エピソード_33
「俺は言われたままにやっただけだ!罰を受けるならあいつと、あいつに家の印鑑を渡していたそこの女だろ!」
エドワードは傲慢な態度を取り戻したかのように、声を荒げた。
「家の裏で、たまたまレヴィがいやがったからふざけて言ったんだよ。役立たずのあの女をちゃんと教育しろって。」
酷い言い草だ。エドワードの顔には、ほんの少しの罪悪感も見られない。
むしろ、楽しんでいるようにさえ見える。
「そしたら、あいつなんて言ったと思う?」
エドワードは唇を歪め、目を細めて続けた。
「『ええ、そうですね。私もそう思いますよ。』だってさ!」
その瞬間、エドワーは堪えきれないとばかりに笑い声を上げた。
「あいつはずっとお前のことを疎ましく思ってたんだ。あの屋敷で何も知らなかったのはお前だけだ!」
アイリーンは震える手でドレスの裾を握りしめた。
しかし、その目には今までと違う光が宿っている。絶望や悲しみではない。
確固たる怒りの感情である。
「だから?」
低く、冷たい声が部屋を貫いた。アイリーンは顔を上げてエドワードを睨みつけた。
エドワードは、言葉を詰まらせる。予想していた反応とは違うことに彼は困惑した。
「私を貶めていい理由にはならないわ、エドワード。」
アイリーンの声には一切の揺らぎがなかった。
今までのアイリーンとは違う。とエドワードは悟った。
あの気弱で、何を言っても反論すらしなかった女が、こんなにも冷たい目で自分を睨みつけている。
「今の話が本当なら、私はあなたとレヴィを許さないわ。然るべき罰を受けてもらう。」
「なん…っ?」
その宣告は、まるで裁きの宣言のようだった。
今までのアイリーンなら、泣いたり取り乱したりしているはずだ。
それなのに、彼女はまっすぐに自分を見据えている。
そのことに、エドワードは無意識に恐怖した。
「聞いた?」
部屋の隅に立っていたヴェロニカが、冷笑を浮かべて口を開いた。
「首から上が無くなりたくなければ、彼女に慈悲を乞うことね。」
その声は、氷のように冷たく、容赦がなかった。
エドワードは縋るような目でアイリーンを見上げる。
その目には恐怖と後悔が滲んでいた。
「俺が悪かった!」
エドワードの態度が一変した。床にひざまずき、顔を歪めながら叫ぶ。
「あの女が報酬を払うから、協力しろと言われたんだ!俺はあの女に巻き込まれただけだ!」
哀れな言い訳が、部屋に虚しく響いた。
アイリーンはエドワードを見下ろした。その目には、怒りと悲しみが入り混じっている。
「本当なの?」
アイリーンはエドワードに問いかけた。
エドワードの顔が青ざめる。唇が震え、目が泳いだ。
アイリーンの冷たい視線に射すくめられ、体が硬直する。
「…あの女は知り合いの貴族に頼んで偽の借用書を作るから、それを旦那様に告発しようって…」
その声は震えていた。
「一人で言っても怪しまれるから、俺にアポを取って欲しいと言われたんだ…!」
そこでエドワードは、ヴィクトールとのやりとりを思い出す。
『旦那さま、侍女のレヴィがお話をしたいと言っています』
『何だと?アイリーンのお付きの侍女だろう。俺に何のようだ?』
『それが、折り入って話がしたいと。』
『何?』
アイリーンはエドワードを見据え、ゆっくりと息を吐いた。
頭の中で断片的な情報が繋がり、一つの真実が浮かび上がる。
なるほど、そういうことだったのだ。
レヴィとエドワードは、アイリーンを世間知らずの令嬢に仕立て上げ、勝手に借金を背負わせようとしたのだ。
彼女を愚か者として貶め、その罪をすべてなすりつける計画を。




