エピソード_24
仮面舞踏会の夜が訪れた。
アイリーンは鏡の前で自分の姿を見つめる。
ヴェロニカが選んでくれた桃色のシルクの美しいドレスは、彼女の白い肌を際立たせ、仮面がその神秘性をさらに引き立てていた。
長い間、貴族の社交界から遠ざかっていた彼女だったが、今夜ばかりはそのことを忘れさせるほどの華やかさをまとっていた。
「素敵よ、アイリーン!」
ヴェロニカが楽しそうに手を叩いた。
彼女自身も深紅のドレスをまとい、黒と金の仮面をつけ、まるで舞台の主役のような堂々たる姿だった。
「さあ、行きましょう。楽しまなくちゃ損よ!」
ヴェロニカはアイリーンの手を引き、勢いよく馬車へと乗り込んだ。
「心配しないで、仮面舞踏会にはルチアもいるわ。先に会場に入ってるそうだから。」
馬車の中で、アイリーンはそわそわと落ち着かない様子で座っていた。
心臓の鼓動がいつもより速く、指先がひんやりとしているのがわかる。
「さて、作戦をおさらいするわよ。」
ヴェロニカが扇を開き、アイリーンを見つめる。
「まず、会場に入って、パーティーに紛れ込んでね。それで、時間になったらアイリーンはヴィクトールの目につくようにして。」
ヴェロニカはアイリーンにウインクした。アイリーンの顔が緊張で固くなる。
「ヴィクトールは本当に来るのでしょうか……。」
「あら、来るって返事をもらっているわよ。」
不安げなアイリーンとは対照的に、ヴェロニカは悪戯っぽく微笑んだ。
その言葉にアイリーンは驚いて彼女を見つめる。
「えっ?どんな手を使ったんですか?」
その言葉に、ヴェロニカは得意げな顔をした。
「彼のお世話になっている貴族の方が名義を貸してくれたのよ。ヴィクトールは来ざるを得ないでしょうね。」
ヴェロニカは扇を広げて高らかに笑った。
「ヴェロニカ様すごい…。まさか……そんなことまで……。」
アイリーンはますます緊張し、手をぎゅっと握りしめた。
ヴェロニカはそんな彼女の肩を軽く叩き、にっこりと微笑む。
「大丈夫よ。私たちがついてるんだから。」
アイリーンは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
舞踏会の会場は、黄金のシャンデリアが輝く壮麗なホールだった。
壁には精緻な装飾が施され、床は滑らかな大理石。
仮面をつけた貴族たちが、優雅に談笑しながらワルツを踊っている。
「怪しまれないように、別々に過ごしましょう。アイリーンも自由に過ごしてちょうだい。」
ヴェロニカが横から小声で囁く。
「そうだわ、これを。お守りよ。」
そう言うとヴェロニカは小さな金の薔薇のブローチをアイリーンに手渡した。
「心配しないで。お互いうまくやりましょう。」
そう言い残し、ヴェロニカは人混みへと消えていった。
アイリーンは会場の様子を見回しながら、この仮面舞踏会の持つ独特の雰囲気に圧倒されていた。
顔を隠す仮面が、身分や立場を超えた自由を与えているように感じられる。
誰が誰なのか分からない──その謎めいた空気が、普段の貴族の堅苦しい振る舞いとは異なり、どこか夢のような開放感を漂わせていた。
(私、ちゃんと馴染めているのかしら……?)
アイリーンはひとり静かに周囲を見渡した。
煌びやかな装いの紳士淑女が次々と踊りの輪に加わり、仮面越しの笑顔が交わされている。
(自然に、怪しまれないようにしなくちゃ。)
アイリーンは少しだけ肩をすぼめ、気後れした様子で周りを見渡した。
しかし、その時アイリーンはあることに気づいた。
参加している女性たちの胸元に、小さな金の薔薇のブローチがつけられていたのだ。
よく見ると、多くの女性が同じブローチを身につけている。
(あれ……?)
それは、アイリーンの胸元にあるものと同じだった。
(どうして……? これは、ヴェロニカ様にもらったものだけど……)
アイリーンは首を傾げた。
不思議な違和感を覚えたが、それが何を意味するのかはわからなかった。
(ただの飾り……じゃないのかしら?)
考えれば考えるほど、不安が募った。
アイリーンは落ち着かない様子で、その場に立ち尽くしていた。
「なぜ、立ち止まっているのですか?」
その時、突然、低く落ち着いた声が耳元に届いた。
アイリーンは驚いて振り向いる。
すると、そこには黒い仮面をつけた背の高い男性が立っていた。




