エピソード_29
馬車の近くで主人を見送ったエドワードは、退屈そうにため息をついた。
仮面舞踏会の賑やかな音楽が遠くから聞こえてくる。
華やかな笑い声、優雅な音楽、きらびやかな衣装に身を包んだ貴族たち。
「なんだかんだ、旦那様も舞踏会に参加するんじゃねえか。」
恩師からの招待状に、渋々という顔で舞踏会へ出かけて行った主人を見送りながら、エドワードは口元を歪ませた。
(貴族どもが……楽しそうにしやがって。)
彼の心には嫉妬と苛立ちが渦巻いていた。
しかし、苛立ちを隠せないエドワードの側にに人影が近寄ってくる。
「あら、あなた……」
馬具の整備をしていたエドワードの耳に甘い声が届いた。
彼は驚いて顔を上げる。そこには、華やかな衣装に身を包んだ数人の女性たちがいた。
見る限り、若くて美しい。彼女たちは楽しげに笑いながらエドワードに近づいてきた。
「素敵な宝石だわ!どこでお求めになったの?」
(なんだ、俺に話しかけてるのか?)
エドワードは驚いたが、すぐに得意げな表情になった。
彼女たちの視線は、エドワードの胸元に注がれている。
彼の胸元には、巨大な宝石が埋め込まれたブローチが輝いていた。
(へへっ、やっぱり目を引くんだな。)
従者に似つかわしくない高級品だが、エドワードは内心、にやりと笑った。
この宝石を買うためにかなりの金を使ったが、こうして注目されるなら悪くない。
むしろ大正解だった。
「なんだお嬢さんたち、宝石に興味があるんですか?」
彼は胸を張り、得意げに言った。
「ええ、そうよ。」
「こんな大粒のものは見た事がないわ!」
「本当に素敵ね!」
女性たちは目を輝かせて、興味津々といった様子で口々に宝石を褒める。
その視線の熱さに、エドワードは心の中でほくそ笑んだ。
(ふふん、いい女たちじゃねえか。)
女性たちの艶やかな笑顔と熱い視線に、エドワードの鼻が高くなる。
「俺はこう見えても高給取りなんですよ。もっとすごい宝石だって持ってるんです!」
彼は胸を張りながら自慢げに語った。
女性たちは驚いたように顔を見合わせ、それから微笑み合った。
「あらそうなの?」
「素敵な殿方ね。」
「部屋でお話しするつもりだったの。あなたもいらっしゃらない?」
思いがけない誘いに、エドワードは目を見開いた。
(な、なんだって!? これは誘われているのか!?)
女性たちは微笑を浮かべながら、ゆっくりと彼に近づいてくる。
その眼差しは妖艶で、誘惑の色が滲んでいた。
(まさか……こんな美人たちに誘われるなんて。)
エドワードは口元に不遜な笑みを浮かべた
今まで女性からこんなにちやほやされたことはなかった。
これは間違いなく、この宝石のおかげだ。
(やっぱりこの宝石を買って正解だったぜ!)
彼は胸元のブローチを誇らしげに撫で、満足げに微笑む。
「し、しかたねえなあ〜。」
余裕ぶった態度を装いながら、内心は歓喜の渦に包まれていた。
女性たちの誘いに乗り、彼は彼女たちと共に部屋へと向かっていく。
(くくっ、今日はツイてるぜ!)
足取りは軽く、まるで舞い上がっているかのようだった。




