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グリコ

作者: 晦日故

登下校、素朴な田舎道を私はただ雄太と歩いていた。

「お前やっぱり数学者になれよ。」雄太は私に向かって言った。

「いや俺はやっぱり家業を継ぐよ。」と私はそう返した。

「そう言うと思った。せっかく数学の才能があるのに本当にそれでいいのかよ。」

雄太に少し口調を強めに言われて反抗するように

「親が色々言ってきてめんどうだし。いいんだよ。俺はこれで。」そう私は言った。

「そうか、なら分かった。じゃあグリコしようぜ。」そう突拍子もなく言うものだから私は少しあっけにとられた。雄太は続いて

「でもルールは普通とは違う。自分で単語を決めていいことにしよう。グーで勝ったなら、ぐから始まる単語を自分で決めたいいんだ。例えばグミとかな。」さすがにそれは短すぎて不利だろと内心ツッコミたかったが、それよりも気になることがあった。

「どこまでの距離やるつもりだよ。ここから家は遠いぞ。」そう私は言うと雄太は

「それはお前自身が決めることだ。」と言った。正直意味が分からなかった。ただ久しぶりに雄太とこういう遊びをやるので高校生ながら、内心楽しみだった。

「じゃあやるぞ!」「分かった!」『じゃんけんぽん!!』私はグーを出し、雄太はパーを出した。

「じゃあパイ!」雄太はそういった。

「だから短すぎるだろ…」と言い切る前に雄太は2歩以上走っていった。

「おい。ルール違反するなよ。」

そう言っても聞かず、どんどん進んでいく。私は一緒になって走る。雄太は小学生の時からマラソンが得意で、少しずつ突き放されていく。

「おい。まじで…とまれよ。」と私は言うが

「俺を止めたければ、お前の頭を使って止めてみろ。」

やっぱり意味が分からない。肝心なときにいつもこいつは言葉足らずだ。ただ真剣な顔が横目で見えた。いつもこの顔になると言うことを聞いてくれない。私はついに追いつけなくなり、夕日越しに少しずつ小さくなっていく雄太の背中をただ見て、一抹の不安がなぜか胸のなかでポツンと生まれた。

次の日、雄太は学校に来なかった。帰りに雄太の家に寄ったが雄太の母が言うに昨日から帰ってきていないらしい。

また次の日も次の日も学校にも家にも帰ってこなかった。

雄太の母親が失踪届を出そうとしたころだった。ニュースで雄太の姿を見た。走り続ける少年として取り上げられており、靴はぼろぼろで、画面越しでも疲労困憊なのが分かった。アナウンサーの質問にも雄太は答えず、ただ走り去っていく。なんとここから200㎞も離れたところで、走っていた。この期間中ほぼ休みなしで走っていたのに違いない。雄太は疾走していたのだ。

車で雄太の家族と私で彼に会いに行った。雄太の後ろには大勢の人がついていた。車の窓を開け、

「おい雄太!帰ってこい!遊びにしたら度が過ぎているぞ!」そう怒鳴り口調で言ったが聞かず、続いて雄太の母親も

「帰っておいで、どうしたのよ雄太。」

となだめるように言った。しかし大勢の人たちが怪訝そうにこっちを見るばかりであった。

「お前どうしたんだよ。急に頭おかしくなったのか。そもそもお前はパイっていったんだぞ!2歩じゃないとおかしいだろ。」そう言うと雄太は

「お前はまだわかってないみたいだな。」

そう息を切らしながら、私の目も見ず真っすぐ前を向いて走っていった。雄太は私の言うことも家族の言うことも全く聞き入れなかった。


どういうことなのかさっぱり分からず、ずっと頭の中で雄太の言葉を反芻し続けた。

するとはっと電撃が走る気がした。

「パイって円周率のことか…」そう呟くと続いて

「じゃああいつは無限に走らないといけないってことなのか?」と新しい疑問がでた。ただすぐに理解した。

「俺が円周率を割り切れば、きっとあいつは止まってくれるはずだ。」

そう完全にことを理解して、すぐに机に向かった。


月日は流れ、雄太が野垂れ死にそうになったのをニュースで見た。私は焦る気持ちを隠せず、円周率を割り切る定理を何度も考えた。しかし思いつくことはなかった。世間が雄太のことに飽き始め、雄太の後ろに誰もついてこなくなった頃、本格的に雄太の位置が分からなくなった。私は焦る気持ちを隠せずいた。部屋の中はくしゃくしゃになった紙だらけになってしまった。その頃、私は学校に行っておらず、部屋に籠っては円周率に向き合い、随時ニュースをみるだけの生活をしていた。




「なあ0度と360度って何が違うんだ?俺には同じ角度にしか見えないんだが。」

「うーん…俺が思うに軌跡が大事なんだと思う。道のりがあるかどうかがきっと0度と360度を違うものにしていると思う。」

「なるほどな…軌跡か…なんかわかった気がする。」

「雄太お前本当にわかってんのかよ。」

「分かってるって。」


はっと、机の上で夢が覚めると私は気づいた。頭の中で一つの定理を思いついたのだった。私は鉛筆を走らせた。時間も忘れてただ書いた。気づくと手の横は黒くなって手のひらは豆が潰れて血だらけになった。やっと定理を書き上げて、円周率を割ることに成功した。それを学会に提出し、受理されて私は円周率を割ることに成功したのであった。

学会からは私を表彰したいと頼んできたが、それを断りあの日の素朴な田舎道であいつを待った。そうするとやっぱり奥の方からやってきた。すると、みるみる雄太の姿が大きくなって、こいつと呼べるくらいの近さになってきた。

「やったみたいだな。」そう弱々しくも芯のある口調で雄太は言った。

「ああ、お前のおかげだよ全部。」

「いや俺は何もしてない。あんなに走ったところで、あの日から場所は位置は変わってないんだからな。」

「軌跡が大事だって言ったろ。やっぱりお前は分かってなかったじゃねえか。」雄太は痩せこけてもう今にも死にそうだった。

お互い疲労困憊になりながら、野原に横たわって、他愛のない話をした。

「雄太お前そもそも、円周率の数、全部わかってたのかよ。」

「ああ、密に覚えてたんだよな。」

「嘘つくなよまじで。」

「いや本当だって。」

あの日から変わったようで変わらないそんなやりとりが続いた。



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