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[45]引きこもり魔女と商業祭Ⅴ


「ワシは……、本当はこんなことをしたくなかったんだ……!」おじさんは地面にうなだれている。


「なんだって?」


「仕方なかったんだ! こうでもしなければ、アイツらに……!」


 アイツら、というのは誰のことだろうか。

 ファラの言う通りこの人が優しいおじさんなら、こんなことをするには何か理由があるはずだ。

 こうするしかなかった理由……。


「おいおいジジイ! もうゲロってんのかよぉ、情けねぇなぁ……」


 ふと、軽い口調で話す男の声がした。

 うなだれるおじさんの向こう、声のした先に視線を向けると一人の男が砕けた姿勢で立っている。

 あのチンピラの片割れ、痩せ細った男だ。男は初めて会った時とは違い、深めのフードを被っている。

 体の所々に鉄製の防具を纏っていて、一見すると『盗賊』のような印象を抱かせる。


「下がれ、離れていろ」


 ニアが俺のことを手で押して前に立った。

 表情は真剣そのもの、俺たちの前に立つ男を警戒しているようだ。


「ヒドイよなぁ、このジジイがお前らのもん全部捨ててたんだってさぁ! 人の善意につけこんで悪事を働くなんて相当なワルだぜぇ?」


「ち、違う! ワシはお前らに脅されて……」


「黙ってろよクソジジイ!」男はおじさんの顔を勢いよく蹴り上げた。


「おっちゃん!」


 おじさんは蹴られた勢いで俺たちの側まで吹き飛ばされ、頭からは出血が見られる。

 ファラがおじさんのもとへ駆け寄って抱きかかえた。


「うぅ……、すまないファラ、ワシが弱いばかりに……」


 おじさんが言ったアイツらというのはチンピラのことで間違いないだろう。しかし、もう一人大柄の男が居たはず、そいつはどこに行った?


「どれもこれもテメェらが悪いんだよ! 変なもん配ってオレたちの邪魔をしやがって!」


「なんやと? ウチらがいつアンタらの邪魔をしたって言うんや! なんでおっちゃんが、こんな目に合わなならんのや!」


「オレたちは何も知らず店に来たバカどもから金をぶんどるのが商売なんだよぉ、そんなもん配られたらみんないい子ちゃんになっちまうだろ? これじゃ商売上がったりじゃねぇかよぉ!」


「ええ加減にせぇよ! んなもん商売でも何でもない! ただのぼったくりやろが!」


「うるせぇんだよクソガキ! オレたちのような商人は大勢いる、だからオレたちはその代表としてテメェらの復讐する! 大事なもんを奪って、全部絞り絞り尽くしやるよぉ!」


 ここまで腐っているヤツを見るのは初めてだ。

 奥底から込み上げる怒りでどうにかなりそうだ、今すぐにコイツを殴り飛ばしてやりたい。


「……ふざけんな。そんなくだらない理由で俺たちの夢を邪魔しやがって、絶対に許さねぇ……!」


「それはこっちのセリフだっつーの! 儲かった金で酒と女を(はべ)らせて楽しもうと思ってたのによぉ! だが、それもテメェらを始末しちまえばいい、そこのジジイの娘もオレたちのもんだしなぁ!」


「なんやと!?」


 おじさんの娘……、人質がいるってことか。

 それでおじさんはこいつらに脅されて協力せざるを得なかったのか。


「ここまで怒髪天を衝かれたのは初めてだ。貴様は私が完膚なきまでに叩きのめす、覚悟しろ!」


 ニアが立ちはだかるように前に出ると男に向かって右手を掲げた。


「おぉ? ねぇちゃんが相手してくれんのかぁ? ならよぉ、オレのしゃぶってくれよなぁ!」


 男は懐から短剣を取り出し姿勢を低くすると、ニアに向かって勢いよく飛び出した。


「……盾鉄の誓(アイアン・ハート)ッ!!」


 ニアの声とともに青白い稲妻が男の目の前に落ちた。

 一瞬の出来事に怯んだ男に向け、ニアは間髪を入れず右手に携えた巨大な盾を振るった。


「あぶねぇっ!」


 横に薙ぐニアの攻撃は寸前のところで避けられ、男は軽い身のこなしで後転し距離を取った。


武装契約(アームズ・オーダー)かよ、面倒な相手だぜぇ……」


 武装契約(アームズ・オーダー)……、それがニアの盾を出現させた魔術の名前なのだろうか。

 距離を取った男は様子を見ているようだ。対するニアは全身を青白い雷光が包んでいて男の出方を窺っている。


「だが、今のは不意を突かれただけだ! そんなバカでけぇ盾なんか背負ってちゃオレの素早さにはついてこれねぇ!」


 男は力を込めるようにして再び姿勢を低くすると、短剣を逆手で構えた。


瞬映(スニーク・アクト)ッ!」


 男が魔術を唱えて飛び出した瞬間、男の姿が複数に分裂した。

 放射状に分かれた男の残像は短剣を突き立てながらニアに向かって飛び込む。

 対するニアは盾を構えて男からの攻撃を防ぐつもりだ。


「甘めぇ!」


 ニアに向かって飛び込む複数の残像。その短剣の突きが一点に集う攻撃が盾に当たる直前、残像は煙となって消えた。


「ニアッ! 後ろだッ!」


 ニアの背後に集まった煙の中から男が姿を現した。

 右手で逆に持った短剣はニアの首に狙いをすまし、振りぬく準備を整える。


「もらったぁ!」


「……ふっ」


 瞬間、ニアは盾から手を放すと、振り向きざまに左腕につけたガントレットで短剣を上にいなした。


「なにッ!?」


 残った右手で男の胸ぐらを掴み、背負い投げをするように片手で軽々と持ち上げる。


雷撃(サンダー・ボム)ッ!!」


 ニアは右手に抱えた男を地面に突き立っている盾に向けて勢いよく振り下ろした。


「ぐああッ!」


 男は盾に叩きつけられ、エビ反りの体勢で盾の上に仰け反る。

 その衝撃で周囲から土埃が舞い上がり、離れて見ている俺のもとにまで伝わる。


 カチャッ……


 「ぐああああッ!!!」


 ニアがガントレットを鳴らすと、盾の上で仰け反る男に向けて雷が落ちた。

 落雷を受けた男は黒焦げになり、体を痙攣させている。


「この程度か、呆気ないな」ニアは澄ました顔を見せる。


「す、すげぇ……」


「コイツ、ニアちゃんのこと知らんかったみたいやな。他所もんか……?」


 そういえば前にファラが、ニアはこの街で人気があるとか言っていた気がする。

 ニアのことを知らないだけで別のところから来たと判別できるのは少し便利だ。


「こいつらは最近、市場に顔を見せるようになったんだ。帝国から仕入れてきた治療薬を売るとか言って多くの人を騙していたんだよ……」


 おじさんが額の傷を抑えながら立ち上がる。


「なんやと!?」


「ワシもこいつらに騙されてしまった。その結果、大切な娘を奪われて言いなりになるしかなかったんだ。本当にすまなかった、どうか許してくれ……」


 おじさんが俺たちの地図を捨てていたのは脅されていたからだった。その元凶をこうして退治した以上、もうおじさんが怯える必要はない。

 しかし、おじさんの娘がどこに連れていかれたのか、もう一人の大男がどこにいるのかがわからない。まだ全てが解決したわけじゃなさそうだ。


「クックック……愉快だぜぇ、テメェらが苦しむ姿を見るのはよぉ……!」


 盾の上で仰向けになっている男が掠れた声で話す。


「丁度いい、貴様に聞いておきたいことがある」


 ニアは男の胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げた。


「オレがベラベラ喋るとでも思ってんのかぁ? だが、ひとつだけイイことを教えといてやる……」


「貴様に選択肢は無い。喋るか、死ぬかだ」


「はっ! その余裕そうな顔もここまでだ……。オレたちはなぁ、テメェらのアジトを知ってるんだぜぇ?」


「なんだと?」


「今頃、オレの弟分がテメェらのアジトに行ってる頃だろうよぉ……!」


 俺たちのアジトを知っている!? それってまさか、実験室のことか?!

 だとしたらイリスが危ない! 早く行かないと!


「あと、こいつは礼だぁ、とっときなぁっ!」


 サクッ


 鋭利な刃物で紙を貫いたような音が響く。

 途端に俺はバランスを崩して倒れ込んだ。


「アイトッ!」「アイトくんっ!」


 みんなからの驚愕の視線が俺に向けられている。

 右の太ももから鋭い痛みが込み上げ、力が入らず立つことができない。


「があぁっ!」


 俺の右足には短剣が突き刺さっている。

 短剣を中心にズボンは黒く変色し、剣からは血が零れ落ちて地面に血溜まりを作っている。


「いい気味だぜぇ! 油断したなぁバカどもが!」


 男は笑い声を上げて挑発する。


「貴様ッ!」


「アカンでニアちゃんっ! そいつは……!」


 ニアは男の顔に強烈な右ストレートを叩き込んだ。

 男は体を拗らせながら宙を舞うと、やがて地面を転がり動かなくなった。


「……すまない、ついカッとなってしまった……」


「しゃあない……! それよかまずはアイトくんのが重大や!」


 足の感覚が無く、寒気で体が震え始めている。

 視界もぼやけて焦点が合わない。


「しっかりせえ! 目ぇ瞑ったらアカン! 気を保つんや!」


 ファラの声がする。

 俺はこのまま死んでしまうのだろうか。


閲覧ありがとうございます。

ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。

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