エピソード_19
「この件、少し調べてみようかしら。」
ヴェロニカは扇を畳むと、妖艶な笑みを浮かべてアイリーンを見た。
その瞳は鋭く、まるで新しい獲物を見つけた狩人のようだった。
「あの男があれだけの金をどこから手に入れているのか、気になるわ。いいわね?アイリーン。」
その問いかけに、アイリーンは力強く頷いた。
「はい、私もお手伝いさせてください。」
彼女の瞳には、怒りと決意が燃えていた。
「もし、彼が私を陥れた犯人だとしたら、絶対に許さない!」
アイリーンの声は低く、だが力強かった。
その言葉に、ヴェロニカは満足げに微笑む。
「では、この話はおしまいにしましょう。」
ヴェロニカは軽く手を振り、話を仕切り直した。
「せっかく楽しいお買い物に来たのに、あの男のせいで嫌な気分になったら損だもの。」
明るく言うヴェロニカに、ルチアとアイリーンは顔を見合わせて笑った。
「ところで、気になっていたのですが、このお店はお二人で経営されているんですか?」
アイリーンはずっと気になっていたことを尋ねた。
ルチアは彼女に優しい微笑みを向ける。
「ええ、そうです。私とルイでこの店を経営していますよ。」
そして、ルチアは、少し言葉を選ぶような仕草を見せて、静かに続けた。
「……私たちの実家はもうありませんから。」
何気なく告げられたその言葉に、アイリーンは絶句した。
「えっ…?」
「父と兄の責任を取らされ、身分をすべて剥奪されたのです。」
ルチアは低い声で答える。その瞳には、どこか遠い記憶を振り返るような色が宿っていた。
「私たちの父と兄は王国騎士団にいて、私も弟もその一員になるために訓練をしていました。」
ルチアは静かに言葉を紡ぎながら、少し視線を落とした。
「でもある時、作戦が失敗して、敵国に領土の一部を奪われるということが起こったのです。」
ルチアはそっと拳を握りしめる。
「作戦を指揮していた父と兄は戦死。ミネルヴィーノ家は責任を問われ、領地や身分をすべて剥奪されてしまいました。」
ルチアは少し微笑みながら、しかし、どこか寂しそうに続けた。
その姿に、アイリーンは胸が詰まるような感覚を覚える。
ヴェロニカもじっとその話を聞いていた。
「実は私には当時、婚約者がいました。相手は同じく騎士の名家の者です。…そのことを理由に、婚約破棄されてしまいましたが…。」
ルチアの声は穏やかだったが、苦悩が伝わってきた。
「…でも、政略結婚でしたので、未練などありませんよ。問題は、残された我々家族です。」
彼女はゆっくりと顔を上げ、ヴェロニカをまっすぐに見つめる。
「残された母と弟をどうやって養うか…。途方に暮れていた時に手を差し伸べてくれたのが、薔薇の会の皆さまでした。」
ルチアはルイと顔を見合わせて頷いた。
「特に、ヴェロニカ様とエレノア様。もし助けていただけなければ、今ごろ私は、家族共々餓死していたでしょう。」
アイリーンはルチアにかける言葉が見つからず、俯いた。
自分と同じ年頃のルチアが、これほどの苦労を経験しているとは思わなかった。
(彼女は強い……本当に、強い人だわ……)
アイリーンは唇を噛みしめ、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じた。
ルチアはお店を経営して、家族を支えているなんて本当に立派だとアイリーンは感じていた。
(それに比べて…私は……なんて無力なんだろう……)
思い返せば、ヴェロニカもそうだった。
さっきエドワードを追い払った彼女の姿は、堂々としていて凛々しかった。
エドワードの顔を見ただけで、恐怖で震え、何もできなかった自分とは大違いだ。
(私は、何もできない、何も持っていない……)
アイリーンは顔を俯かせ、唇を震わせた。絶望が胸に広がっていく。
アイリーンの瞳に、涙が滲んだ。




