エピソード_8
「ええ、はい。滞りなく終わりました。」
レヴィは薄暗い部屋の中で一人、低く抑えた声で話していた。
静寂の中に、レヴィの淡々とした声だけが響く。
「はい。協力者には報酬を払いました。」
彼女の顔には感情の色はなく、ただ義務を遂行するかのように淡々と語る。
「もちろんです。利用価値がなくなれば処分を——。」
「おい、誰と話しているんだ?」
突然の何者かが部屋の静けさを破った。レヴィの指が止まる。
振り向くと、薄暗い扉の向こうにエドワードが立っていた。
「…別になにも。」
レヴィの表情は一瞬だけ険しくなったが、すぐに元の無表情に戻った。
淡々と答えながら、彼女は手元の書類をそっと重ね直す。
「ここは私が頂いた作業部屋です。勝手に入ってくるのはご遠慮ください。」
「連れないねえ。」
エドワードは肩をすくめながら部屋の奥へと足を踏み入れた。
その乱暴な足音に、レヴィはわずかに眉をひそめる。
「こないだの報酬、確かに受け取ったぜ。いやあ、見ものだったな! あの顔。」
エドワードは手を叩きながら、下品な笑いを浮かべた。
「あの絶望した顔! ざまあみろだ!」
エドワードは貴族を憎んでいた。
特に、アイリーンのような家柄に恵まれた貴族の娘は、彼にとって目障り以外の何者でもないようだった。
「言葉を謹んでください。仮にも元奥様です。」
レヴィは冷たく、吐き捨てるように言った。
アイリーンのことは憎らしく思っていた。
だが、エドワードの下品な口で彼女を侮辱されると、それはそれで彼女の心を逆撫でするのだった。
「なんだ? お前が言ったんだろ。あの女の偽物の借用書を作らせようって。」
エドワードはその言葉に、ニヤリと口元を歪めた。
それを見たレヴィの目が忌々しそうに細められる。
「まさか後悔してるのか?」
エドワードは薄ら笑いを浮かべながら問いかけた。
レヴィは何も答えず、ただ、無言のままエドワードを睨みつけている。
その沈黙を良いように受け取ったのか、エドワードはさらに言葉を重ねた。
「しっかし旦那様も旦那様だよな!」
エドワードは肩をすくめ、皮肉たっぷりの声で続けた。
「あんな小娘相手に本気で惚れてるんだから。世間体のために別れたってのに、ずっと部屋にこもって落ち込んでるんだぜ。」
エドワードは呆れたように言った。
ヴィクトールは、見た目の冷徹さとは裏腹に、本気でアイリーンを愛していたのだった。
レヴィは、その事実に思わず吐き気を催した。
「勘弁してくれよな。やっと鬱陶しい女がいなくなったってのに。」
エドワードは楽しげに笑いながら続けた。
「まあいいや! まずはお前にもらった金で遊んでくるか! また割のいい仕事があれば教えてくれよ!」
彼は気楽に言い捨てると、片手を軽く振って部屋を後にした。
レヴィはその背中をじっと見つめていた。その眼差しは、まるで虫を見るように冷たい。
エドワードの足音が完全に遠のいたことを確認すると、レヴィは深く息を吐いた。
「…後悔なんて、あるわけがないでしょう。」
呟く声は冷ややかで、感情の欠片もなかった。
「私はこの時のために今まで彼女に仕えてきたのだから。」
レヴィは静かに目を閉じ、淡々とした動作で机上の書類を整え直す。
その指はまるで機械のように正確で、迷いなど微塵も感じさせなかった。




