[43]引きこもり魔女と商業祭Ⅲ
市場の大通りから外れた裏道。日陰で薄暗くジメジメとした空気が漂っている。
俺とミリアさんはイリスの実験室出張所を目指して歩いている。商業祭の関係者のほとんどがこの裏道を使って資材の搬入などを行っているようだ。
「時にアイト君、地図を配布するという妙案は誰の発想なんだい?」
「ファラですよ、俺たちには無い商人らしさの溢れるアイデアです」
「そうか、確かにあの子の悪知恵らしい。何かと理由をつけて何でも利用したがるところは本当に尊敬に値するよ」
隣を歩くミリアさんは顎に手を当てて物思いに耽っている。
なんだか遠回しに俺たちを小馬鹿にしているような気もするが、確かにファラがいなければ俺はここにはいなかった。あいつが色々と手回ししてくれたおかげでこうやってミリアさんとも出会えたんだ、感謝しなければいけない。
「そういえば、キミたちにひとつ言っておきたかったことがあるんだ」
「なんです?」
俺が聞き返すと、ミリアさんは斜めに首をぐりんと回まわしてこちらを見て気味の悪い笑みを浮かべた。
「忠告をしておこう、この商業祭は商人からすれば人生を賭けた場でもあるんだ」
「人生を賭けた……?」
「そう、キミたちのように熱い思いを持った商人は多い。ここには多くの買い手が集うからね、自らを売り込む絶好の機会になる」
確かに、これだけ多くの人が訪れるぐらいだ、店の認知度を上げるチャンスだろう。
「そのために手段を択ばない輩は大勢といる、キミがさっき出会った二人組みたいな輩がね。しかし、私たちも運営として見回りをしているつもりだが、それでもすべてを見られるわけじゃないんだ」
そうか、それでミリアさんは俺たちが言い争いになっているところにやってきたんだ。
運営として不正行為の取り締まりをしている、商業組合長とはいえ自ら外に出て活動するなんて結構凄い人だな。
「つまりだ、出る杭は打たれるというやつさ。利用できるものは何でも利用する心意気は素晴らしいが、同時にそれは多くの敵を生む。どうか気をつけることだ」
「それを伝えるためにわざわざ来たんですか」
「まあそんなところだ。さて、そろそろお別れをしよう」
「え、イリスのところに用があったんじゃないんですか?」
「急用を思い出したんだ、まぁ頑張りたまえよ。私はキミたちを応援しているからね、商業組合長として」
ミリアさんはきびすを返して歩き出すと、軽く手を振って去っていった。
本当に何を考えているかわからない人だ。しかし、応援してくれているというのは本当のようだ。
「忠告もその通りだな……もっと気を引き締めないと」
俺は裏道を抜けてイリスの実験室出張所にたどり着く。
チンピラに荒らされて汚れてしまった地図を新しいものに取り換えるためだ。
石造りのアパート、階段を上がって二階にあるイリスの実験室。その扉を開けた。
「イリス……ッ!?」
扉を開けると、床に寝そべるイリスが目に入った。
一体どうしたんだ? 俺はイリスに駆け寄って体を抱き起こした。
「えへへ……ちょっと頑張りすぎちゃったかも、魔力が足りないや……」
イリスは憔悴している。目の下にはクマが浮かび、どこか一点だけを見つめている。
「何があった!? 魔力が無いってことは、まさかずっと地図を作っていたのか?」
「うん、さっきニアが来たんだ。何でも『一緒に地図を配ってくれる協力者』が見つかったんだって。それでほとんどの在庫を持って行っちゃったから、追加で作らないとって思って……」
協力者……? こんな時にそんなやつを見つけたのか。流石はファラたちだと言いたいが、イリスがこんなことになってしまっている以上あまりいい気分じゃない。
それに、ミリアさんの言っていた『出る杭は打たれる』という言葉が妙に引っかかる。ここは商人の街、利用できるものは何でも利用するという思惑が渦巻いている。
全部が俺たちのためになるとは思えない、少し調べてみる必要がありそうだ。
「ちょっとファラのところに行ってくる。イリスはこれ以上無理すんな、しっかり休め。全部終わったら俺が特別なおやつ作ってやるからな」
「わーい、嬉しいなぁ……。アイトのおやつ、食べたかったんだ……すぅ……」
イリスは眠ってしまったようだ。イリスを抱えて近くのソファへと移動させる。
研究棚にはイリスが作った地図が束になって置かれている。相当無理をしたのだろう、このまま眠らせておこう。
俺は実験室を後にしてファラのもとへと急いだ。
市場の大通りにある入り口に着くと、遠目にもわかるメイド服を着たファラを見つける。
「おぉアイトくん! 大盛況や! 見てみぃ、もうこんなに配ってもうた!」
ファラが側に積まれた木箱をこちらに見せると、その中身は全てカラになっていた。
俺はファラに近づいてその両肩を掴む。
「……ファラ! 少し、話があるんだ!」
「な、なんやそない怖い顔して」
俺はファラを近くの建物裏に連れ出してイリスの状況を伝えた。
「なんやと!? まさかそないなことになっとるとは……」ファラは思い詰めた表情をする。
「イリスから聞いた、協力者がいるんだって?」
「ああ、ウチが商人になった頃から世話になっとる常連や。ウチはおっちゃんって呼んでてな、明るくて気さくなオッサンなんやけど、ウチらが配っとるときに声を掛けてきてん」
「声を掛けてきた……、それでその人に木箱を渡したのか?」
「せや、木箱ごと渡して今も別のとこで配ってもろてる」
どうやら協力者は今も配ってくれているらしい。しかし、ひとつだけ気がかりなことがある。
イリスがあらかじめ用意した在庫の数は木箱が十数個分、それがこの短時間で無くなっているということだ。
仮にファラたちが多く配ったとして、協力者一人で全部配りきるなんて不可能だ。それに、そもそも一人に対してそこまで多く配分する必要はないはずだ。
「待ってくれファラ、その協力者ってのは本当に一人なのか?」
「いや、おっちゃんだけやなかった。見慣れない二人組もおった、確かおっちゃんが雇っとるとか……」
「二人組!? それってまさか、大男と細身の男じゃないか?」
「な、なんでわかるんや? アイトくんの知り合いなんか?」
……全部繋がった。
おそらく、見慣れない二人組っていうのは俺とネルの配布を邪魔したさっきのチンピラだろう。
それを雇っているということは、あのチンピラどもの親玉ということになる。
つまり、俺たちの妨害をするため協力するフリをして木箱を盗んだんだ。
俺はここまでに起きた出来事を含め、これらの情報をファラに伝えた。
「ウソや! そんなはずない! あのおっちゃんはそないしょーもないヤツちゃうぞ!」
ファラが声を荒げて否定する。
気持ちは痛いほどわかる、信じていた相手に裏切られたかもしれないんだ。
だが、現状から考えて俺の推理した可能性がある以上、放っておくわけにはいかない。
「だからこそ確かめる必要がある、その協力者が本当に俺たちのために動いてくれているのかを」
「せやけど……」
「これはファラだけの問題じゃない、俺たちの問題でもあるんだ! ファラが信頼する人なのはわかる、だからこそ疑ったままにしておきたくないだろ!」
ファラは無言のまま俯くと、両手でスカートの裾を握り震えている。
「……アイトくんの言う通りや。ウチにはおっちゃんが悪いことするとは思えん、せやからこの目で確かめたるんや……!」
ファラが顔を上げた。潤んだ目でこちらを真っすぐに見る姿に、強い決意が見える。
「えにゅっ」
突然、俺の足元からエニグマの鳴き声が聞こえる。
相変わらずの唐突な出現だが、エニグマが姿を現すときは決まって俺たちに何かを伝えたい時だ。
「エニグマ、何かを伝えたいんだろ、案内してくれ!」
「えにゅ!」
エニグマは裏道に沿って勢いよく走り出した。
俺とファラはエニグマの後を追う。
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