エピソード_12
「誓約書よ。これにサインをして。」
そして、数分後に彼女は一枚の紙を持って戻ってきた。
ぶっきらぼうに言うエレノアに、アイリーンは一瞬驚いた。
「誓約書ですか?わかりました……。」
エレノアの口ぶりから、恐ろしい試練が課されるのかと覚悟していたアイリーンはホッと安堵した。
しかし、誓約書を手に取り、サインをしようとペンを握ったその瞬間、アイリーンは真っ青になった。
——『入会の際に、1000万ゴールドを納めること』
——『入会後は毎月、500万ゴールドずつを納めること』
目を通した瞬間、その安堵は一瞬で吹き飛んだ。
(こんなの、とても守れるはずがない……!)
500万ゴールドでも、今のアイリーンの手持ちをすべて売り払ったとしても到底届かない額だった。
アイリーンの手が止まり、顔から血の気が引いていく。冷たい汗が背中を伝っていった。
「どうしたの?早くサインをして。」
エレノアの冷静な声が部屋に響き、アイリーンは我に返った。
(どうしよう…。でも、早くサインをしなくちゃ…!)
アイリーンは迷った。このままサインしなければ、薔薇の会には入れないかもしれない。
でも、こんな誓約をしてしまったら、人生を縛られることになってしまう。
アイリーンは、ふと、ヴェロニカの方を見た。
彼女は何か言いたそうな顔でエレノアを見つめていたが、黙っている。
アイリーンは意を決し、深く息を吸い込んだ。そして、震える声で言った。
「……サインはできません。自分には、この内容は守れません。」
その瞬間、エレノアの眉がわずかに動いた。
「じゃあどうするの?このままこの屋敷を出ていくの?」
その容赦のない冷たい言葉に、アイリーンは思わず俯く。
(また今までと同じなの?)
頭の中に、今までの恐ろしい日々が鮮明に蘇った。
——あの日、離縁状を突きつけられた瞬間。
——「得意でしょう?サイン。」
エドワードの生意気な顔が、アイリーンの状況を嘲笑うように浮かび上がった。
怒りが胸の奥で燃え上がり、悔しさで涙が滲む。
(私は、もうあの頃の私じゃない……!)
アイリーンは震える手を握りしめた。
拳に力を込める。爪が食い込み、痛みが走る。しかし、その痛みが彼女を奮い立たせた。
(諦めてはいけない……何か方法があるはず……)
これは試練。試されているのだ。
なんとかして、自分の望む人生を切り開かなければ。
アイリーンは決意したように顔を上げた。
そして、腕を組んで冷ややかな目で見下ろすエレノアへ話しかけた。
「……交渉をさせてください。」
エレノアが眉をひそめる。
「交渉ですって?」
アイリーンは大きく息を吸い込み、覚悟を決めた。
「ここに書いている金額は、自分には払えません…。でも、この額を収められるよう努力します。」
アイリーンの脳裏に、先ほど自分が誓った言葉が響いた。
——『私は生まれ変わる。もう誰にも踏みにじられない。』
アイリーンは小さく息を吐いて、こう告げた。
「最初の数ヶ月は一部だけ納める形ではいけないでしょうか?…どうか、交渉させて下さい。」
その言葉に、エレノアはじっとアイリーンを見つめたまま、沈黙した。




