エピソード_38
エレノアは静かに椅子に腰を下ろし、向かいに座るアイリーンをじっと見つめた。
その視線にはどこか期待と厳しさが混じっている。
「あなたには実践をしてほしいと思っているわ。」
その言葉に、アイリーンは小さく瞬きをした。
実践——それはつまり、学んできたことを実際に行動に移すということなのだろう。
しかし、自分はまだ経理を学び始めてわずか数週間。
そんな中で何ができるというのだろうか。
「前にも言ったけど、生計を立てなければいけないわ。そのために商売を始めることは、あなたには必要なことよ。」
「はい……」
エレノアの声は穏やかだったが、有無を言わさない圧があった。
確かに、いつまでも学んでいるだけでは何も変わらない。
しかし、アイリーンは自分に商売を始める才能があるのかは、正直自信がなかった。
まだ知識が浅い自分が、どんな商売をすればいいのか。
考えれば考えるほど、答えが見つからず、ただ途方に暮れるばかりだった。
エレノアはそんな彼女の様子を静かに見つめた後、少しだけ微笑んだ。
「そこで、ある方にお願いをしているわ。」
アイリーンは顔を上げた。
「ある方……?」
「ええ、それはね……。」
「ルチア!」
アイリーンは再び、宝石店の前に立っていた。
彼女の姿を見たルチアは微笑みながら駆け寄ってくる。
「アイリーン!エレノア様から聞いていますよ!」
ルチアはどことなくそわそわしているようだった。
「来てくれてうれしいです、アイリーン。」
ルチアの後に続き、アイリーンは店の奥へと進んだ。
そこには、穏やかな光が差し込む事務室があり、机の上には書類の山が整然と積まれていた。
取引記録や注文書が並び、その一つひとつが店の営みを支えているのだと実感する。
「お店の裏を任せられる人はそんなにいなくて…。」
ルチアが恥ずかしそうに頭をかいた。
「まずは、この整理からお願いします。」
ルチアが書類の山を指差して指示を出す。
アイリーンは少し緊張しながらも手を伸ばした。
「それと、この部屋からは店内の様子が見えるけれど、お客様からはこちらは見えないから、安心して作業して下さいね。」
アイリーンは窓越しに店内を見渡した。
楽しそうに商品を選ぶ客たちや、ルイが穏やかに対応する姿が目に入る。
(私も、ルチアやルイのようになりたい——)
アイリーンは、こんな素晴らしいお店で働けることに、尊敬と感謝の気持ちを抱いていた。
ここで働くことが、自分の人生を切り開く第一歩になる。そう思うと、胸が熱くなった。
「今日からよろしくお願いします、ルチア!」
明るく答えると、ルチアは満足げに頷いた。




