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エピソード_30

「アイリーン!」

ルチアがバルコニーにいる彼女のもとへ駆け寄ってくる。

その顔は興奮と達成感に満ちていた。


「うまくいきましたよ! 彼を足止めできました!」

「ルチア!先程はありがとうございました!」

アイリーンは安堵と感謝の気持ちを込めてルチアへお礼を言った。ルチアは息を整えながら続ける。

「ヴェロニカ様の見立て通りでした。アイリーンがそばを通ったら、彼はきっと声をかけてくるだろうと……。」

ヴェロニカは、ヴィクトールを舞踏会に呼びつけるまではいいが、すぐに帰られてはエドワードに接触する隙がなくなってしまうと考えていた。

そこで、ヴィクトールを足止めするために、アイリーンとルチアが一芝居打つことになったのだ。


「でも、思ったよりも大事になってしまいましたね…。」

アイリーンは苦笑いをしながらバルコニーの欄干に手を置く。

彼女は、先ほどの出来事を思い出して、まだ動悸がおさまらないでいる。

「でも、私たちにとっては好都合です。まあ、仮面舞踏会ですので、今日のことが社交界で広まるかは分かりませんが……。」

ルチアは肩をすくめながら微笑んだ。

その時だった。


「あなた! 大丈夫だった?」

ルチアの背後から、華やかなドレスを纏った数人の女性たちがバルコニーへやってくる。

「あんな強い力でレディの腕を引っ張るなんてねえ!」

「大の男が、女にすがるなんて、みっともないわ。」

「そうよ、あれじゃあ亡くなった先代も浮かばれないわね。」

女性たちは口々に喋り出し、アイリーンは驚きに目を見開く。

「ルチア……この方たちは?」

「ふふ、種明かしをしましょうか?」

ルチアはにっこりと微笑み、女性たちを振り返る。


「ここにいる方々は、薔薇の会の協力者たちですよ。」

「えっ……?」

アイリーンは驚いてその場に固まった。

まさか、仮面舞踏会に集まっていた多くの女性たちがつけていた、金の薔薇のブローチの意味は…。

「もしかして、今日おられる方は、薔薇の会に関わっている方々なんですか!?」

「そうです!ヴェロニカ様がお声をかけて集まってくださったんですよ。」

アイリーンは驚いて言葉も出なかった。

「…知らなかった……!」

「そうなんです。もちろん、メンバーではない方もいらっしゃいますが。」

ルチアの言葉に、近くにいた女性が胸を張る。

「そうよ!私は妹が婚約破棄されてね…。その時のご恩で出資をさせて頂いているの。」

「私は祖母よ。私の一族は代々、この会に寄付をしているの。」

女性たちは口々に言い合い、笑い声を上げた。

こんなにたくさんの女性が色々な事情で参加しているとは知らなかった。


「あなたも何かあれば言ってね! いつでも助けるわ!」

「ありがとうございます……!」

アイリーンが何も言えないでいると、隣の貴婦人がにこやかに言った。

アイリーンも下を向きながら、恥ずかしそうに答える。

「とんでもない! 私たちもヴェロニカとヴァイオレット様に感謝しなくっちゃ!」

「ええ! 彼女のおかげで、こんな楽しい舞踏会に毎回呼んでもらえるのよ。」

「彼女といると退屈しなくていいわね!」

わいわいと談笑しながら、女性たちはバルコニーを後にした。


(ヴァイオレット様…?)

聞きなれない名前を聞いた気がするが、アイリーンは何も言えず、呆然と彼女たちを見送った。

「…全て、ヴェロニカ様が計画された通りだったんですね……。」

アイリーンはヴェロニカの不敵な笑みを思い浮かべる。

まるで舞台を整えるかのように、全て彼女の掌の上で進んでいたのだ。


「じゃ、じゃあ……さっきの男性もヴェロニカ様のお知り合いの方だったのかしら……?」

アイリーンはルチアを振り返って少し不安げに尋ねる。

「……あれはアイリーンの知り合いではないんですか?」

アイリーンの言葉に、ルチアはきょとんとした表情を浮かべた。

「私はそんな話、聞いていなかったので、てっきり……。」

「ええっ?」

アイリーンは困惑した。


『またお会いしましょう』

ますます謎が深まるばかりだ。あの男性は一体、何者だったのだろうか。

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