[8]引きこもり魔女と夢の一歩Ⅳ
「あんたがこれまでやってきたことを俺が引き継ぐ。そして、イリスが立派な魔女になれるようしっかりと面倒を見るつもりだ」
俺は手始めに意気揚々と啖呵を切る。実際のところ、内心は激しく動揺している。不安と緊張で腹の底から何かが込み上げそうだ。
「お前が私の代わりだと? はっ! なめるなよ小僧!」
オッサンは鬼気迫る眼力で俺を睨みキッパリと否定した。当たり前だ、むしろ予想通りの反応と言っていい。
オッサンはこれまで一人でイリスの面倒を見てきたんだ、それをいきなりぽっと出の若造が代わると言い出すのだから怒るのも無理はない。それに、そもそも俺の意見は現実的じゃない。
「こっちだってノープランってわけじゃない。だがその前に、あんたがどうしてイリスを追い出そうとしているのかを聞かせてほしい」
ここは冷静に、相手の話を聞くことに専念しよう。
オッサンは改まって考えるようにして姿勢を正した。きっと、イリスの手前少々話しづらいのだろう。
そうなると、イリスにとっては聞きたくないことばかりかもしれない。
「……イリスはもう大人だ。いつまでもここに閉じこもっていないで、外に出て色々なことを学ぶべきだ。私はそう判断したまでに過ぎない」
オッサンの言葉を受け、俺の隣に座っているイリスは居心地を悪そうに俯いた。
……大人か。見た目で言えば俺には幼気な少女にしか見えない。夢に真っすぐで、世間知らず。そういう意味では、オッサンの言う通り外に出て色々と学ぶべきなのかもしれない。
だけど、オッサンがイリスを追い出そうとする理由はそれだけじゃないだろう。
「それは、イリスが邪魔だからか?」
「何だとッ!?」
オッサンは俺の言葉を受けて激昂し、飛び上がるようにして立ち上がった。
「ふざけるな! 私はただ、この子に一人で生きていけるようになってほしいだけだ! この子が夢を叶えるためには、ここで暮らしていくだけでは駄目なんだ!」
オッサンは机を叩き、俺に向けて激しく怒鳴った。我ながらキツい言葉だったと自覚している。
「そもそも! 私はイリスを追い出そうとしているんじゃない! この子のことを思って言っているんだ! 今まで私がどれだけイリスを大切にしてきたか貴様にわかるか?! なめた口を利くんじゃない!」
オッサンは俺に殴りかかろうかという勢いで、テーブルを挟んだ向かいから圧を飛ばしてきた。
ここまで感情を露わにしてまで否定するんだ、よっぽど頭に来ているのだろう。
実際、オッサンは初めて俺を見るなり強盗と勘違いして殴ってきたぐらいだ。オッサンの言葉、イリスへの愛情は本物だ。
「わ、悪かった! さっきのは訂正する。だから落ち着いてくれ……!」
俺はヒートアップするオッサンをなだめると、オッサンは拳を震わせつつ勢いで床に転がした椅子を拾い上げて座り直した。
「それで、お前は結局どうやってイリスを養っていくつもりだ!? 別の世界から来たっていうお前が、働いてここの家賃を払ってくれるのか? 毎日の食事をお前が用意するのか?」
オッサンは畳みかけるように俺を圧倒する。
正直全部、耳が痛いものばかりだ。オッサンの言う通り、これから先で直面する問題ばかり。流石にメンタルに来るものがある。
だけど、これでオッサンの思いはわかった。ここからが正念場だ。
「……俺には無理だ」
俺が弱音を吐いたように見えただろう。オッサンも、隣にいるイリスですら驚いように呆然としてこちらを見ている。だけど、本当の意味はそうじゃない。
「だからこそ、あんたの力を借りたい」
俺は真っすぐにオッサンの目を見て言い放った。オッサンは困惑した様子で理解に苦しんでいる。
まぁ無理もない、俺はオッサンの意表を突いたんだ。
「あんたの言う通り、俺はこの世界に来たばかりの若造だ。だけど、全部は無理でもあんたがイリスにやってきたことの一部は代わることができる」
実際、ここに至るまでの三日間はオッサンに俺の実力を見せつけるためでもあった。
オッサンが居なくてもイリスの生活を支えられる。遠く及ばずとも、俺に任せても大丈夫なんだと示すために。
「ば、馬鹿なことを言うな! それでは今までと変わらないだろう! イリスもまた──」
「いいや違うね!」
俺はオッサンの言葉を遮った。
「俺という、イリスを応援したい奴が一人増えたんだよ! これまではあんただけだったかもしれない、だけどこれからは俺があんたを支えてやるって言ってんだ!」
俺は堂々とオッサンに向けて言い放つ。オッサンは眉をひそめて言葉も出せず呆気に取られている。
「ずっと言いたくて仕方がないことがあったんだ。だから言わせてもらう。
一人で勝手に期待して、一人で勝手に諦めてんじゃねぇよ。何がイリスのためだ、何がイリスを大切にしているだ! そこまで思っているんだったら、最後までイリスの夢を応援してやれよ!
全部自分で背負い込むくらいなら誰かに助けを求めるんだよ! その大切さを教えてくれたのは、他でもないイリスだろうが!」
俺はイリスの方へ視線を向けた。そこには、目に涙を浮かべて必死に声を押し殺しているイリスがいる。
そうだ。俺がここにいるのは、イリスが必死に悩んで追い込まれた結果だ。彼女からの『助けて』に応えるために俺はここにいる。
「もう一度言う。あんたがこれまでやってきたことを俺が引き継ぐ。そして、イリスが立派な魔女になれるようしっかりと面倒を見る。……あんたと一緒にな!」
しばらくの静寂が続いた。俺の言葉はオッサンに届いただろうか。こうやって振り返る時間があると、心配になったり恥ずかしくなってくる。正直、自分の言ったことは現実的じゃないし説得力にも欠ける。
「……そうだな」
オッサンがようやく口を開いた。うなだれるようにして天井を見上げているオッサンは、どこか懐かしむような表情をしている。
「私はイリスに、かつての先生の姿を重ねていたよ」
どうやらオッサンは自身の過去について話すようだ。先生、というのはイリスのお祖母さんのことだろうか。元々このアトリエはイリスのお祖母さんが使っていて、現在はオッサンが管理をしている。
「遠い昔のことだ、私が冒険者だった頃に先生と出会った。先生は英雄の名に相応しく、完璧で人望の厚い人だった。私もいつか先生のような人になりたい。そう願って生きてきたが……」
「ダンテおじさん……」イリスはオッサンの言葉をひとつひとつ受け止めるように聞き入っている。
「ふっ……、初めてイリスを見たときは驚いたよ。本当に、先生にそっくりだったんだ。だからこそ、私がイリスの夢を支えてやるんだと躍起になった。だが、それは私が勝手にイリスのためだと思い込んでやっていただけに過ぎなかったんだ……」
「別に、あんたは悪くないだろ。これまで一生懸命にイリスの面倒を見てきて、イリスに外へ出るよう提案したのも本当にイリスを思っていたからだ。それに、あんたのおかげでイリスが本気を出した、もっと誇っていいと思うぜ」
俺がオッサンをフォローすると、オッサンは「わかったような口を利くな」と笑い交じりに反論した。
一方で、イリスは俺の言葉に少しダメージを受けたのかそっぽを向いている。
「私の負けだ。お前には、私の代わりにイリスを養ってもらう。そのために、私は出来る限り協力をしよう。そして共に、イリスの夢を応援していこう」
オッサンはすっきりとした表情で俺に握手を求めてきた。勿論、断る理由はない。
俺はオッサンと握手をして無事に説得することが出来たんだと達成感の余韻に浸る。
「という訳だイリス。これからはオッサンと二人で、お前の夢を応援してやるからな」
俺はイリスにニヤリとした。すると、その言葉の真の意味・自堕落生活の終焉を察したイリスは大きな悲鳴を上げて《喜び》を表現するのだった。
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