エピソード_16
「ここがルチアさんのお店ですか?」
アイリーンは感嘆の声を漏らしながら、宝石店の前に立っていた。
目を輝かせながら、店の美しい装飾を見上げる。
豪華なガラス窓には繊細なデザインが施され、店内の煌びやかな光が外まで漏れていた。
「すごい……!」
店の外から見えるショーケースには見事な宝石がずらりと並んでいた。
燃えるような赤のルビーに深緑のエメラルド、美しい青のサファイア、そしてまばゆい輝きのダイヤモンド。
アイリーンは思わず息をのんだ。これほど美しい宝石が揃っている店は、社交界でもそう多くない。
「ヴェロニカ様?」
ショーケースに見とれていると、聞き慣れた声がして二人は振り向いた。
「あら、ルチア!」
そこには、ルチアが立っていた。
ヴェロニカが嬉しそうに微笑み、ルチアに歩み寄る。
「昨日は世話になったわね…。途中から私覚えてなくて…。」
「い、いえ、体調はもうよろしいみたいですね…。」
ルチアは苦笑いした。
「ルチアさん、昨日はありがとうございました。」
アイリーンもルチアにお礼を言う。ルチアはその様子を見て少しだけ微笑んだ。
「アイリーンと舞踏会用の小物を買おうと思って来たの。それにしても、珍しいわね。あなたが店の外にいるなんて?」
ヴェロニカが首をかしげながら尋ねると、ルチアは少し罰が悪そうに目を逸らした。
「いえ、それが……」
ルチアは言葉を濁し、視線を遠くへ向けた。顔には困惑の色が浮かんでいる。
「何かあったのですか?」
アイリーンが問いかけると、ルチアは困ったように眉を寄せた。
その時だった。
「ふざけるな!俺もここの階に入れろと言っているだろう!」
遠くから荒々しい声が聞こえてきた。
怒鳴り声が通りに響き、周囲の人々が振り返ってざわつく。
「何事かしら……?」
ヴェロニカが怪訝そうに顔をしかめる。
ルチアは深いため息をつき、疲れた表情を浮かべた。
「実は……うちのお店はお得意様を別の入り口からお通しして、別のフロアへご案内しているのですが、そこへ入れろと仰る新規のお客様がいらっしゃって……」
ルチアは肩を落とし、困ったように頭をかいた。
「なるほど、厄介な客ね。」
ヴェロニカは呆れたようにため息をついた。
彼女の表情は冷たく、唇はきつく結ばれている。
「品のない男もいたものだわ……こんな場所で騒ぎ立てるなんて。」
ヴェロニカは眉をひそめ、鋭い視線を騒ぎの方へ向けた。
その目には、明らかな嫌悪感が浮かんでいた。
アイリーンもヴェロニカに習い、興味本位で店の入り口に視線を向ける。
しかし、その中心にいる男の姿を見た瞬間、アイリーンの心臓が凍りついた。
(あれは……!?)
男は荒々しく店員に詰め寄っている。
体格のいい男たちを前にしても、一歩も引かずに騒ぎ立てているその男は——
「エ、エドワード……?」
震える声が漏れた。
アイリーンの体がガタガタと震えた。手が冷たくなり、息が詰まりそうになる。
(なぜ……あの男がここに……!?)
過去の恐怖と屈辱が押し寄せてくる。目の前が真っ暗になりそうだった。




