エピソード_14
「この帳簿を見て、どこに無駄があるのか指摘して。」
「えっと……これは……?」
アイリーンは、エレノアから経理の訓練を受ける新しい日々を迎えていた。
エレノアの教え方は、容赦がなかった。
「焦らなくていいから、もう一度よく見なさい!」
「ひっ……!?」
長時間、数字とにらめっこを続けたアイリーンの頭は、すでに悲鳴を上げていた。
昨日は結局あの後、ルチアがその場を収集し、アイリーンは早めに会場を抜けて寝室へ行くことができた。
先日からずっと、ルチアにはお世話になりっぱなしだ。
(ルチア様にはお礼を言っても言い足りない…!)
アイリーンは彼女と仲良くなりたいと思いつつ、中々話せていないことを後悔した。
『それでは、私は仕事へ向かいますので…。』
ルチアはアイリーンが起きてくる頃、目の下に薄くクマを作りながら、それでも変わらぬ凛とした姿で屋敷を出て行った。
眠気を振り払いながらも、仕事へ向かうその背中は迷いなく、アイリーンはその姿を見送り、彼女を心の底から尊敬した。
「そういえば…。」
アイリーンはふと疑問に思ったことを口に出した。
「ルチアさんはどんなお仕事をされているのですか?」
エレノアは少し驚いたようにアイリーンを見つめ、やがて淡々とこう言った。
「あら、本人から聞いてないの? ルチアは宝石店のオーナーなのよ。」
「えっ!? 宝石店の……?」
アイリーンは思わず声を上げた。信じられないというように、彼女は目を瞬かせる。
「あの最近話題になっているお店……ですか? 平民でも貴族でも気軽に入れるって……。」
「そうよ。知ってるじゃない。」
アイリーンの頭の中に、華やかなショーウィンドウと、多様な客層が行き交う店の様子が浮かんだ。
貴族向けの豪華な宝石だけでなく、一般の人々でも手が届く品が揃っていると評判だった。
「でも、まさか、オーナーをされているなんて……。」
「厳密に言うと、彼女の弟と協業をしているのだけど。」
エレノアは表情を引き締め、静かな声で続けた。
「ルチアは、ミネルヴィーノ家の長女よ。」
「ミネルヴィーノ家……?」
アイリーンは頭の片隅の記憶を手繰り寄せようとした。
しかし、聞いたことはあるものの、どんな家系なのかは思い出せなかった。
「あなたの家は関わりがないかもしれないわね。何世代にもわたり王家に仕えてきた騎士の名家よ。」
「そうだったんですか!?」
アイリーンは驚きの声を上げた。
確かに、ルチアの立ち居振る舞いは洗練されていて、どこか凛とした佇まいを感じさせる。
(あれも、騎士としての訓練を受けていたからなのね……)
初めて会った時も、体格のいい男たちを躊躇なく蹴散らしていたのを思い出す。
アイリーンは納得したように頷いた。
「でも、どうして、ルチアさんは宝石店を…?」
アイリーンが尋ねると、エレノアは一瞬だけ表情を曇らせた。
しかし、すぐにいつもの冷静な顔に戻り、淡々と答える。
「…詳しい話は本人から聞くといいわ。あなたも彼女と仲良くなりたいでしょう?」
その言葉にアイリーンはハッとした。
(私……ルチアさんのこと、何も知らないんだわ……)
助けてもらったのに、彼女の素性について何も知らないままだった。
彼女がどんな過去を背負い、なぜ宝石店を営んでいるのか、その理由もわからない。
アイリーンは少し落ち込んだ。
「私……ルチア様と、もっと仲良くなりたいです。」
その言葉に、エレノアは少しだけ、口元を緩める。
「そうね、年が近いみたいだから。きっと気があうわ。」




