エピソード_37
仮面舞踏会の翌日、ヴィクトールの屋敷は異様な雰囲気に包まれていた。
廊下を行き交う使用人たちのざわめきが絶えず、屋敷の空気をさらに重苦しくしている。
「本当だ!アイリーンを見たんだ!」
ヴィクトールは部屋の中を荒々しく歩き回りながら、こめかみに指を当てた。
(あれは夢だったのか? いや、確かに彼女だった……! どうして、どうしてこんなことに……)
昨夜の舞踏会の出来事が頭から離れない。
「誰なんだ、あの男は!?」
アイリーンが、まさかあの場にいるなんて——そして、見知らぬ男と一緒に。
「まさか、あの男のために金を借りたのか!?」
考えれば考えるほど、苛立ちと焦りが募る。
机の上の書類を乱暴に払いのけ、椅子に崩れ落ちるように座った。
「くそっ……!」
ヴィクトールが何かを怒鳴り散らす声が、扉越しにも聞こえてきた。
廊下の隅で侍女たちが小声で囁き合っている。
「ヴィクトール様ったら、本当にどうしてしまったの……?」
「前はあんなに冷静な方だったのに、あんなに取り乱して……」
使用人たちは、主の変わりようを憂いた。
その様子を見ていたレヴィも、内心穏やかではいられなかった。
「エドワード。」
レヴィは鋭い視線を向け、エドワードに詰め寄る。
「あなた、昨日の舞踏会に付いて行ったんでしょう? 何か知らないの?」
エドワードはわざとらしく肩をすくめ、薄く笑った。
「知らないに決まってるだろ。俺が聞きたいくらいだ。従者が中に入れるわけないしな。」
「……っ!」
レヴィは苛立ちを隠せず、舌打ちをした。
アイリーンが生きていた。しかも、協力者らしき男と一緒に。
(計画に支障が出たらどうしてくれるの!)
彼女の動きが読めないことが、計画に大きな支障を与えるかもしれない。
憤りを抑えきれないまま、レヴィは足早にその場を去った。
(どいつもこいつも勝手なもんだ……)
エドワードはそんな背中を冷めた目で見送る。
「報酬ははずむわ。私とアイリーンの役に立って頂戴。」
エドワードの脳裏には、昨夜の記憶が蘇る。
ヴェロニカの甘い声と、意味深な微笑み。
彼女の命を受けた以上、今朝の屋敷の様子をすぐに報告しなければならない。
エドワードは密書をしたためると、素早く封をし、決められた手順で送る準備をした。
(まあいい、両方を利用してやればいいことだ。全部片付いたら、金を持ってトンづらこいてやるぜ!)
エドワードは口元を歪ませ、不敵にほくそ笑んだ。




