[40]引きこもり魔女と調合術師Ⅳ
「アイト! ずいぶん遅かったね、もう夜だよ?」
「ああ、ちょっとな……」
俺はイリスの実験室出張所に帰ってきた。
ネルのポーションで爆睡してしまい、目覚めたら夜になってしまった。
しかし、割と収穫はあった方だと思う。調合術という俺にも使えるかもしれない技術を知ることが出来たんだ。
「聞いてくれイリス、俺は調合術を学ぶことにしたんだ」
「え……?」
「市場を探検していたら調合術師に会ったんだ。魔力を使わずに特殊な力を生み出せる調合術なら俺にも出来るかもしれない、これならお前の役に立てるかもしれないんだ」
「そ、そうなんだ……。う、うん、良いと思うよ!」
イリスの反応があまり良くない。何だか釈然としない。
「調合術は料理に似ているから、日頃の生活で活躍できるはずだ。まだわからないことは多いが、きっと身につけてみせるよ」
「アイトがあたしを養ってくれるんだから嬉しいな……!」
この違和感は何なんだ。イリスの言葉がわざとらしく聞こえてしまう。
「あ、あのね、アイト。実はあたしも伝えたいことがあるんだ。商業祭のことなんだけど……」
「商業祭……、もしかして何をするのか決まったのか?」
「うん、あたしの魔術は使い所に困るって話をしたでしょ? それでニアと少し話し合ったんだ」
俺とファラが市場の偵察に行っている間、イリスとニアは商業祭の出し物を考えていたようだ。
「そもそも、魔術自体が普段あんまり使われることって少ないんだよね。ほとんどが魔法で事足りちゃうっていうか」
「確か、魔法と魔術は似てるけど厳密には定義が違うんだよな? 魔力を使って何かを生み出すのが魔法で、魔法を使って何かをするのが魔術……だったか?」
「うん、でもそんなこと気にするのはあたしみたいな魔術師ぐらいで、わかってない人は沢山いるみたい」
多くの人にとって、魔法と魔術の違いなんてどうでもいいのだろう。専門的過ぎてよくわからないってのが一般的で、魔力を使えば便利なことが出来るくらいの認識で十分なんだ。
そういう俺も、この世界に来た時にイリスに教えを乞うたが、話が難しすぎて理解するのには苦労した。正直、今でも曖昧だ。
「だから、あたしの魔術はあくまで人を支えるためにあるんだって気づいた。あたしの魔術が必要になる状況を作るんじゃなくて、あたしの魔術で人を支える状況を作るんだよ」
「えっと、つまりどういうことだ……?」
「商業祭に出店しないで、あたしの魔術で商業祭を支える。それがニアと一緒に考えた結論だよ」
「出店しない……!? それって可能なのか? それで優勝なんて出来るのか?」
「いや、ええ考えかもしれんで」
突然、玄関の方からファラが会話に割って入る。
「まだ明りが点いとったから様子を見に来たんやが、おもろいことを聞いたわ」
「……商業祭に出ないなんて出来るのか?」
ファラは俺の言葉を受け、顎に手を置いて考えている。
「正確には店は構えなアカン。せやけど、表立って物を売る必要はないんや。結局、ウチらに求められとんのは顧客評価。それは商品の評価だけやない、店のサービスや対応の評価でも構わんってことや」
そうか、何かを売る必要はなかったんだ。俺たちが商業祭で人々から信用を得られれば何でもいい。
そう考えると、またしてもミリアさんの思うつぼな気がしてきた。
「だからねアイト……、その……」
イリスは申し訳なさそうな顔で俺を見る。言いたいことはわかる、わざわざ俺が商業祭のために調合術を学ぶ必要はないと言いたいのだろう。
「気にするなイリス、お前がそうするって決めたなら俺は付いていくよ」
「うん……ありがとうアイト」
しかし、結局はイリスの魔術でどうやって商業祭を支えるのかが問題だ。
方向性が決まったとはいえ、肝心な方法は未だに曖昧なままだ。
依然としてイリスの魔術には使い所が少ない問題も残っている。
「せや、ウチに思いついたことがあるわ」ファラはニヤリとした。
「その顔、なんだかロクなこと考えてなさそうだけど……」
「失礼な! 最近のイリスちゃんってばアイトくん並みに言葉キツない?!」
俺もイリスと同じ思いだ。ファラのしたり顔は悪いことを思いついたようにしか見えない。
「今日の市場探索で思うとったことがあるんや。どこに何があるかわからん。ウチの知っとるところならまだしもな。アイトくんもそう思っとるんやないか? ネルちゃんの店も偶然に見つけたしな」
「確かに、ファラの言う通りだ。ただでさえ人通りが多いんだ、全部の店を見ることなんて不可能に近い。まして商業祭当日にもなれば更に人通りは増えるはず、それをコントロールできるものがあれば……」
「そこでウチは考えた! 店がどこにあるかわかる、地図のようなもんをイリスちゃんの魔術で作って配るんや」
地図を作る? それをイリスの魔術で? なんだかイマイチ想像がつかない。
「いや、もし地図を作るならそれを店で売った方がいいんじゃないか? 客と直接関われるわけだし反応も見れるんじゃないか?」
「甘いでアイトくん、あまあまや。何事も体験させるっちゅうことが大事やねん。それに、地図なんてもんをわざわざ買うたりせん。せやけど、地図の無い時の不便さと言ったら想像がつくやろ?」
「無くても困らない、だけどあったら凄く便利なもの……」
「そこがイリスちゃんの魔術によう似とると思わんか? 痒いとこに手が届くっちゅうのを組み合わせるんや!」
「やっぱり、なんだかバカにされてる気がするよ……」
イリスは不服そうな顔をしている。
しかし、ファラの意見は的を得ている気がする。無くても困らないものならば、一度ある状態を体験させることで無い時の不便さをより強力に印象付けるんだ。
そうすれば、もう一度体験したいと思わせることが出来る。そこに俺たちが介入することで、実質的に俺たちが商業祭を支えていることになる。
「凄いよファラ! 流石は商人だな、悪知恵の働きはピカイチだ……!」
「そう褒めんなや! ……って、それ褒めとらんやろ。後で一発殴らせや」
そうなればどんな地図を作るかだ。
多分、ただの地図では味気ない。普通に便利で終わってしまう。
より印象が強く、強烈に記憶に残るもの。イリスの魔術で実現が可能なもの……。
「ひとついいかな……? 今の話を聞いて、あたしなりに思いついたんだけど……」
イリスに何かアイデアがあるようだ。ファラは期待の眼差しでイリスを見る。
俺もイリスがどんなことを思いついたのか聞きたくて仕方がない。
「賢者の石を使うとさ、いろんな設計図が出てくるでしょ? それを使えないかなぁって……」
ファラがぽかんとした顔をすると、その表情のまま俺を見る。
説明待ちのようだが、イリスの言いたいことは俺にもよくわからない。
「えっと、こう目の前にババーッてお店の情報とか出て来たら便利かなーって思ったんだけど、地図を持ち運ぶ必要がないし、手もふさがらないし……」
「それってARみたいなやつか……?」
「えーあーる?」イリスが首を傾げる。
この世界にそんな技術があるわけないのは当たり前か。
ARといえば、スマホのカメラを構えるとまるでそこに物があるようにして画面上に浮かびるやつだ。
SF映画とかでも、何もないところに手を掲げると機械の操作パネルみたいなやつが出てきたりする。イリスが伝えたいのはそんなイメージだろうか。
「試しにヘックスを開いてみろ、実際に見た方が伝わると思うぞ」
「う、うん!」
イリスは賢者の石を取り出すと、部屋いっぱいに何かの設計図が表示される。
これを地図に応用したいってことだよな。
「なるほどぉ! この宙に浮いてんのが店の情報になるっちゅうことやろ? これは確かに便利や! こないして街を見れたら楽やな!」
相変わらず理解が早くて助かる。ファラはしみじみとした表情で頷いている。
「しかし、こんなのが街中に出てたら邪魔で仕方なくないか?」
「そこは、あたしに考えがあるんだ! 竜痣病の治療で考えてたことが役に立つ時が来たんだよ……!」
どうやらイリスの考えはこれだけじゃないようだ。
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