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[7]引きこもり魔女と夢の一歩Ⅲ


「これがあたしの考えた魔術『エンチャント:魔術保存(マイティセーブ)』だよ!」


 ババーン! と音が聞こえてきそうなイリスの堂々たる姿に俺は拍手喝采を送る……こともなく。

 俺はイリスが見せてくれた魔術の凄さをイマイチ理解できず、とりあえず小さな歓声を送った。そんな俺に対して、イリスはぷんすこと怒りだして機嫌を損ねてしまったようだ。


「申し訳ありませんイリス様、この無知な私めにもわかるように先程の魔術について詳しくご教授いただけませんでしょうか……」


 俺はプライドを捨ててイリスのご機嫌取りに奔走する。すると、イリスは顔をにんまりさせながら解説をしてくれた。……ふっ、ちょろいな。


「アイト、魔術を使ってみたくない?」


 それはとても魅力的な話だ。そりゃもちろん、誰だって魔術ないし魔法は使ってみたいものだろう。


「さっきの魔術は、誰でも簡単に魔術が使えるようになる魔術なの。実際、アイトが魔術書を開いたら魔法が出たでしょ?」


 てっきり、ビックリ箱みたいに俺を驚かそうとしていただけなのかと思ったが違ったみたいだ。

 まぁ確かに、俺が魔術書を開いたら炎が立ち上がった。いや、あれは俺が魔法を使ったことになるのか? 正直、あまり実感は無かった。


「エンチャントっていう『物に魔力を込めて魔法の力を付与する魔術』を少し改良して『物に直接、魔術を保存する魔術』にしたの。エンチャントとは違って、誰でも技量に関係なく特定の手順だけであらかじめ保存した魔術を使えるってわけよ!」


 えっと、つまり俺の世界でいうところのレトルト食品ってことか?お湯を入れるだけで簡単に魔法が使えるって感じのすっごい便利なものなのか!?


「すげぇ! すげぇよイリス!!」


 俺はすっかりイリスの魔術の虜になっていた。

 イリスは褒められ慣れていないのか、べた褒めしてくる俺に困惑している様子だ。


「でもさ、凄い魔術なのはわかったけどこれは一体どんな時に使うんだ?」


 イリスはその言葉に一瞬だけピクッと反応すると、顔を引きつらせて微妙な表情をしている。

 どうやら俺は地雷を踏んだらしい。


「そ、そりゃあ勿論、魔術が苦手な人とか、魔術が使えない人とか……」


 別にそれが悪いことではない。だが、俺のように一瞬だけ喜んで終わってしまう。それに、一回使ったらそれまでなものでは物足りない。どうせなら何度も使えて、もはや自分で魔術を唱える必要なんてないと思えるくらいのものにできればいいんじゃないだろうか。


「あ! 寝転がっているときにお菓子とか飲み物を出してくれるようにするとか!」


 むしろお前にとってはそっちの方が目的だろ。いやしかし、イリスの意見は的を得ている。21世紀のネコ型ロボットよろしく、いつでもどこでもポケットから色々と取り出せたら便利だしな。……俺も電車のパスも無くさずに済むし。

 とりあえず、イリスの魔術はまだまだこれからで、今後に期待していく必要がありそうだ。


「安心しろイリス。お前の凄さは十分に理解できたよ。だからこそ、お前をここから追い出させるわけにはいかない。絶対にオッサンを説得するぞ」


 俺は堂々とイリスに宣言した。イリスも俺の言葉を受けて気持ちを昂らせているようだ。

 明日、俺たちはオッサンの説得に臨む。


 そして迎えた当日。

 俺とイリスは真剣な面持ちでリビングを囲んでいる。オッサンが来るまでのこの時間、時計の針が進む音ってこんなに大きかっただろうか。

 流石のイリスもいつもの自堕落っぷりを披露している余裕は無さそうだ。俺の横でただ静かに、それでいて手落ち無沙汰に自らの両手を絡ませてその瞬間を待っている。


 ドンドンドンッ!


 玄関の扉を激しくノックする音、突如としてその時はやってきたんだ。

 俺はイリスの方へ視線を向けると、イリスはゆっくりと重々しく頷いた。

 ……さぁ、勝負だ。俺は手に汗を滲ませながら玄関のドアノブに手をかけた。

 ガチャリ。この扉、これほどまでに重かっただろうか。冷や汗が止まらない、よく見たら手も震えてやがる。

 やっとの思いで玄関の扉を開くと、そこには以前と同じ光景が広がっていた。俺が初めてこの世界に来た日、筋骨隆々なスキンヘッドのオッサンがこちらを見下ろして睨んでいる。

 俺はさぞかし引きつった顔をしているのだろう。そのまま軽く挨拶をしてオッサンを招き入れた。


「それで、私を納得させる準備は出来たのか?」


 オッサンは席に着くなりいきなりぶっこんできた。この人はアイスブレイクってものを知らないのか?この初っ端から冷え切った空気感を温めるべく、まずは軽いジャブとしてホットコーヒーを出してやろう。

 俺はキッチンであらかじめ用意しておいた容器から、カップにコーヒーを注ぎ、腕を組みながらテーブルに着いているオッサンの元へと運ぶ。


「……フン」


 オッサンは目の前に出されたコーヒーを一口すすると、一息ついてカップをテーブルに置いた。相変わらず険しい表情で腕を組んでいるが、その仏頂面もいつまで保てるかな……。

 さぁ、覚悟しろよオッサン。カフェと居酒屋のバイトで培った経験であんたを存分に『おもてなし』してやるんだ。そのための準備は万全、あんたを説得するのはそれからだ。


「よろしければこちらもどうぞ……」


 俺はオッサンに第二の刺客を放った。それは、俺がこの時のために作った甘いケーキだ。一口サイズだが、しっとり食感の中にほんのり塩味を感じる一度で二度おいしいケーキ。コーヒーと合わせた暁には、もう止められなくなるはず……。

 だが、俺の中でザワザワと膨らむ危機感……。これは一体なんだ?


「おいしそうだなぁ……」


 イリスだ。イリスがよだれを垂らしながら恍惚とした表情でオッサンの手にあるケーキを眺めている。

 待つんだイリス! そいつはオッサンの機嫌を取るための兵器だ、今はお前の腹を満たすためのものじゃない! 今日を乗り切ったらあとで作ってあげるから! ねっ! お願い諦めて!!


「……」


 どうやらオッサンはケーキをじっと見つめるイリスの視線に気づいたらしい。その手に持ったケーキを食べようか食べまいかを迷っている。……見るからにめちゃくちゃ気まずそうだ。

 イリスがこうなることは想定していた。だからこそ、今日は朝食を豪華にして手を打っていた。しかし、あの様子だと全く効果は無かったようだ。やはり、()()()()()()()というやつか……。


「……イリスも食べるか?」


「いいの!? やったぁ!」


 なっ何ぃ!? あの強面で口角の上がらなそうなオッサンが表情を緩ませてケーキを分け合っているだと!?

 眩しい! オッサンの笑顔が眩しすぎる! しかもあの分けられたケーキ、イリスの方が少し大きい!

 まさか、こんな一面を持っていたとは……。よく、人を見た目で判断してはいけないとは言うが、これは流石に予想外だ。


「!」


 イリスと楽しそうにケーキを食べているオッサンは俺からの視線に気づいたようだ。途端に、視線を逸らして眉間にシワを寄せた。そして、緩んだ表情を隠すようにコーヒーカップを口に運んでいる。

 やるな、オッサン。あんたを甘く見ていたよ。


「アイト! これ、おいしいね! もっと食べたいかも」


 頼む、お前はもう少し遠慮と言うものを覚えてくれないかイリス。とはいえ、悔しいが俺の作ったものを褒められると嬉しくてたまらない。オッサンのように黙々と食べられるより、イリスのように笑顔でいてくれると心持ちが全然違う。

 まぁ、イリスのおかげで場の空気感も和やかになった気がする。こればかりは感謝しないとな。


「……そろそろいいだろう。本題に入れ」


 オッサンは改まるようにして咳払いをしてから本題に入るよう促した。

 言われるまでもない。俺もそのつもりだ。


「あぁ、それじゃ始めようか」


 俺はオッサンと対面するようにしてテーブルに着いた。

 これからオッサンを()()する!


閲覧ありがとうございます。

ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。

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