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[42]引きこもり魔女と商業祭II


 商業祭が始まった。

 俺たちはイリスの作った魔術地図の配布に向けて準備を進める。


「やっぱこれ、何か変な感じがするな……」


 俺はネルに身ぐるみを剥がされて身なりを整えさせられた。

 髪を全部後ろに上げたオールバックにされ、普段あるはずの前髪が無いのが違和感でしかない。

 服装は紺色のスーツを着せられ、まるで執事のようだ。いつものゆったりめな服が恋しい。


「大丈夫! アイトも似合ってるよ!」


 イリスからの憐みの言葉が心にしみる。こうなったらとことんやってやる!


「よっしゃ! 気合を入れていくで!」


 実験室出張所から出て市場へと向かう。

 市場にはまだ人の姿は無い、市場の関係者がちらほらといる程度だ。それに対して、入り口には商業祭の開催を待ちわびる人で集っている。これから行われる祭りに向けて誰よりも早く飛び出そうと緊張を走らせる人々でいっぱいだ。その人混みには隙間すらなく、一人として入り込む余地は無いように見える。人混みの前には帝国騎士団が立ち塞がり、一切の不正入場を許さないようだ。


「すげぇ人混みだな……」


「何を呑気に見とんねん、もう戦いは始まっとんねんぞ」


 ファラから叱責される。そんなファラを見ると、ニアとネルが手伝いながら魔術地図の入った木箱を開けて配布の準備に取り掛かっている。


「待ってくれ、こんな人混みを前に配布なんかしたら開始と同時に人混みに飲まれて潰さないか!?」


「アホ、なんで律儀にスタートを待たなアカンねん。ウチらは商売しに来たんやないで」


「どういうことだ? 商業祭はまだ始まっていないだろ? それなのに配布なんてしていいのか?」


「ダメなんは祭りの準備時間で商売することや。これはあくまで()()、ウチの店に来てくれっちゅうビラを配んのと同じなんや。投票は促さんが、ぜひ地図を使こうてくれっちゅうな」


 なんだか言ったもの勝ちな気がする。しかし、俺たちの配る地図は市場の情報を伝えるという性質上、祭りの開催前に配るというのが最も適しているのは納得できる。


「ちゅうわけで、早速手分けして配るで! ウチらはあっちの入り口に行ってくるわ!」


 ファラとニアは両手いっぱいに地図を持ってそそくさと行ってしまった。


「こちら本日の地図をお配りしております~! 剥がして体に貼るだけ! とっても簡単ですよ~!」


 ふと横を見ると、もう既にネルが地図の配布を始めていた。

 行動力があるというか、度胸があるというか。こういうところは本当に見習わないといけない気がする。


「うおっ!? なんだこれすげぇ!」


「なになに? オレにもくれ!」


 一人が地図を使うと、それに続くようにして次々と地図をねだる人だかりに変わった。


「あわわ~! 押さないでください~! みなさまの分はちゃんとありますので~!」


 ネルは人混みに押されつつ、帝国騎士団が間に入って仲裁している。

 俺も見ている場合じゃない、この熱気に負けないように頑張ろう。バイトで培った接客スキルを活かす時だ。

 俺はネルと手分けして地図の配布に臨む。配布をしていくうちに我先にと押し寄せる人は少なくなり、一人ずつしっかりと手渡すことが出来るほどに落ち着いた。


「あんたら凄いな、この人数を手なずけちまうなんてよ……」


 帝国騎士団の一人が俺に声を掛けてきた。

 改めて人混みを見ると、さっきまでの余裕の無さそうな印象とは変わって地図を見ながらどこに行くかを考えているような素振りが見てとれる。

 地図があるだけでここまで変わるのか。ただでさえ人が多くてどこにどんな店があるかわからない、目当ての店に行けるかも分からないから誰もが我先に行こうと躍起になっていたんだ。

 そんな混乱の予兆をイリスの魔術が止めた。すごく地味なことだが、人を支えるっていうのはこういうことの積み重ねなのかもしれない。


「アイトさま! そろそろ開始のお時間です、一度補充も兼ねて離れましょう~」


 俺とネルが離れると、商業祭の開始を知らせるベルが響き渡った。

 開始と同時に歩を進める人々の足取りは穏やかで、それぞれが目的を持って動いているのがわかる。


「上手くいったのかな……」


「はい~、わたくしもこれまでの様子を何度か目にしておりますが、ここまで穏やかなものは初めてでございます。これもみなさまの作られた素敵な地図のおかげではないでしょうか~」


 ネルは笑顔で応えた。

 何だか照れ臭くなる。別に、俺は大して地図作りに貢献できたわけじゃない。

 ほとんどはイリスの魔術で作ったもの、他でもないイリスの手柄だ。


「この調子で、もっと配らないとな……!」


「はい~、がんばりましょう~!」


 それから俺とネルは地図の配布を続けた。受け取ってくれる人は皆、驚きながらも楽しそうに地図を使ってくれている。


「おいおい、ねぇーちゃん! ダメだよこんなことしちゃ!」


「お、おやめください~!」


 嫌がるネルの声に目を向けると、そこには大柄の男がネルの腕を強引に掴んでいた。その横には瘦せ細った男もいて、どうやら二人組のようだ。


「知らないのかぁ? 悪質な客引き行為は禁止されてるんだぜぇ? こんなもん配られちゃ迷惑なんだよぉ!」


 細身の男がネルに言い寄っている。明らかに難癖をつけているチンピラだ、こんなステレオタイプがいることに驚く。

 すると細身の男は側にあった木箱を蹴り上げ、中に入っていた地図が散らばってしまった。

 怯えているネルを前に、黙っていられるか。


「おい! ネルを放せ!」


「アイトさま……!」


 俺はネルの手を掴む大男の手を振り払い間に入る。

 途端に大男は無言のまま怪訝そうにして眉間にシワを寄せてにらみつけてくる。


「テメェはなんなんだよぉ、こんなことが許されるとでも思ってんのかぁ? 悪い奴はしっかりお仕置きしないといけねぇだろうがよぉ?」


 横から細身の男が唾を飛ばしながら俺に言い寄ると、隣の大男が俺の胸ぐらを掴んできた。

 生憎、こんな奴らを相手に物怖じするほどヘタレじゃない。俺にはイリスから貰った護身用の魔術書がある、今こそ使う時だろう。


「おやおや、暴力行為はいけないよ? そういうのは他所でやってくれたまえ」


 大男の陰からミリアさんが姿を現した。

 いつものスリットが入った紺色のドレスに合わせてファー付きの肩がけコートを羽織っている。


「んだぁ? テメェは?」


「アニキ、この人商業組合(トレーダー)の偉い人ッスよ……!」


 大男はミリアさんを見るや否や、俺から手を離して細身の男に耳打ちをした。すると細身の男はたちまち顔色を悪くして大男の頭を叩き上げる。


「そ、そうっすよねぇ〜! 暴力行為はいけねぇ! オレたちはちょいとこいつらに注意をしてただけなんすよぉ……!」


 なんてわかりやすい小物なのだろう。ここまで来ると珍しいものを見た嬉しさが込み上げてくる。

 チンピラの二人はヘコヘコと頭を下げながら離れていった。しかし、ミリアさんが来てくれたおかげで助かった。


「助かりましたミリアさん。ところでどうしてここに?」


「キミたちがどんな成果を上げているのか見に来たんだ。それにしても、似合っているじゃないかアイト君」


 ミリアさんは顎に手を当て、下から舐めるように俺を見る。馬子にも衣装というやつだろうか、この人から褒められても素直に喜べない。


「……冷やかしなら帰ってください。俺たちもそれなりに忙しいので」


「そんなに冷たくあしらうことは無いだろう? 私とキミの仲じゃないか、ぜひキミたちの品を使わせて欲しいのだが……」


 やはりこの人はどこか胡散臭い。簡単に信用してはいけないと本能的に忌避感を覚える。しかし、商業組合(トレーダー)長という肩書きを持っている以上、拒否するわけにもいかない。仕方なく、ミリアさんに地図を手渡した。


「素晴らしい……! これはとても便利なものだね! ありがとう、私も祭りを楽しめそうだ!」


 この人、祭りを楽しむ気満々だな。商業組合(トレーダー)長なんだから内務的な仕事で忙しいんじゃないか、という勝手な偏見を持っていた。割と自由に外に出ていいんだな。

 

「アイトさま、お助けいただき本当にありがとうございました……」ネルが深々と頭を下げる。


「いや、気にしなくていいよ。ネルが無事そうでよかった」


「はい……、それで先程の騒ぎで地図もこのように汚れてしまいました。どうにか新しいものと交換できないものかと……」


 ネルの手には細身の男が木箱を蹴り飛ばした影響で汚れてしまった地図が添えられている。せっかく作ったものだが、汚れているものを人に渡すわけにはいかない。まだ在庫はあったはずだし、一度取りに戻る必要がありそうだ。


「俺が新しい在庫を取ってくるよ、ネルは俺の分を配っていてくれないか?」


「はい……! ありがとうございますアイトさまっ!」


「それなら私も一緒について行こう、イリス君もいるのだろう? 少し様子を見たいのでね」


 ミリアさんが食い気味に割り込んできた。

 俺は配布をネルに託し、ミリアさんと一緒に在庫補充のためイリスの元に向かう。

閲覧ありがとうございます。

ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。

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