれぬまま封を切り、中の文面を流し読みすると、その眉がピクリと動いた。


「レヴィが……帰ってくるだと?」


その言葉を聞いて、部屋に沈黙が流れる。

予想外の名前だった。


「レヴィが?」


母が思わず反応した。

先ほどまでの緊張が一瞬にして消え、彼女の表情がぱっと明るくなった。


「それは良かったわ。あの子は、アイリーンにもよくしてくれていたもの。」


だが、父は顔をしかめたままだった。

その様子を見て、アランは何事かと黙り込む。

手紙を握りしめた指先は、明らかに動揺して震えていた。


「……今さら帰ってきても、あいつにさせる仕事はない」

「何ですって?」


母が驚いたように顔を上げた。エドモンは視線を合わせようともしなかった。


エドモンから見て、レヴィは娘を任せるに相応しい、優秀な侍女だった。

――そう、優秀過ぎたのだ。


レヴィがこの屋敷にやってきたのは10歳の時だった。

アイリーン付きの侍女の一人にと、「宮廷魔術師」からの紹介で招き入れたのだ。

招き入れた当時から、10歳とは思えぬ落ち着きようで、彼女はあっという間に専属の侍女として重宝されるようになった。


だが、エドモンは時間が経つにつれてその優秀さが疎ましくなった。

観察力、言葉の選び方、立ち居振る舞い、そのどれもが“ただの使用人”には到底思えなかった。

寡黙で何も言わない性格が故に、レヴィは全てを見抜いているような目をしていたのだ。


それに。


「レヴィに給金を払う余裕などない。」


父の言葉は冷たく、容赦がなかった。

その言葉に、アランが目を見開く。


「……まさか。そんなに家計が……?」


父は答えなかった。

代わりに、手紙を乱暴に机に叩きつけ、長い溜息をついた。


「今更帰ってきてどうなるというのだ。せっかく厄介払いしたと思っていたのに……」


エドモンはブツブツと吐き捨てるように呟き、暗い顔のまま書斎を出ていった。

その場には、母とアランだけが残され、部屋には重い沈黙が落ちた。


「まさか、ここまでとは……」


アランの脳内を父の言葉がぐるぐると巡っている。

“給金を払う余裕がない”――そんなこと、一度も聞かされていなかった。

二人にとって、それはまるで寝耳に水だった。


アランが母の方へ目を向けると、彼女は椅子の肘掛けに手を添えたまま、呆然と立ち尽くしている。


贅沢な家具、仕立ての良いドレス、舞踏会、贈答品――

フォンテーヌ家は安泰だと思っていた。

だが、突きつけられた現実は、受け入れるには残酷すぎるものだった。


灰色の雲に覆われた空の下、フォンテーヌ家の館は静まり返っている。

――もう、元には戻らない。

だが、まだそれを口にする勇気は、誰にもなかった。

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