[47]引きこもり魔女と商業祭Ⅶ
暗闇に包まれる小さな港。
大地を揺るがす重い音、振動は波となって岸を打つ。
俺は血まみれの右足を抑えてうずくまり、目の前からはゾウのような巨体をした男が迫ってくる。
「やっぱ無理しすぎたか……!」
右足の感覚が無い。
力が入らず、これじゃ歩くことすらも困難だ。
「グオオオオオオ!!!」
遠目からおよそ人のものとは思えない声を上げる男が巨体を揺らして近づいてくる。
もはやここまでか、俺が囮になればイリスたちを逃がすことぐらいはできそうだ。
だが、それをイリスが許すとも思えない。
俺に残された選択肢はひとつ、この足を引き摺ってでもあのデカブツの前に立ちはだかること。
もう二度と俺の前で、大切なものを傷つけさせない。
この身、この命を懸けてでも絶対に守ってみせる。
「かかって来いよ……! デカブツがぁッ!」
俺は立ち上がり両手を大きく広げた。
その瞬間、俺を中心に青白い光が立ち昇った。
「な、なんだ?」
光はキィーンと甲高い音を立てながら俺を包んでいる。
しかし、この感覚はどこか見覚えのあるものだ。
正確には、見たというよりも実際に体験したことがあるもの……。
「《融合開始》」
頭の中にノイズが響いた。
この声はまさか、エニグマか!?
俺は光の筒の中でふわりと宙に浮き、光が全身を覆うようにして集う。
やがて光はずっしりとした重みのある感覚を残し、俺を大地に立たせる。
「これは……あの時の!」
俺は自分の体を見る。
銀色の戦士。黒い魔物を相手にエニグマが変身したもの、今まさに自分がその姿となっている。
足の痛みが消えて感覚も戻っている。しかし、足の構造が逆関節状になっていてこれが本当に自分の脚なのかと困惑させられる。
「アイトっ! 前っ!」
イリスの声が聞こえ、俺はデカブツの方を見た。
ドガッ!
大きく振りかぶったデカブツの右腕、丸太のように太い腕が俺を直撃した。
「ぐあっ!」
俺は吹き飛ばされて倉庫の壁に叩きつけられる。
衝撃を受けた倉庫が崩れ、瓦礫となって俺を埋める。
だが、全く痛みを感じない。それどころか、全身から力がみなぎるようだ。
「はあ───っ!!!」
メキメキと音を立てながら瓦礫に埋もれた体を起こす。
俺の右腕を纏う銀色の手甲が、遮るものを失った月光で照り輝く。
瓦礫の中から脚を前に出すと、体中についた土埃が一斉に落ちる。
傷ひとつない銀を放つこの姿なら、ヤツと戦える!
「さぁ……、第二ラウンドと行こうか。覚悟しろ、デカブツ……!」
「ヌオオオッ!」
デカブツが俺の姿に気づくと、再び唸り声を上げてこちらに向かって走り出す。
どうやら力でゴリ押すことしかできないようだ。デカい図体の割に脳ミソは小さいらしい。
俺は右手を握り締め、ゆっくりと息を吸った。残った左手を迫るデカブツに向けて掲げる。
「オラァッ!」
十分に引き寄せたデカブツに向けて構えた右拳を放つ。
同時に突風が起き、俺の拳はデカブツの腹部にヒットした。
「グアアアッ!?」
俺の拳を受けたデカブツの腹が大きく捻じれ、拳が食い込む。
そこからさらに力を込めていくと、デカブツは「く」の字に折れて吹き飛んだ。
残された俺の右拳からは熱気で煙が立っている。
「まだまだァッ!」
俺は姿勢を低くとり、脚に力を込めて一気に地面を蹴り上げる。
土埃を上げ、俺は地面を転がっているデカブツに向けて一直線に飛び出す。
音速を超える勢いで地面スレスレを飛びながら、転がり続けるデカブツに並ぶ。
右手でデカブツの頭を掴んで地面に叩きつけ、そのまま地面を抉りながら疾走する。
「《魔術回路同調完了、終結魔術実行推奨》」頭の中でノイズが響く。
「ああ! 今ならわかる、魔術の使い方がな!」
俺は左手で地面を叩いて走る勢いを弱める。
その反動でデカブツが大きく投げ出され、勢いのままにデカブツを真上の宙へ投げ飛ばす。
「必殺技ってのは名前を叫んでこそだよな……!」
俺が左手を前に掲げると、青紫色をした光が集って棒状になった。
棒の先端を右手で掴み引き抜くと、棒状の光は形を変えた。
「刀か……、こいつはいい!」
俺は右手に青紫色の光の刀を携える。それは俺の身長と同じぐらいの長さをした大太刀だ。
依然として上空にはデカブツが舞っている。そろそろ終わりにしよう。
刀を逆手に持ち、顔の前に掲げる。
「藍刀一閃……!」
刀に光が集い、姿勢を低くして刀を背に回した。
「うおおおぉぉぉ!!!」
刀で地面を抉りながら勢いよく下から斬り上げると、刀から三日月の形をした光の刃がデカブツに目掛けて飛んでいく。
俺は刀を横に振るい、左手に集う光へと刀を収める。
カチンッ……!
刀を収めると両手の手甲がぶつかり音を立てた。
その瞬間光の刃はデカブツを捉え、放射状に光を放ち、夜空に咲く一輪の花となった。
やがて花は一点に収束して一筋の光を残す。
「……あ、やっべぇ流石にやりすぎたか……?」
上空から一筋の光が落ちてくる。
よく見やると、どうやらデカブツのようだ。
意識を失っているのかピクリともせず真っすぐに落ちてきている。流石にあの高さから落ちたらひとたまりもないだろう。
俺は近くの倉庫の壁を足場にして高く飛び、上空でデカブツを捕まえた。
「最後まで手間のかかるヤツだったな、ちゃんと息もあるようだ」
デカブツを手に地面へ着地すると、近くに隠れていたイリスが姿を見せた。
「わ、わ、わァッ!」
イリスは言葉に詰まってあたふたとしている。なんだか小さくて可愛らしい反応だ。
「あ、アイトっ! それってエニグマのやつだよねっ! それに光がブワッてなってカチンッてなって……!」
今度は落ち着きがなく、思いついた言葉を次々と声に出している。
イリスの言いたいことはわかる。だが正直、今の俺にもよくわかっていない。
どうして俺がこの姿になれたのか、それに魔術を使うことも……。
「あの……、助けてくださりありがとうございますっ!」
イリスの背後から女の子が姿を見せる。確か、彼女は協力者のおじさんの娘さんだった。
イリスからはリーシャと呼ばれていただろうか、あのチンピラ二人に捕まっていたのだろう。
「リーシャちゃん! 怪我してない!?」
「うん、イリスちゃんのおかげで何とか」
三つ編みにした灰色の髪に白いカチューシャが目立つ。
リーシャは普通の町娘という印象だ、こんな争いごととも無縁だろう。
「君はあの大男に捕まっていたのか?」
俺が近くで伸びているデカブツを指差すと、リーシャは頷いた。
リーシャの隣にいるイリスも自分を指差しながら被害者であることをアピールしている。
「朝、お父さんと一緒に商業祭の準備をしていたら突然……。それでずっとここに捕まっていたんです」
「そこにあたしも捕まって、一緒に脱出をしようとしていたってワケ!」
全部繋がった。
元々、おじさんはチンピラに脅されていたんだ。それを俺たちの邪魔をするために利用された。
だが、イリスを誘拐したのが間違いだったな。こいつ一人でも脱出が出来るくらいには優秀なんだ。
正直、俺がいなくてもなんとかなったかもしれないが、それは結果論だろうか。
「……しかしこの男、最初に会った時とは違って随分と大きくなっているな」
俺の記憶ではただの太った男という印象だった。それが黒々として巨大化したデカブツになっている。
「逃げる時に見つかって仕方なく魔術で反撃したんだ。そうしたら急に怒りだして『薬』みたいなのを飲んでいたような……」
「薬……?」
薬を飲んだだけでこんな姿になるのか? ドーピングってやつだろうか……。
「《アイト様、そろそろ》」頭の中でノイズが響く。
「あぁ、悪いエニグマ……」
あれ? 今のは誰だ? 何で俺、今のをエニグマって……?
瞬間、俺の体から鎧が消えた。
「いッ……!!」
右足を激痛が襲う。
咄嗟に姿勢を保とうとして足に力を入れたのがまずかった。
俺はその場に倒れ込む。
「アイトっ!」
またしても忘れていた、俺は右足を怪我している。
今まで感じなかった痛みの感覚が一気に押し寄せてきた。
流石にこれは堪える、意識も飛びそうだ……。
俺は、意識を失った。
閲覧ありがとうございます。
ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。




