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エピソード_32

「ヴェロニカ、入りますよ。」

ルチアの落ち着いた声が、扉の前で響く。

アイリーンとルチアは、ヴェロニカに呼ばれて舞踏会の喧騒から離れた奥の部屋へとやってきた。

扉を前にして、アイリーンの指先がかすかに震える。

屋敷を追い出されてから、エドワードと顔を合わせるのはこれが初めてだった。


(大丈夫、私は一人じゃない)

アイリーンは胸の奥でそっと呟いた。

恐怖よりも、背中を支える仲間たちへの信頼が彼女の勇気を後押ししていた。

(もうあの時とは違うもの。)


ルチアが扉を開けると、ひんやりとした空気が部屋から流れ出た。

重厚なカーテンに遮られ、外の光はほとんど差し込んでいない。

薄暗い部屋の中央、椅子に座るヴェロニカの姿があった。

「あら、二人とも。いいところに来たわね。」

ヴェロニカは優雅に椅子に腰掛け、冷ややかな微笑みを浮かべていた。

手元の扇子をゆるやかに揺らし、まるで舞台の上に立つ女優のように堂々としている。

その周囲には、屈強な男たちが数人控えていた。

どの顔にも緊張感が漂い、彼らの視線は部屋の中央、縄で縛られた男へと注がれていた。


「なっ、お前は……!」

アイリーンの姿を見たエドワードは、目を見開き、驚愕と恐怖が入り混じった表情を浮かべた。

彼の髪は乱れ、服は土埃で汚れている。

かつての彼のふてぶてしい姿は、今や見る影もなかった。

「……エドワード、久しぶりね。」

冷たく響く声。アイリーン自身も、その声に驚いた。

「どういうことだ……なんでお前がここに……!」

エドワードは必死に縄を引っ張るが、がっちりと締められた縄は微動だにしない。

彼の目は泳ぎ、薄暗い部屋の中で逃げ道を探しているようだった。


「…かわいそうな従者さん。」

ヴェロニカはため息交じりに言った。その声音は甘く、しかし刃のように鋭かった。

「何もわかっていないようだから、教えてあげるわ。」

ヴェロニカは扇子を畳み、立ち上がる。

その動作一つ一つに、彼女の余裕と冷酷さがにじみ出ていた。

「彼女は私のお友達よ。そして、おかしな話を聞いたの。身に覚えのない借金を押し付けられて、屋敷を追い出されたって。」

エドワードの顔色がみるみる青ざめていく。

「そ、それは……」

動揺したように口を開きかけたが、ヴェロニカの鋭い視線に射抜かれ、言葉を飲み込んだ。

アイリーンはそんな彼をじっと見つめていた。


(私をあんなにも追い詰めた人が、今こんなにも怯えている……)

かつての恐怖が、彼の小さくなった姿を前にして、音を立てて崩れていく。

こんなにちっぽけな男だったのか。

彼女は、エドワードに怯える必要などないのだと悟った。

「…それで、私は宝石店で騒いでいるあなたを見つけたのよ。」

ヴェロニカの鋭い声が響き、エドワードの肩がピクリと震えた。

部屋の空気は、張り詰めた糸のようにピンと緊張している。

誰もが息を呑み、次の言葉を待っていた。


「あなた、ヴィクトールの従者だって言うじゃない。同じ時期に大金を持ってるなんておかしいでしょ?」

エドワードは唇を噛み締めた。奥歯がきしむ音が、アイリーンの耳にも聞こえるようだった。

彼がこれ以上ないほどに追い詰められていることを、アイリーンは感じとっていた。


「言っておくけど、あなたがこんなことをしたと知れたら、大変よ」

ヴェロニカは冷酷に告げる。

「貴族を貶めるなんて大罪だわ。死も覚悟することね」

エドワードは何も言い返せないようだった。

唇を震わせ、体全体が小刻みに揺れている。

「俺は、何もしていない…。あの女が…」

「あの女?」

アイリーンの声が鋭くなった。

彼女の瞳が鋭く光る。聞きたくない言葉だった。

「…そうだ。」

アイリーンを見据え、エドワードは今までの屈辱を晴らすかのように、不敵に笑った。

「偽の借用書を作って奥様を追い出そうと言い出したのはレヴィだ。お前の侍女だよ!」

エドワードは最後の抵抗と言わんばかりに声を張り上げ、アイリーンをせせら笑った。

(レヴィ…そうなの…あなたが…。)

アイリーンの顔が青ざめていく。胸が締め付けられるように痛んだ。

「…レヴィ。」

震える声でその名前を口にした。

アイリーンは遠い目をして彼女との思い出を辿る。

もう、あの頃のようには戻れないのだ。

アイリーンは胸の痛みに目を伏せた。

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