[41]引きこもり魔女と商業祭I
ついに商業祭当日を迎えた。
開催までの残り時間、最後の作戦会議のため実験室出張所に集まる。
俺とイリス、ファラとニアに分かれてひとつのテーブルに着いた。
「まずは流れの確認や。最初にウチとニアちゃんで市場の入り口に立つ、そこでイリスちゃんの作ってくれた地図を配るんや」
ファラは部屋の隅に積まれた大量の木箱を指さす。箱は両手で持てる大きさで、パッと見でも十個以上は積み上がっている。
あの箱の中には、この日のためにイリスが作った魔術道具『地図』が大量に入っている。
「イリスちゃんはここで都度、在庫の補充を頼むで。配布係は在庫が切れ次第ここに来て在庫を取りに来るようにな」
商業組合からの支援を受けるにあたって、ミリアさんの提示した条件は『商業祭の顧客評価部門で優勝する』こと。客からの評価を得られるなら何をしてもかまわないという。
そこで俺たちは店で商品を売るのではなく、商業祭に訪れた人々を支えることで評価を得ることに決めた。
物を売ることで印象を作るよりも遥かに難しく思える挑戦だが、イリスの魔術ならそれを可能にするポテンシャルを秘めているはずだ。
「俺は何をすればいい?」
「安心しぃや。アイトくんにも地図を配布してもらうんやが、今回は市場に関して特別にスゴイ専門家を呼んでおいたで!」
「特別にスゴイ専門家……?」
「おーい! 入ってきてええで!」
ファラが声を上げて合図をすると、玄関が開かれた。
「はい~、みなさまのお役に立てるよう精一杯がんばりますね~」
「ネル!? どうしてここに!?」
ネルは気の抜けた声であいさつをした。ゆっくりとした所作で、相変わらずゆるい雰囲気だ。
しかし、ネルもこの街でポーションの店を営んでいるのだから商業祭に参加するんじゃないのか?
「みなさまの考えていらっしゃることはとても興味深いですし、少なからずわたくしにも恩恵はあると思いますので~。それに、調合術を志す同士、アイトさまの力になれるのであれば本望でございます~」
ネルは両手を合わせて顔を緩ませた。
調合術を志す同士か……少し耳が痛い。今回に向けて調合術を学びたいと言った手前、ネルに合わす顔がない。
「そういうこっちゃ。ネルちゃんにも協力してもろて、アイトくんと一緒に別の入り口で地図の配布や」
市場は大通りで一直線に続いている。所々に細道は通っているが、主な入り口は二ヵ所に絞られる。
そこを俺とネル、ファラとニアの四人で分担するという作戦のようだ。
「まあ! もしや、あなたさまがイリスさまでございますね~!」
ネルはイリスを見ると一直線に飛んできた。そのまま、テーブルに着くイリスの手を取って勢いよく上下に振って握手している。
「ファラさまからお噂はかねがね伺っております~! 本日もがんばりましょう~!」
「う、うん……! わかったから離してほしいな……」
「ほな、次はイリスちゃんの魔術道具『地図』についてや」
ネルからの挨拶に困惑するイリスを他所に、ファラは説明を続ける。
イリスの魔術道具『地図』、これが今回のカギを握る大事なものだ。
「あ、あたしが使い方を説明するね……!」
イリスはようやくネルからの拘束を解かれ、部屋の隅に積まれた箱の前に移動する。
ひとつの箱を開けると、中から束になった紙を取りだす。紙は絆創膏ほどのサイズで、二枚重ねで一枚になっている。それを何枚か束にしてまとめられている。
「これが『地図』なのですか?」ネルが首を傾げる。
「この紙一枚一枚にあたしの魔術が保存されているの。紙の裏はべとべとしていて、体に貼ることができるんだ」
イリスは手に持った一枚の紙から台紙を剥がすと、ネルの手のひらに貼り付けた。
「ま、まあ! これは何ということでしょう!?」
ネルが驚愕すると晴れた顔をして部屋を見回し始める。無理もない、俺も初めて使った時は同じ反応をした。
傍目からでは、ただその場に立ちながら周囲を見回しているだけにしか見えない。しかし、ネルの目には特別な光景が見えているはずだ。
「これがあたしの新しい魔術、エンチャント:魔術投影だよ! 紙に保存された魔術が体を通して目に直接、情報を表示させることができるんだ!」
まるで目の中にパソコンの画面が入ったような感覚、賢者の石を使った時と同様に視界には様々な情報が表示される。
注目したいものがくっきりとハイライトされてわかりやすくなり、今回は市場に出店している店の名前や概要も出てくる。これならどこに何があるか一瞬でわかるという算段だ。
「構想からたった数日で形にしてまうんやもんなぁ……。しかし、みんなで必死こいて街を歩いた甲斐があったわ……」
「わ、私がこの街の地図を手に入れてきたんだぞっ!」ニアがこれでもかと目を輝かせる。
方向性が決まってからすぐに、ニアが帝国騎士団からこの街の地図を手に入れてくれた。おかげで効率よく街を調べることができたし、その調べた情報が魔術地図の中には入っている。
まさに、俺たちの集大成というやつだ。
「魔術を止めたいときは体に貼った紙を剥がせばいいんだ。効果は一回きりだから再利用は出来ないけど……」
「それだけやない、その紙にはある細工がしてあるんや。ただ捨てるだけじゃもったいない思ってな、投票用紙にしたんやウチらのな」
流石は悪知恵の働く商人だ。利用できるものは何でも利用するという魂胆が見える。
俺にはこの世界の言語はイマイチよくわからないから読めないが、紙には『高評価お願いします』的な文言が書かれているらしい。
しかし、この小細工こそが真のカギになっている。魔術を止めようとすれば必ず紙を見る、その時にこの文言を見つけることで投票を促すというものだ。
もちろん配り歩く際にも声を出して呼びかけるが、それだけじゃ届かない部分もカバーできる妙案だ。
「なんという用意周到ぶり……わたくし、感服いたしました……」
「甘いでネルちゃん、ウチらがこんなもんで終わると思うとったら大間違いや。早速やけど、ネルちゃんの手を借りる時が来たで!」
「あぁ~! 例のものでございますね~!」
ファラは椅子から立ち上がると、イリスとニアに手招きをした。
耳打ちをして何やら話をしている。例のものってなんだ? どうやらまたしてもファラが悪だくみをしているようだ。
「ほな、ちょいと離れるわ。すぐ戻るからアイトくんは待っとってな。……覗くんやないぞ」
「しねぇよ!」
ファラはネルとともに、イリスとニアを連れて部屋の個室に行ってしまった。
すぐに戻るらしいので待っていよう。というか、個室に四人も入るのか……?
「なっ!? なんだこれはっ!」
「まあ! ニアさま素敵です~!」
「これ、あたしにも必要あるの……?」
「ある! 何よりもウチには必要なんや!」
キャッキャッとはしゃぐ女子たちの声が漏れる。一体何をしているんだ……?
覗くなと釘をさされている以上、ただじっと待つしかない。根性なしとでも何とでも好きなように蔑んでくれ。
「待たせたなぁ!」
しばらくして、意気揚々としたファラの声とともに個室の扉が開かれた。
「な、なんだその恰好は……!?」
目の前には、メイド服の女の子が四人並んでいる。左から順にイリス、ニア、ファラ、ネルの順だ。
全員が純白のヘッドドレス、黒いドレスに白いエプロンを身につけ、胸元と腰にある大きめの黒いリボンが目立つ。これは全部ネルの服なのだろうか。
「あたしも着る必要ないと思うんだけど……」ミニスカメイドのイリスは腰のリボンが気になるようだ。
「なんだか落ち着かない……」長身メイドのニアは落ち着きなくそわそわとしている。
「ええの! 一体感は大事なんや!」ちんまりメイドのファラは腰に手を当てて胸を張っている。
「みなさまとてもお似合いですよ~!」ネルは普段と変わらないが、どこか楽しそうだ。
いつもと違って新鮮な光景だ。可愛らしい姿を前に、改めてみんな女の子なのだと実感させられる。
「アイト、さっきからあたしたちのことジロジロ見てるけど他人事じゃないんだからね」
「せやで、次はアイトくんの番やぞ」
「え? 何が?」俺は困惑する。
「ではでは~、アイトさまもこちらにどうぞ~」
「私も手伝おう」
俺はネルとニアにそれぞれ腕を掴まれ、強引に個室へと連れ込まれる。
「待って! そこだけは許して下さ───いっ!」
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