クラスメイトが朝食に頼む蛋餅が急にシンプルになった理由
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
私こと菊池須磨子が通っている台南市立福松国民中学には色々な特色があるけど、中でも高校並に充実した早餐部の存在は特に有り難い物なんだよね。
餅米の中に具材がギッシリ入ったボリューミーな飯糰に、小海老と油條の旨味が豆乳に染み込んだ鹹豆漿など、大抵のメニューは早餐部で賄えるの。
家で食べてきたり通学中に買い揃える時間的余裕がない時なんかは、本当に助かっているよ。
それに早餐部は校内にあるから、友達と示し合わせて行く事だって簡単なんだよね。
今日だって、昇降口に入ったタイミングで顔を合わせたクラスの友達に誘われたんだから。
「おはよう、菊池さん。朝ご飯まだ食べてないなら、蛋餅でも一緒にどう?」
クラスメイトの王珠竜ちゃんとは第二外国語として履修している日本語の授業でも一緒なんだけど、その日本語能力と日本文化の理解力は学年でも指折りなの。
本人にその気があれば、明日からでも日本へ留学出来ちゃうんじゃないかな。
だけど私の場合は、流石に日本留学は難しいだろうね。
「良いね、珠竜ちゃん!私も今日は蛋餅って気分だったんだよ!」
この一言を聞いたら、さもありなんと分かってくれるんじゃないかな。
生まれも育ちも台南市の私にとって、台湾の味覚や文化は切っても切れないアイデンティティなんだ。
日本はお父さんの生まれた国だしお母さんも若い頃には留学していたみたいだから、私としても相応に好意的な感情はあるんだけどね。
そういう訳で私と珠竜ちゃんは、早餐部では蛋餅をオーダーする事になったの。
台湾の国民的料理である蛋餅は「玉子餅」という別名が物語るように、餅粉と小麦粉で練った生地と薄焼き卵を巻いて食べる軽食だから朝ご飯にピッタリなんだ。
それに挟む具材や調味料で様々にアレンジ出来るから、決して飽きが来ないんだよ。
「う〜ん、迷う所だけど…今日はガッツリ行きたいから火腿起司蛋餅にします!」
コンビニで売ってるサンドイッチや西洋式の惣菜クレープもそうだけど、ハムとチーズは薄焼き卵との相性もバッチリだからね。
後は飲み物と合わせれば、昼ご飯まで充分に保つ計算だよ。
「私は豆漿を頼むけど、珠竜ちゃんが要るなら一緒に頼んどくよ?」
「気持ちは有り難いけど今回はパスするよ、菊池さん。今日はちょっと、そういう気分じゃなくてね。」
その言葉通り、珠竜ちゃんは無料のウォーターサーバーから汲んだミネラルウォーターを飲んでいたんだ。
飲み物だけじゃなく、食べ物だって薄焼き卵だけの入った原味蛋餅一品のみという至ってシンプルな構成だよ。
普段の珠竜ちゃんだったら栄養バランスも考えて茶葉蛋や鹹豆漿みたいな副菜をつけるし、蛋餅だって肉鬆蛋餅や燻鶏蛋餅みたいな腹持ちの良いのを頼むんだけどね。
『どうしたんだろう、珠竜ちゃん…』
その事が気になっちゃって、せっかくの火腿起司蛋餅と豆漿も味わうどころじゃなかったんだ。
モチモチした生地の食感も見事に三位一体を織り成す薄焼き卵とハムとチーズの味覚も、口の中を上滑りするみたいだったよ。
これが一回だけだったら「まあ、そんな日もあるかな」って片付けられるけど、二日も三日も続くと流石に気になっちゃうよね。
「ねえ、珠竜ちゃん…何かあったなら私に相談してよ。私に出来る事なら協力するからさ…」
だから意を決して、こんな事を切り出しちゃったの。
日本語の「矢も盾もたまらず」って慣用句は、こういう時に使うんだろうね。
「えっ…まさか菊池さん、私が蛋餅に具を挟まなくなった事で悩んでたの!?」
どうやら私ったら、余っ程深刻な顔をしていたんだね。
珠竜ちゃんもすっかり呆気に取られてたよ。
「菊池さんが気にかけてくれてたのは有り難いけど、私の身に何かあったと考えてるならそれは杞憂だよ。お父さんの会社の事業は安定しているし、私も普段通りの額でお小遣いを貰ってるしね。ご飯代を切り詰めてるのはヘソクリの為なんだ。」
そうして頭を掻くと、珠竜ちゃんは事の次第を照れ臭そうに笑いながら話してくれたんだ。
珠竜ちゃんがヘソクリをしていたのは、五歳上のお姉さんにプレゼントを買う為だったらしい。
珠竜ちゃんも親日家で日本語や日本文化の知識は凄いけど、お姉さんの王美竜さんは知識も情熱も珠竜ちゃんのそれを数段階も上回っていたの。
何しろ高校入学当初から、日本の大学への留学を目指していたのだからね。
それで志望校の堺県立大学に無事に合格出来たので、合格祝いと餞別を兼ねたプレゼントを贈ろうと決意したんだって。
「日本も台湾と同じように、昔からお茶の文化が盛んでしょ。だから茶道セットをプレゼントしようと思い付いたんだけど、思ったより値が張るみたいなんだ…」
それでご飯代を節約して、予算を捻出しようと涙ぐましい努力をしていたんだね。
「ねえ、珠竜ちゃん…それなら私にもお金を出させてくれない?私も美竜さんには色々とお世話になった訳だしさ。」
「それは有り難いけど…本当に良いの、菊池さん?」
私の申し出に珠竜ちゃんは戸惑っていたけど、二人で折半したら負担も大分軽くなると思うんだよね。
そんな私達に、更なる助け舟が出されたんだ。
「その珠竜ちゃんのお姉さん孝行、私にも一枚噛ませて貰えないかな。毛利元就っていう日本の武将が言ってたけど、一本なら簡単に折れる矢も三本あれば頑丈になる訳だからね。」
そうして割り勘の頭数に自ら名乗り出てくれたのは、私や珠竜ちゃんとも仲の良いクラスメイトの曹林杏さんだったの。
林杏さんも私達同様に第二外国語として日本語を履修しているから、日本文化には詳しいんだよ。
「それは助かるよ、林杏さん。だけど折角こうして三人いるんだから、桃園の誓いに擬える手もありなんじゃない?」
「私も最初はそう思ったよ、菊池さん。だけど桃園三兄弟は蜀漢でしょ?私の家系的には、安易にネタにするのはちょっと躊躇われてね。」
そう言えば林杏さんの家って、魏を興した曹操の遠い末裔なんだよね。
劉備を筆頭とする蜀漢の義兄弟に複雑な感情を抱くのも、無理はないだろうな。
こうして私達三人の連名で購入した茶道セットは無事に珠竜ちゃんのお姉さんに届けられ、今回の一件も無事に解決したんだ。
プレゼントの割り勘という形で金銭的負担を抑えられた珠竜ちゃんは、また以前と同じように腹持ちの良い具入りの蛋餅を早餐部で頼むようになったの。
いや、以前にも増して上機嫌になったかな。
その辺りについて聞いてみた所、珠竜ちゃんからはこんな答えが返って来たんだ。
「菊池さんや林杏さんとの連名で買った事をお姉ちゃんに告げたら、こんな事を言われたんだ。『珠竜にも良い友達が出来たじゃない、私も留学先で良い友達が出来ると良いんだけどな…』ってね。」
照れ臭そうだけど嬉しそうな珠竜ちゃんの笑顔は、今でも忘れられないね。
しばらくは蛋餅を見る度に、今回の一件を思い出しそうだよ。