[6]引きこもり魔女と夢の一歩Ⅱ
「イリス、俺に魔術を教えてくれないか?」
俺の言葉にイリスは口をあんぐり開けて目を見開いている。
……息してる? と心配になる様子だが、Xデーが明日にまで迫っているというのに急に何を言っているんだと思うのは当たり前だ。
別に、魔術を使えるようになりたい訳じゃない。正確には、魔術とは何かを教えてほしいのだ。例えば、魔術の種類とか魔術の特徴とか……。
俺はそれらの点を加味してイリスに伝える。
「魔術っていうのは誰にでも使えるものじゃないんだよ」
イリスは少し悩んだ末に答えを返してくれた。
しかし導入から驚いた。ファンタジー映画なんかでは誰もが魔術を使って色々と便利な世の中を構築していたはずだ。そのイメージからすれば魔術なんて誰にでも使えて当たり前で、だからイリスは最強の魔女と呼ばれたお祖母さんを尊敬しているものかと。
「そもそも、魔法と魔術ってものがあって、それぞれ似てるけど定義が異なる別のものなんだよ」
話がややこしくなってきた。魔法と魔術って同じじゃないのか?どっちも魔力とかを使って不思議な現象を起こすものだろう? そこまで細かい分類があるなんて知らなかった。
「人には、魔力って呼ばれる魔法・魔術の素となる力があって、それをどのようにして形にするかで大きく変わるんだよ。
魔法は、魔力を操作して影響を与えるもの。魔術は、魔力で生み出した魔法を操作して影響を与えるものなの」
「違いがわからん。というか、どっちも同じ意味じゃないか……?」
イリスは再び悩むと実際にやってみればわかると言って周辺の荷物を退かし始めた。俺も手伝って場を整えると、イリスは自身の背丈ほどの長さのある杖を持って実演の準備に入った。
「火炎ッ!」
イリスが勢いよく呪文を唱えると掲げた杖の先から小さな炎が立ち上がった。
俺は突然のことに動揺し、改めて間近に見る魔法の姿、ゆらゆらと揺らめく炎に見惚れていた。
「これが魔法。あたしの魔力で炎を生み出したの。で、魔術っていうのは……」
イリスは得意げに説明をすると、杖の先に灯る炎を自らの指先へと移動し始めた。すると、炎はイリスの手から離れてゆらゆらと動き始め、周囲を浮遊しだした。
「これが魔術。魔力で生み出した炎に違うベクトルの魔力や別の魔法加えることで変化を起こすの」
そうか、そういうことか。イリスの実演でようやく理解することが出来た気がする。
何となく例えるなら、経済学とかの講義で聞いたことがある『一次産業・生産』が魔法で『二次産業・加工』が魔術みたいなものだろうか。
「まぁ、今やったのは簡単なものだから、どちらかと言うとどれも魔法なんだけど……。でも、みんながみんな魔法を自由に操れるわけじゃなくて、魔術が使えないって人は多いみたい」
わからないことがわかる瞬間はすごく気持ちがいい。語彙力なんて無くなるくらいに今の俺ははしゃいでいるぞ。
しかしこうして考えると、やっぱりイリスって凄いんじゃないか?正直、こんなところに引きこもってないで外の世界で活躍してほしいとも思う。そんな俺の心の声を見透かしたようにイリスはドヤ顔で鼻を鳴らしている。
「そんな魔術だけど、あたしのおばあちゃんは魔術のほとんどの理論を考えたんだよ! それで、この世界を平和にして最強の魔女って呼ばれたんだから!」
イリスは意気揚々としながらお祖母さんを自慢している。ああ、そうだよな。お前が目指すのはお前自身の夢、憧れの最強の魔女だ。決して俺や他の奴が『お前のため』と言って課す夢じゃない。
だから俺は、その夢を応援するんだ。イリスの望むように、俺が養っていくんだ。
「……流石だな、おかげで色々わかった気がする。明日のことも今ので何とかなりそうだ。後は俺に任せてくれ」
俺はアトリエから離れようとした。するとイリスは焦るように俺を引き留めた。
明日のことならもう心配ない。俺は心配するイリスをなだめるがまだ不安は消えていないようだった。
「お願い! もう少し付き合って! アイトに見てほしいものがあるの!」
イリスは慌ただしくアトリエの中を駆け回り始めた。何かを探している様子のイリスに言葉をかける暇もなく俺は呆然と突っ立っている。
「よし、準備完了……」
しばらくすると、イリスは準備が整ったようだ。しかし、特段として先程と大して変わった様子はない。むしろ、辺りを駆け回って探し物をしたせいで物がより散らかってしまっている。
「さっき、魔法と魔術の違いについて教えたけど、もうひとつ教えたいことがあるの」
イリスはそう言うと、懐から一冊の魔術書を取り出してぱらぱらとめくり出した。俺はこれから一体何が起こるのか期待と不安の眼差しでイリスを見ている。
「おばあちゃんは魔術の理論、基礎を作った。でも、みんながそれを扱える訳じゃない。だからあたしはおばあちゃんの魔術を研究をして、どれだけ魔術を簡単で身近なものにできるかを考えたの」
俺はイリスの言葉に度肝を抜かれた。日頃のぐうたらで自堕落なイリスの姿はそこにはなかった。
あるのはただ一人、最強の魔女の孫娘イリス・アークライトだ。
「いっぱい失敗して諦めたことは沢山あったけど、これだけは自信があるんだ……!」
イリスは手に持った杖を掲げ、目の前で浮かぶ魔術書に向けてぶつぶつと呪文を唱えている。それに呼応するように魔術書は光を帯び始め、次第にその光は強くなって輝きだした。
俺は目を細め、顔を覆うようにして腕を突き出して眺めている。やがて、魔導書の光は輝きを失い、普段と変わらないいつもの姿に戻った。
「あ、魔法に関して言い忘れていたことがあるんだけど聞いてくれる?」
魔術の詠唱を終えたであろうイリスが振り返ると、何かを思い出したかのように唐突に話を振ってきた。
俺は魔術書の方が気がかりで呆気に取られつつ、イリスの話を聞くことにした。
「魔法を使うのに魔力が必要なのは言ったけど、人が持っている魔力量は人それぞれなんだよね。それに、同じ魔法でも人によって必要な魔力量も変化するの」
再び難しい話のようだ。俺はなんとか付いていこうと相槌を打ちながら話に聞き入る。
「つまり、あたしがさっき使った炎の魔法も、みんながあたしと同じ魔力量で使えるとは限らないってこと。
ひとつの魔法を使うのに『持っている魔力の一部しか使わない人』もいれば、逆に『持っている魔力を全部使わないと魔法が使えない人』もいるんだよ」
そうか、得意不得意があるように魔法や魔術にもそれがあるんだ。イリスが言った「誰もが魔術を使えるわけじゃない」ってのもここに繋がるのか。しかし、それが今この状況とどう関係があるんだ?
「その、アイトは知ってると思うけど、あたしって持ってる魔力が多い訳じゃないんだよね……」
言われてみればそうだ。気が付くとこいつはいつもお腹を空かせて倒れたり、ガツガツと食べ物を頬張っている印象だ。そうやって魔力を回復しないと追い付かないのだろう。
それに、日頃から自堕落に見えていたがそれは魔力が少ない故の……。と、考えたが目の前でニヤッと笑うイリスを見てこれだけは違うと思った。本当にただ怠けているだけだなコイツ。
「えっと、あたしは魔力が少ないからおばあちゃんの魔術を扱うのにも限度がある。そこで、あたしが考えた方法がこれなんだよ」
イリスはそう言って、先程の魔術書を俺に手渡してきた。そのまま本をめくれ、と指示されるように促された俺は早速魔術書を開いてみた。
ゴオォ!!
俺が本を開くと、突然中から炎が噴き出した。何が起きたのかわからない俺を他所に、イリスは再び鼻を鳴らしてドヤ顔をする。
「これがあたしの考えた魔術『エンチャント:魔術保存』だよ!」
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