エピソード_39
アイリーンは最初こそ緊張していたものの、宝石店での仕事を驚くほどスムーズにこなせていた。
(エレノア様の言うことは本当だったわ……。)
金銭管理の基礎、帳簿のつけ方、貴族への接客マナー——どれもエレノアの厳しい指導によるものだった。
彼女が繰り返し教えてくれたことが、自分でも信じられないほど一つ一つ役に立っている。
アイリーンは思わず、エレノアに心の中で感謝した。
「お店の経営について、最初に大切なのは何だと思いますか?」
アイリーンは少し考え込む。慎重に言葉を選びながら答えた。
「良い商品を揃えること……ですか?」
その日、アイリーンはルイの向かいの椅子に座り、ノートを開いていた。
ペンをしっかりと握る。
ルイの言葉を一つも逃さぬよう、真剣な眼差しを向けた。
「それも大切ですね。でも、何を持って『良い商品』とするかは、お客様が決めることなんです。」
ルイが穏やかにそう答えると、アイリーンは目を見開いた。
自分がお客だった頃には、考えたこともないことだった。
「少し難しいかもしれませんが、『お店や商品がどんな方に求められているか?』を考えるのが、商売を始める上で最初のステップなんです。」
「なるほど……。」
アイリーンは急いでノートに書き込んだ。
確かに、ただ商品を並べるだけでは売れない。
誰に向けたお店なのかを明確にしなければならない。
「ちなみに、どんな方がよく来られているんですか?」
「貴族の方が多いですね。特に、上流貴族の方がよく来られます。」
ルイが帳簿を開いた。それを聞いて、やっぱりとアイリーンは思った。
店は洗練された雰囲気があり、商品も高級なものばかりだ。
貴族の女性たちが訪れるのも納得できる。
「でも、若い方でも手に取りやすい小物も準備しているんですよ。」
ルイはショーケースの一角を指差した。
そこには小ぶりなブローチやシンプルなペンダントが整然と並んでいた。
「これらは、若い貴族の方や、ちょっとした贈り物を探している方に人気があるんです。実際によく出ているのは、こういう品なんですよ。」
「なるほど……!」
アイリーンはノートに書き留めながら、学ぶことが多いと実感した。
宝石店といっても、高価なものばかりではなく、幅広い層に向けた商品展開が必要なのだ。
「やっぱり経営には、こうした工夫が必要なんですね。」
「ええ。でも、一番大切なのは『お客様が何を求めているかを知ること』です。」
アイリーンは頷きながら、ペンを走らせた。
お店をただ維持するのではなく、どうすればお客様が喜ぶのかを常に考えなければならない。
そうしていると、接客を終えたルチアが戻ってきた。
「ルイ、あまり難しい話をするものではないよ。」
ルチアがルイをからかうように言った。その言葉にアイリーンは慌てる。
「いえ、とてもためになるお話でしたよ。」
ルイはそれを聞いて得意げな顔をした。ルチアは苦笑する。
「でも、アイリーンが来てくれたおかげでとても助かってるよ。お店もすっかり片付いたし。」
ルチアの言葉に、アイリーンはぱっと顔を輝かせた。
自分がここまでやれるとは思っていなかった。
最初は不安ばかりで、ミスをしないように必死だったのに、こうして認められるなんて。
胸の奥からじんわりと嬉しさがこみ上げてくる。
「ありがとうございます。でも、二人の指示が的確だからですよ。」
謙遜しながらも、アイリーンの声には確かな自信が宿り始めていた。
ルチアの指導の下、少しずつできることが増えてきた実感がある。
そう答えると、ルチアは、言葉を選ぶようなそぶりを見せた。
「実は、アイリーンにお願いしたいことがあって……。」
「えっ?」
突然のことに、アイリーンは驚いてルチアを見つめた。




