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エピソード_26

「…お知り合いのようですね。」

男はアイリーンの様子を見て言った。その面白がるような響きに少しムッとする。

(私のことを知っているなら、ヴィクトールとの関係も知っているはずよね…。)

アイリーンは男を無視してじっとヴィクトールを見つめた。

悲しみ、悔しさ、嫉妬、そして少しの寂しさ。

色々な感情が胸の中で渦巻き、締め付けられるような痛みを感じる。


(どうしよう、側へ寄ることもできそうにない…。)

目頭が熱くなり、視界が滲む。

だが、アイリーンはハッと気づいて、すぐに顔を上げた。

(……ダメ。弱気になってはダメよ。)

自分の両手をギュッと握りしめ、深く息を吸い込んだ。

(今日はヴェロニカ様のため、そして私自身のために頑張ると約束したのだから。)


しかし、そのとき、隣の男が静かに口を開いた。

「…どうか僕をお使い下さい。」

彼はそっと彼女の手を取り、自分の腕に絡ませた。

思いがけない行動にアイリーンはギョッとする。

「何を…?」

「僕もあなたも、今日は誰でもない。では、パートナーのふりをしていても構いませんよね。」

彼の声は柔らかく、それでいてどこか芯のある響きを持っていた。

アイリーンは戸惑った。

しかし、これまで緊張でこわばっていた肩が、少しずつ力を抜いていくのを自分でも感じる。


——そう、今夜は誰でもない。私はアイリーンではなく、ただの舞踏会の客。

そう思うことで、過去のしがらみからほんの少し解放される気がした。

アイリーンは、もう一度、ヴィクトールの方を見つめる。

(大丈夫……私はやると決めたのだから。)

アイリーンはゆっくりと深呼吸をして、前を向いた。彼女の瞳には、強い決意が宿っている。

彼の存在に支えられるように、アイリーンは小さく頷いた。


「さあ、行きましょう。」

低く優雅な声とともに、彼はアイリーンをそっとエスコートする。

舞踏会の喧騒の中に溶け込むように、二人はゆっくりと歩き始めた。

仮面越しに、彼の横顔を盗み見る。はっきりとした輪郭と洗練された佇まい。

彼の正体を知らないはずなのに、どこか懐かしいような感覚が胸をよぎった。


「どうか私と踊ってくださらない?」

「いえ、私と一緒に!」

ヴィクトールの側を通りかかると女性たちが彼にダンスを乞う声が聞こえてきた。

——何事もなく、このまま通り過ぎられればいい。

アイリーンは内心そう願った。しかし、その願いは次の瞬間、無惨に砕かれる。


「失礼。」

低く響いた声が、アイリーンの背筋を凍らせた。

ヴィクトールの声だった。

思わず足を止めてしまいそうになるのを、隣の男がそっと手を添えることで支えてくれる。

アイリーンは深く息を吸い込み、震えそうになる指先に力を込めた。

ゆっくりと振り返ると、そこには仮面越しにこちらを見つめるヴィクトールがいた。

彼の目は驚愕に見開かれている。


「まさか……。」

彼の顔が青ざめ、仮面の奥の瞳が動揺を映していた。

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