[49]引きこもり魔女と偽物魔術I
俺とイリス、ファラとニアの四人で宿の前に集まる。
「よーし、忘れもんはないなー?」
今日でこの街を離れる。
再びイリスとの、アトリエでの暮らしに戻る。
色々あった商業祭も終わり、俺たちは無事に商業組合からの支援を受けられるようになった。
「アイト、傷は大丈夫そう?」
「ああ、ありがとな」
イリスが心配して声を掛けてくれる。
俺の右足、傷はすっかり治っている。
ここまでたったの数日、帝国騎士団やイリスの魔術で歩けるまでに回復した。
「待ちたまえよ!」
突然、聞いたことのある高らかな男の声が響いた。
すると、俺たちの側に白い鎧を着た騎士たちが続々と集まり、そのままガチャガチャと騒がしい音を立てて包囲されてしまった。
「キミたちを街の外に出すわけにはいかないよぉ?」
俺たちを囲む鎧の集団の隙間、より強い白を放つ男が目に入った。
「このボクこそ! 帝国騎士団第八警務隊の長にして、ヴァンホルン家の長男!」
うわでた。めんどくさいやつが来た……。
「レイリ・ヴァンホルン! 以後、お見知り置きを……」
レイリは以前にも見せた貴族がやる挨拶をする。
帝国騎士団が俺たちに何の用だろうか。
俺の隣にいるイリスは臭い物でも見るような視線でレイリを睨んでいる。
「貴様、何の用だ」ニアが前に立つ。
「おやおや、そんなに睨まないでおくれよ。ボクはキミたちに用があって来たんだからねぇ!」
だからこっちは何の用だって言ってんだよ。
相変わらず話の通じないヤツだ。
「いや、用があるのはキミひとりにかなぁ。イリス・アークライトさん……?」
「えっ、あたし?」
レイリはイリスに揃えた手を向ける。
すると、周囲を囲む鎧の騎士たちはイリスだけを囲むようにして陣形を変える。
「え、えっ? なにっ?」
「少しお話しをしようじゃあないか! ボクと二人きりで……」
レイリがイリスに近づく。
俺は周りの鎧の戦士に阻まれてイリスに近づくことができない。
「近寄るな、彼女は私の護衛対象だ」
「おっと……」
ニアがレイリの腕を掴んだ。
すかさずイリスの前に入り、レイリの前に立ちはだかる。
「ニアさん……この手を離してくれないかい? ボクは本当に彼女と話をしたいだけなんだよ?」
「ならばここまで包囲する必要はないだろう。本当の目的を言え、でなければこの腕を折る」
ガチャガチャ!
途端に周囲の騎士が構えて騒がしくなる。
「よしたまえ! ボクたちは争いに来たんじゃないんだよ!」
レイリの声を受けて騎士たちは構を解く。
しかし、ニアの言う通りだ。話すことが目的ならここまで警戒する必要はないだろう。
この男、何を考えている?
「これは公務の一環でね、どうしても彼女を連れて行かなければならないんだ」
「何?」
「イリス・アークライト。キミには魔術不行罪の容疑がかけられているんだよ」
なんだそれ? 容疑ってまさか、イリスが犯罪者だって言いたいのか!?
「この容疑が晴れない限り、街の外へ出すわけにはいかない。いくらニアさんであっても、ボクたちの邪魔はさせないよ?」
「待ってくれ! どういうことなんだ!? イリスが何をしたって言うんだ!?」
「五月蝿いよキミ、キミだけは容疑に関係なく今すぐ牢へ連れて行きたいところだよ……」
「ふざけんな! こっちはくだらねぇ冗談に付き合ってるヒマも、気分でもないんだよ!」
いくら帝国騎士団とはいえ、イリスの邪魔をするなら誰だろうと容赦はしねぇ! 一発ぶん殴ってやる!
「あ、アイトっ……」イリスは怯えた様子だ。
「まぁ待てや、ウチらはイリスちゃんの保護者みたいなもんや。理由を聞く権利くらいはあるで」
ファラが声を上げた。
暴れる俺の前に立ち、レイリに向けて視線を送っている。
「仕方があるまいね……お前たち! 彼女たちをお連れするよ」
俺たちはレイリたち帝国騎士団に連れられ場所を変える。
やってきたのは帝国騎士団・警務隊駐在所。
所謂、警察署みたいなところだ。
二階建ての大きな建物。一階入り口の受付カウンターを抜け、取り調べ室のような個室に通される。
部屋にたどり着いても、数人の騎士に囲まれて物々しい雰囲気だ。どうしても俺たちを逃したくないらしい。
「これを見たまえ」
レイリは部屋の中央に配置されたテーブルに、紙切れの束を置いた。
「これ、あたしの作った地図だ!」
ガタッ!
周囲の騎士が構える。
「お前たち待ちたまえ! 話はまだ始まったばかりだ、少なくともボクたちからは逃げられない」
レイリは騎士たちを指揮して構えを解かせた。
テーブルに置かれた、イリスの作った魔術地図。
それがイリスの容疑と何の関係があるんだ?
「でもこれ、全部もう使えないやつだよ。誰かが使ったあとみたいだし……」
「そこは問題じゃない、問題は別のところにある」
レイリは勿体ぶった言い方で話を止める。
やはりこいつにはイライラが募ってくる。
「今朝、ある男が死体となって見つかった。その男が持っていたんだよ……しかも大量に」
「大量に……?」イリスが頭を捻る。
「そう、この紙は一部さ。キミたちは商業祭でこれを配っていたのだろう? 何か知っていることがあるんじゃないかと思ってね」
使用済みの地図を大量に持っていた……。
しかし、だからと言って俺たちに何の関係があるんだ?
確かに俺たちは地図を配ったが、その後のことなんて預かり知らぬことだろう。
「その、地図を持っていた人がどんな人なのかわからないと話しようがないよ……」
「イリスの言う通りだ、これだけじゃ俺たちには何の関係もないだろ!」
「はぁ……キミには聞いていないのだが、仕方があるまいね……」
レイリは俺を見てため息をついた。
本当にムカつく野郎だ、マジで一発殴りたい。
「この男に見覚えはあるかな?」
レイリは一枚の紙を広げた。
そこには髭を蓄えた優しそうな顔をした男の似顔絵が描かれていた。
どこかで見たことがあるような顔だ。
「う、ウソや……! これって、おっちゃん……!」
「えっ?」
おっちゃんって、確か配布に協力してくれたあのおじさんか?
チンピラどもに娘を攫われ、脅されて俺たちの邪魔をせざるを得なかった。
そのおじさんが、死んだ……?
「顔見知りのようだね、詳しく話を聞かせてもらおうか」
「ウチのお得意様や、商業祭の時はチンピラに脅されて無理やり色んなことさせられとった。ウチらの邪魔したり、その地図を捨てたりしてな」
「なるほど、それであいつらとキミたちは関係があったんだね」
チンピラ、俺たちの地図配布に難癖をつけて邪魔をしてきた二人組の男。
俺とニアで対峙して帝国騎士団に捕えられたはず。
「もしかして、あいつらの仕業か!?」
「それはないよ。あいつらはボクたちのもとで収監中さ、意識を取り戻すことなく眠ったままでね」
奴らはまだ牢屋の中。それなら奴らが直接、おじさんをどうこうできるわけがない。
しかし、奴ら以外におじさんを殺めた犯人なんて思いつかない……。
「せや、あいつら言っとった! 自分らと同じようなもんは仰山おるって! 自分らはその代表やって!」
そうだ、あの言葉が真実なら奴らの仲間はいるはず。
どうにか仲間と通じて、報復のためにおじさんを襲ったに違いない!
「そうだよねぇ、そう考えるのが自然だよねぇ……」
レイリは顎に手を当てて物思いに耽っている。
こいつ、何を考えている?
「さてキミたち、ひとつ勘違いをしていないかい?」
「え?」
「この男は死体となって発見された男ではない。目撃証言によって得られた、この事件の罪に問われている男だよ」
「なんだって……?」
「別に、被害者の顔を見せるとは一言も言ってなかっただろう? しかし、共犯者ならこの男を死んだとは思わない。キミたちは本当に何も知らないようだね」
こいつ、意外と頭がキレるやつのようだ。
地図に関してもある程度、俺たちに目星を付けて探りを入れていたのだろう。
帝国騎士団隊長ってのも伊達じゃないらしい。
「どうだろう、キミたちにもこの事件の真相解明に、協力してもらおうじゃないか」
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