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エピソード_7

冷たい風に身を震わせながら、二人はある場所へとたどり着いた。

しばらく歩いた後、ローブの女性は足を止める。

「……ここは?」

アイリーンの目の前には、何の変哲もない荒地が広がっていた。

建物はなく、草木もまばらで、何もない。

「どうしてここへ?」

辺りを見渡しても、誰の姿も見えなかった。

ただ、強く吹きつける風がアイリーンのドレスを翻している。

ローブの女性は何も言わず、静かにそこに立っていた。

まるで、ここが特別な意味を持つ場所であるかのように。


「もうすぐ、わかります。」

相変わらずローブの暗がりで、彼女の表情はわからない。


しかし、その時——。

空気が震えた。

まるで空間そのものが歪むかのように、アイリーンの前に突如として巨大な影が現れる。

荒地のただ中に、何もなかったはずの場所に——


そこには、豪奢な豪邸がそびえ立っていた。

目を疑うような光景だった。長い回廊と華美な装飾を施した門。

黄金の燭台が並び、まるで王宮のような輝きを放っている。

しかし、それがどうやって忽然と現れたのか、彼女には理解できなかった。


「これは……?」

そして、その扉がゆっくりと開く。

そこから洩れる柔らかな灯りが、雨に濡れたアイリーンの顔を照らした。


「ご苦労だったわね。ルチア。」

静かに足音が響く。扉の奥から現れたのは、一人の美しい女性だった。

冷たい雨に打たれながら、アイリーンは立ち尽くしたまま、呆然とその様子を見つめていた。


「あなたが、アイリーン・フォンテーヌ様?」

深紅のドレスを纏い、胸元には金の薔薇のブローチが輝いている。

長く美しい赤髪を結い上げたその姿は、ただ者ではない風格を感じさせた。

「…一体誰なの?どうして私の名前を?」

アイリーンの問いに、女性は挑戦的に微笑んだ。

「これはご挨拶もなく、失礼しました。わたくしはヴェロニカと申しますわ。」

彼女はうやうやしくアイリーンに一礼した。

その立ち振る舞いの美しさは、思わず見惚れてしまうほどだった。

「よくいらっしゃいました。どうか中にお入りなさって。」

彼女は、アイリーンをじっと見つめたまま、微笑を浮かべながら手を差し出した。

招かれるままに、アイリーンはゆっくりと屋敷の中へと足を踏み入れる。

冷え切った身体が、屋敷の中の暖かな空気に包まれた。

「うわぁ…!」

目の前に広がる豪奢な内装に、アイリーンは思わず息を呑んだ。

金色の燭台が並び、豪華な絨毯が床を覆っている。まるで王宮のような佇まいだった。

「ルチア、雨の中ご苦労だったわね。」

「いえ、とんでもありません。」

ふと気がつくと、先ほどのローブの女性はフードを脱ぎ、ヴェロニカと名乗った女性の隣に立っていた。

彼女は、男性と見まごうほど背が高い女性だった。

髪を短く切り、立ち姿には凛々しさが感じられる。

(まるで、王宮にいる騎士のような方だわ…。でも…。)

反して顔立ちはまだ幼さがあり、アイリーンは自分と同じくらいの年齢かもしれないと感じた。


「アイリーン様。先ほどは名乗りもせず、失礼を致しました。私はルチアと申します。」

「こ、こちらこそ…私ったらお礼も言わずに…!私はアイリーン・フォンテーヌです!」

ルチアがアイリーンに深々とお辞儀をすると、アイリーンも慌てて挨拶をした。

しかし、水を吸ったドレスが邪魔をして、思うようにお辞儀ができない。


「今日はもう夜も遅いですし、どうかお泊まりになられて下さい。着替えも用意させますわ。」

それを見たヴェロニカが合図をすると、奥から屋敷の侍女と思わしき女性が静かに現れた。

侍女たちはアイリーンをタオルで包み、濡れた荷物を拭き始める。

「私にどうしてそこまで…。」

アイリーンは突然の申し出に困惑した。

前触れなく現れた女性たち、そして謎の豪邸。

もしこれが罠だったならば。何かしらの企みに巻き込まれているのならば…。

アイリーンは言いようの無い不安に襲われた。

「私は離縁された身なのです。実家であるフォンテーヌ家にも勘当されています。」

アイリーンが恐る恐る告げると、ヴェロニカはにこやかに笑みを浮かべた。

「ええ、ご事情は存じ上げております。だからこそ、あなた様をここへお呼びしたのです。」

アイリーンは驚き、思わず顔を上げた。ヴェロニカの表情には、嫌悪も軽蔑もなかった。

その瞳には、すべてを見通しているかのような鋭さが宿っている。

(本当に……信じてもいいのかしら?)

ヴェロニカの言葉が、張り詰めていたアイリーンの不安を溶かしていった。

目の前の女性を信じてみよう——そう決意した瞬間、アイリーンは深く息を吐き出した。


「……分かりました。お世話になります。」

そう言うと、ヴェロニカは満足げに微笑み、優雅に手を差し伸べた。

「ようこそ、アイリーン様。」

ヴェロニカはアイリーンの疲れた様子を見て、優しく微笑んだ。

「雨に打たれているようだから、今夜は体を休めて。明日ゆっくりお話しましょう。」

その言葉に、アイリーンは驚きながらも、心の奥に小さな安堵を感じた。

ヴェロニカが侍女に向かって何かを言い、アイリーンは侍女の案内で部屋へ向かうことになった。


「ルチア、フォンテーヌ家の情報は持ってきてくれた?」

アイリーンが去ると、ヴェロニカはルチアに問いかけた。

ルチアは深く頷き、恭しく彼女の前に紙束を差し出す。

「はい、ここに。貴族の間ではこの話で持ちきりです。」

ヴェロニカは紙束を受け取り、ざっと目を通した。

そこには、アイリーン・フォンテーヌの離縁に関する情報が詳細に書かれていた。

「騒ぐことしかできない愚か者たちのことだわ。どうせ一月もすれば皆忘れるわよ。」

ヴェロニカは軽く鼻で笑った。

アイリーンにとっては痛ましい出来事でも、貴族たちにとってはただの興味本位の噂話でしかない。

彼らにとって、他人の不幸はただの娯楽に過ぎないのだ。

「…やはりそうね。この件、あの男が関わっているかもしれないわ。」

ヴェロニカの目が鋭く光った。

ルチアは表情を崩し、微かに動揺する。

「……まさか、本当に?」

ヴェロニカは紙束を軽く叩きながら、冷たい微笑みを浮かべた。

「この手口…。私の夫を貶めたものと一緒だなんて笑っちゃうわね。」

彼女の内側には、抑えきれない怒りが燃え上がっていた。

「アイリーンと言ったかしら。彼女には悪いけど、この件、利用させてもらうわよ。」

ヴェロニカの声の奥には、冷たい怒りが滲んでいる。

ルチアはその優雅な振る舞いの裏に潜む激情に息を飲んだ。

「私と私の夫を貶めたあの男…。もう二度とこんなことは許さない。」

静かに微笑みを浮かべながらも、その胸の奥では煮えたぎる溶岩のような感情が渦巻いていた。

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