[39]引きこもり魔女と調合術師Ⅲ
ネルは壁の上部に配置された棚に背伸びをして、草の束と一輪の花を取り出した。
近くの作業台に移動すると、すり鉢の中に草と花を入れ、棒でぐりぐりとすり潰し始めた。
「二つの素材が持つ異なる特性、それを混ぜ合わせます~」
特に見ごたえの無い地味な絵面だ。俺が料理している時と大差ない。
本当にこれが調合術なのか? 魔術の方が何倍にも派手だ。
とはいえ、ネルの表情も先程までのゆるさから一転して真剣そのものだ。集中して見届けよう。
「ここに『特性を合わせる溶液』を入れて更に混ぜ合わせます~」
ネルはすり潰した素材を試験管に詰め、ビーカーから液体を注ぐ。
掲げるようにして持ち上げた試験管を振って内容物を混ぜている様は理科の実験を見ている気分だ。
「これで完成です~、とっても簡単ですね~!」
ネルは再び緩んだ表情を見せて俺に試験管を手渡してきた。
試験管の中には深い緑色をした一口程度の液体が詰まっていて、青臭さが鼻につく。
もしかしてこれを飲むのか? 流石に少し躊躇してしまう。
「あっ! ちゃんと効果をご説明しないとですね~。魔力を蓄える特性を持つマモ草と覚醒効果を特性に持つ日花梨の花を合わせて『眠気覚まし薬』を作ってみました~。味は少し苦いですが、効果はテキメンですよ~」
眠気覚まし……? より疑心を増した手元の液体に嫌悪感が込み上げてくる。
まだ青汁を飲んだ方がマシかもしれない。この謎の液体をスムージーと思えば気は楽になるだろうか。
「アイトくん……っ! 気合や! 一気に行ったれ!」
ファラからの声援が飛んでくる。
こうなったら、ファラの言う通り勇気を出して一気に行くぞ……!
ゴクッ!
味わうことなく喉に流して一気に飲み込んだ。
隣を見ると、探るような視線を向けるファラと目が合った。
「ど、どうや……?」
「いや、わからん……」
「すぐには効果は現れませんよ~? もうしばらくしたら実感するかもしれませんね~」
本当に薬と一緒なんだな。飲んですぐには効果が出ないなら待つしかないだろう。
それまでは、ネルに質問なりしながら時間をつぶそう。
「調合術が素材の特性を利用することはわかった。だけど、どうやって素材の特性を知るんだ? それも何か特別なワザがあるのか?」
「そうですねぇ……わたくしの場合は『魔力の波長』を合わせることで特性を調べますね~」
「魔力の波長……?」
やはり魔力が関係してくるのか? どっちにしろ魔力を使わないとまともに扱えないということだろうか。
そうなると、残念だが俺には縁のない存在だったのかもしれない。
「ですが、これはわたくしだから出来るもの。全く参考にならないかと~。ですので……」
ネルは再び棚に向かうと、何かを探して漁りだした。
次々と物を引っ張り出しては、続々と物で部屋を汚くしていく。棚には色々と詰まっていたようだ。
「ありました~! こちらが魔輝石になります~!」
ネルは両手に青い水晶のような小さい石を添えて見せてきた。
「これは何なんだ……?」
「魔輝石は魔力に反応して光る特殊な石なんですよ~。この光り方の違いで素材に含まれる魔力の波長を教えてくれるのです」
「待て、魔力の波長って言うけど素材の特性と何の関係があるんだ?」
「おや……? そうでした! てっきり話していたとばかり思っておりました、大変申し訳ございません……」
ネルは平謝りで頭を下げた。
話していたと思っていた? 一体何のことだ?
「素材の特性とは、すなわち魔力の波動でございます。魔力の波動こそが素材の持つ本来の力ということなんですね~」
何だか話がゴチャゴチャとしてきて訳がわからない。魔力の波動だの波長だの、似たような言葉ばかりだ。
それに、魔力を使わないって言ったのに魔力こそが素材の特性とか色々と矛盾している気がする。
「魔力の波動は、魔力そのものではございません。魔力のカタチを作る設計図のようなものとお考えください」
「魔力の設計図……?」
「魔力の波動によって魔力のカタチ、特性は決まるのです。調合術では魔力の波動の流れ、魔力の波長が近いものを組み合わせることが重要になります〜」
俺は今、ポカンとした顔でネルの話を聞いているに違いない。まともに聞くだけ無駄な気がしてきた。
つまりどういうことなんだ? はやく結論を聞きたい。
「安心せえアイトくん、ウチにもさっぱりや」
良かった、俺にも仲間がいてくれた。
ファラは俺の横で腕を組みながら何度も頷いている。
「つまるところ、この魔輝石を当てて同じくらい光ったものを混ぜればより良い効果を得られるという訳にございます〜」
ネルは諦めたようにヤケクソな答えを出した。
イリスとは違って難しい説明を諦めてくれるのはありがたい。イリスは何かと理解させたがるところがあるから、話を聞くのが億劫になる時がある。まぁ、一生懸命に説明してくれるからありがたいとは思う。
しかし、ネルの話を聞く限りだとこの青い石があれば俺でも素材の特性を知ることができるということだろうか。
「俺にも調合術って出来るのかな……?」
「なんやアイトくん、興味あるんか?」
「魔力の使い方がわからない以上、魔力が無くても特殊な力を生み出せる調合術なら出来るかもしれないと思ってさ」
「まあ! それはとても光栄なことでございます!」
ネルはキラキラとした目で俺を見た。
そのまま近づいてきて俺の手を取り上下に振り回される。
「とは言っても、俺にはネルみたいに出来ないし、得意なことって言っても料理ぐらいしかないから……」
「お料理、でしたらむしろ相性が良いかもしれません! 食材の組み合わせで料理を作る、それは調合術にも通ずる特徴かと思います!」
言われてみれば確かに、これなら尚更に調合術を知る必要があるかもしれない。
「ですが、必ずしも美味しい料理の組み合わせが調合術における相性の良い組み合わせとは限りません。極端に言ってしまえば、不味い料理ほど調合術においては最も良い効果を生むと言ってもよいでしょう」
そうか、体に良いものほど美味しくないとはよく言ったものだ。しかし、それを克服することこそ料理人の真髄の見せどころじゃないか?
「ネル! いや、ネルさん! 俺に調合術を教えてくれないだろうか!」俺はネルの手を取る。
「うおっ!? アイトくんマジか!?」
調合術なら俺にもこの世界で活躍できる方法かもしれない。この技術を身につければ、イリスのことをより良く支えることだって出来るはずだ。
「大歓迎でございます〜! わたくしで良ければこの調合術、大いに広めたく存じます〜!」
再びネルが俺の手を上下に振り回す。
これでイリスの応援が捗るぞ。だが、まだ入り口に立ったばかり、まだまだこれからなのは違いない。
「よーし! 一刻も早く技術を身につけて……あれ」
急にめまいが襲ってきた。
頭がクラクラとしてまともに視界が安定しない。
ネルに支えられてようやくまともに立っていられる。
「アイトくん!? どないしたんや!?」
「もしや、素材の分量を間違えて効果が逆転してしまったかもしれません〜」
「なんやと!? 呑気に喋っとる場合かいな! はよアイトくん何とかせなアカンぞ!」
ファラの声が響いて頭が痛くなる。
素材の分量を間違えるとこんなことになってしまうのか、何だか身をもって調合術の難しさを実感している気がする。
「し、しばらく休めば大丈夫かと〜! き、きっとすぐに! よ、良くなりますよぉ〜!」
「アンタ焦っとるな! 平気な顔して内心だいぶ焦っとるやろ!?」
もうダメだ、そろそろ限界だ。
瞼が重くてまともに目を開けられない。
「おや……すみ……」
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