[44]引きこもり魔女と商業祭Ⅳ
エニグマを追って街の入り組んだ裏道を抜ける。
日陰の中、少し開けた場所に出ると小さな井戸を見つける。
井戸は四角く石で囲われた作りをしていて、井戸の上には木の板で蓋がしてある。
「えにゅ」
エニグマは井戸の蓋に飛び乗ると、爪を立てて両足で繰り返しなぞり始めた。
どうやら蓋を外してほしいようだ、俺はエニグマを抱えてファラに持たせると井戸の蓋を持ち上げた。
「暗くてよくわからないな……」
井戸の中には闇が広がる。この暗さから見てだいぶ深そうだ。
ただでさえ日陰で薄暗いのに中を見ようなんて不可能だ、何か明りでもあればいいのだが……。
「そうだ、イリスに貰った護身用の魔術書……!」
俺は懐から小さな魔術書を取り出す。これはポケットサイズの手帳に似ていて、以前にイリスから手渡されていたものだ。
ページをめくり、その中から一枚を破り井戸の中に放った。紙切れはひらひらと揺れながら井戸の中を落ちていき、やがて闇の中に一筋の光が灯り出した。
光は徐々に明るさを増し、井戸の中を鮮明にした。
「これはまさか……」
井戸の底には見えるだけでも三個の木箱が狭い空間の中で積み重なっている。あれは地図が入った木箱に違いない、井戸に蓄えられた水に浸かっていて取り出せたとしても使いものにはならないだろう。
やはり、ファラの協力者は悪者でここに木箱を捨てていたようだ。
「そんな……ウソや……」
ファラは井戸にもたれて俯いた。膝を抱えてしゃがみ込み、顔を腕に埋める。
知りたくないことだったかもしれない、これは夢であってほしいと願っているのかもしれない。
だけど、目の前には逃れられない真実が広がっている。
「まだだ、何でこんなことをしたのかを聞いていない。俺たちは誰よりも市場の人たちのため、商業祭のために地図を作ったはずだ。それをこんな形で踏みにじるなら、その理由を聞かなきゃ収まんねぇ」
俺の拳に力が入る。この昂る気持ちを抑えるにはまだ納得のいっていないことが多い。
だからこそ知る必要がある。ぶん殴ってでも答えを聞いてやる。
「もういやや……、ウチのせいでこないなことになって、もうみんなに顔向けできん……」
ファラのすすり泣く声が漏れる。普段から明るくて強気なファラがここまで落ち込んでいるのは流石に心苦しい。
「言ったはずだファラ、これはファラだけの問題じゃない、俺たちの問題なんだ。だからお前の悲しみも苦しみも俺たちのもんだ、俺が背負ってやる」
「せやけど、ウチは……」
「この程度で諦めるかってんだよ、それともファラの本気はこんなものなのかよ! まだ可能性も手段もあるのに、簡単に諦めるほど弱いヤツだったのかよ!」
「アイトくん……」
そうだ、イリスの努力を踏みにじった奴らを許しておけるわけがない。
絶対にぶん殴ってやる、この気が済むまで徹底的に。
「……ホンマにごっついなアイトくんは。ただのヘタレかと思うとったが、なんやかっこええとこもあるやないか。見直したわ」
「うっせぇ、そのヘタレに慰められてやる気を出してる方がバカみたいだろ」
ファラは立ち上がる。赤く腫れた目元をしているが、その表情はどこか穏やかだ。
「ふっ、その通りや。せやけど、誰よりも一番にムカついとんのはウチや。それだけは誰にも譲らん」
「おう、そうこなくちゃな」
ファラは右手に力を込めて振りかぶると、俺に向けて勢いよく握りこぶしを突き出した。
「ほな、やったろか! 祭りはこれからや!」
ファラは勢いよく豪語した。
協力者が本当に悪者なのか、どうしてこんなことをするのかを問い詰めるんだ。
俺とファラは一度引き返し、ニアとネルを集めて情報を共有する。ニアも真実を知って動揺を隠せていない様子だった。
これから俺とファラとニアの三人で協力者を問い詰めに行く、その間ネルには市場に運んだ地図の在庫を一ヵ所に集めて管理してもらう。
「アイト、身の危険を感じたら真っ先に逃げろ。それか、私の背中に隠れるんだ」
ニアはこれから起こるであろう事態に備えてガントレットを身につけ、気を引き締めているようだ。
俺には戦うことなんて出来ない。暴力沙汰が起きれば、真っ先に頼ることになるのはニアだ。
俺はニアからの言葉に頷き、協力者が地図を配っているとされる場所に向けて進む。
市場の中央、そこから少し脇道へ抜けた先にある通り。
周囲を建物に囲われ、大通りほどではないがそれなりに人が行き来する道だ。更に道を逸らせばイリスの実験室のあるアパートに行きつく。
「いた、あれがおっちゃんや」
ファラは低めのトーンをした抑揚のない声を出して指を差す。
その先には長身で細身をした中年の男。灰色の髪をかき上げ、立派な口ひげを蓄えている。
傍から見ると人当たりの良さそうなおじさんという印象だ。あの人物こそがファラの言うおっちゃん、地図を配る協力者だ。
協力者のおじさんは木箱を抱えてどこかに持っていこうとしている最中で、その木箱はおそらく地図が入っているものだと考えられる。
するとファラは急ぎ足でおじさんのもとに駆け寄って前方に立ちはだかった。
「おっちゃん、聞きたいことがあるんや」
「おや、ファラじゃないか、どうした?」
ファラの後に続いて俺とニアが姿を見せると、おじさんは何事かと目を丸くした。
「それ、ウチが渡した木箱やろ。どこに持ってくつもりや」
「ああ、これはカラになったから捨てに行こうと思ってな。しかし、これは凄いな! 大人気ですぐに無くなってしまったよ」
「アホぬかせや、中身はカラなんやろ? 何でそない重そうにして持っとんのや」
「そ、それは……」
ファラの言葉は核心を突いたようだ。
確かに、中身がカラの割におじさんは力を入れて踏み込むようにして木箱を抱えている。
「おっちゃん、ホンマのこと言うてや! そん箱にはまだウチらの地図が入っとる、どこに持ってくつもりや!」
「な、何を言ってるかわからないよファラ、これは本当に中身がカラなんだよ……!」
ファラが声を荒げると、おじさんはうろたえつつ反論する。しかし、どこか言葉を探しながら選んでいるようで怪しさがにじみ出ている。
「……ええ加減にせえよ、ウチは本気やぞおっちゃん。ウチらの魂込めて作ったもんをどこにやった言うとんねん!」
「だ、だから、何を言っているかわからいと言っているだろう! いい加減にしてくれ! いくらお前でもこれ以上は……!」
「待ってくれ! ひとつ聞かせてくれ、アンタは二人組と一緒に居たらしいな」
「それは……」
俺は二人の言い合いに割って入る。
俺とネルの邪魔をしてきたチンピラの二人組、ファラが言うにはこのおじさんが雇っているらしい。
「あいつらとはどういう関係だ?」
「どうって……、ワシが雇っている奴らだよ。最近働き始めたばかりの新人だが」
「そうか、だったらここに呼んでくれないか。その箱の中身を一緒に配ってくれているんだろ? 礼が言いたいんだ」
「そ、それは無理だ。あいつらも忙しいんだよ……」
「俺たちが手伝わせてるんだから忙しいも無いだろ。アンタが運んでいる箱も俺が代わりに持って行ってやる、だから今すぐここに二人組を呼んでほしい」
「さっきからなんなんだお前らは! 無理なものは無理なんだよ……!」
「失礼する」
ニアが隙を見ておじさんが抱える木箱を奪い取る。
「何をする!? やめろっ!」
奪い取った木箱を開けると、そこにはぎっしりと詰まった地図があった。
やはりこの箱は俺たちのものだった。そして中身が無いというのも嘘で、本当はどこかに捨てようとしていたに違いない。
「……失望したでおっちゃん。もうウチとあんたとはこれまでや」
おじさんはその場で崩れ落ち、四つん這いの姿勢になった。
「聞かせろ、何でこんなことをした! 何が目的だ!」
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