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[3]引きこもり魔女と召喚魔術Ⅲ


 窓の外はすっかり真っ暗だ。

 深い青色をした空に浮かぶ、大きな月だけが輝いている。


「とりあえず、ひと段落だな……」


 俺はベッドで寝転がっている。

 二階にある空き部屋を整理して少し落ち着いたところだ。

 元々、この家はイリスのおばあさんが使っていたらしい。今はイリスが一人で暮らしているが、目立った汚れもなく綺麗すぎるような気もする。

 とはいえ、今後はこの部屋が俺のパーソナルスペースになる。改めて考えると今日は色々あった。


「本当に異世界に来たんだな、俺……」


 正直、実感はない。

 まるで旅行をしているような気分だ。海外旅行をしたことはないが、異文化に触れるってのはこんな感覚なのだろうか。

 異世界とはいえ言葉は通じるし、料理を作った時もなんとなくで出来てしまった。生活をしていくのにも不便は無さそうだ。


「これからどうするかな……イリス(あいつ)の夢を応援するって言ったものの、何をすれば……」


 イリスはこの家から追い出されそうになっている。

 それをどうにかして止めるため、イリスが最強の魔女になることを応援すると約束した。

 流石に考え無しだったかもしれない。それでも、俺の良心には抗えなかったと思う。


「眠れないな……」


 次々と溢れてくる考え事は絶えない。

 気分転換も兼ねて夜風に当たろうと思う。


 ◆


 俺は真っ暗なリビングに降りてきた。

 リビングにある扉のひとつから微かに光が漏れている。その先は古い図書館のようなあの部屋、イリスの作業部屋だ。

 イリスがまだ起きているのだろうか。そういえば、怪我を治してくれたお礼を言っていなかった気がする。


「なぁにしてるのぉ……」


 扉を前に立った瞬間、背後から不気味な声がした。

 続けて俺の背中にゾクゾクとした感触。

 

「ピャ──ッ!!」


 変な声が出てしまった。


「あはは! ピャ──ッだって! ピャ──ッて!」


 不気味な声の正体はイリスだった。

 イリスは俺の叫びを真似しながら腹を抱えて爆笑している。

 どうやら背中を指で『すぅー』となぞられてイタズラされたようだ。


「ごめんごめん! ついやってみたくなっちゃって……!」


 イリスは泣くほどに可笑しかったのか、涙を拭いながら謝ってきた。

 その姿に怒るのも馬鹿らしくなり、俺も笑いが込み上げた。


「もしかして眠れないの? まだ怪我が痛むとか……?」

「いや、枕が変わると眠れないタイプなんだよ」

「ふふっ、そっか。あたしも同じだなぁ」


 イリスの表情が眩しく見える。

 ちゃんと話せばまともな、優しい子なのだとは思う。

 ただ、ちょっぴり世間知らずな……いや、ちょっぴりどころではないかもしれない。

 もう少しイリスのことを知った方がいいだろう。

 この世界のことを知るためにも、情報を集めるに越したことはない。


「なぁ、少し話をしないか? 色々と教えて欲しいこともあるし……」

「じゃあこっちに来て! あたしもキミに見せたいものがあるんだ!」


 イリスに誘われるまま、作業部屋に入る。

 扉を開けた先は相変わらずごちゃごちゃと物で溢れていて、そのほとんどが高く積み上げられた本だ。


「テキトーに座ってよ。その辺とか……」

「いや、その辺って言われても……」


 イリスに示された先にはやはり数多の本が散乱している。

 これも魔術書なのだろうか、この部屋の様子からイリスは研究熱心と見るべきか。

 そんな俺を他所に、イリスは机にぴょんと腰掛けて足をパタパタとさせ始めた。

 スカートを穿いているせいで、正直なところ目のやり場に困る。


「キミにはまだ、あたしの魔術を見せてなかったよね」

「それなら俺の怪我を治してくれただろ?」

「あ、あれは別だよっ! 魔術でも何でもないからっ……!」


 イリスは顔を真っ赤にして反論してきた。

 どうやら俺の怪我を治したのは魔術ではなかったらしい。確かに、口に指を突っ込むことが魔術だと言われても信じたくはない。


「と、とにかく! ちゃんとした魔術を見せないとあたしの気が収まらないんだよ……!」


 するとイリスは気を取り直すようにして咳払いした。

 そのまま懐から一冊の本を取り出して俺に見せつけてくる。それは青い表紙をした本だ。


「ねぇ、魔術を使ってみたいと思う?」

「え? そりゃ使えるなら使ってみたいと思うけど……」

「ふふふ! では、その望みを叶えてあげましょう!」


 イリスは得意気な顔をしている。

 魔術なんてものはフィクションの産物だと思っていたが、俺にもそれが出来るなら一度は経験してみたい。

 しかし魔術なんてどうやって使うんだ? とりあえず力を込めればいいのだろうか……。


「魔術を使うには魔力が必要なんだよ。魔力自体は誰にでもあるけど、みんなが魔術を使えるとは限らないんだ」

「急になんだよ、何の話だ?」

「キミも魔術の使い方なんてわからないでしょ?」


 もしかして馬鹿にされているのだろうか。

 よその世界から来たお前なんかに魔術なんて使えないとでも言いたいのだろうか。


「そんな人でも、あたしの魔術があれば誰でも簡単に魔術が使えるようになるんだよ!」


 イリスはそう言うと、手に持った本を渡してきた。

 これをどうしろと? とりあえず開いてみた。


「その本には、あたしの魔術が保存されているの。ページを破るだけで、すぐに魔術が発動するんだよ!」

「これを破るのか?」


 俺はイリスに言われるがまま、本から一枚のページを切り離す。

 すると、切り離したページから火が立ち上がった。


「あっつ!」


 咄嗟にページから手を放した。

 ゆらゆらと舞うページは火に包まれ、ひとつの火球になった。


「どう? これがあたしの魔術、エンチャント・魔術保存(マイティセーブ)だよ!」

「いや、どうって言われても……」


 正直、何が凄いのかよくわからない。

 確かに俺でもページを破るだけで魔術を使うことができた。しかし、何だかコレジャナイ感が否めない。


「なんかイマイチって顔してるね……」

「まぁ、よくわからないけど凄いんだな……」

「本当に凄いんだよっ! これはあたしにしか出来ない魔術なんだからっ!」


 イリスはぷくっと膨れながら俺を睨んでくる。

 そんな目で見られても、本当に反応に困る。


「魔術を使うにはまず、魔術基盤(ベース)を構築しなきゃいけないんだよ! そうしたら次に、魔術にするための魔力を……」

「待ってくれ! そんな難しいことわからないって!」

「だから! これだけ難しいことを簡単にしたのがあたしの魔術なの! 誰にでも魔術を使えるようにしたの!」


 なるほど、そういうことか。

 どうやら魔術を使うのはとても難しいことらしい。それをイリスは簡略化することに成功したということか。

 本当に魔法使い……魔女なんだな。


「もしかして、あのオッサンも俺と同じ反応を?」

「……うん、ダンテおじさんはあたしの凄さを全然理解してくれないもん……」


 パタパタと揺らしていたイリスの足が止まった。

 俯くイリスの表情は帽子に隠されていて見えない。それでも、強く握られて震えるイリスの手はその気持ちを想像させるのに十分だ。


「あたしがキミを召喚した魔術だって、簡単に出来るものじゃないもん……」

「そうか、そうだよな……」


 悔しくてたまらないのだろう。俺を召喚したのもきっと、本当に凄いことなんだ。

 だけど、その凄さは理解されなかった。必死でやっているのに、全然相手にされなかった。

 だから見返してやりたかったんだ。俺を召喚することで、どれだけ自分が凄いのかを見せつけようとしたんだ。

 そうすることしか、イリスにはできなかったんだ。


「その気持ち、俺にもわかるかも……」


 正確には少し違うかもしれない。

 だけど、俺にも譲れないものがあった。俺だけに出来ること、それでアイツを喜ばせたかった。

 アイツのために必死になって、全部を捧げる覚悟すら決めた。それが俺のやりたいことだった。

 それも今はもう叶わない夢。ドス黒く濁りに濁って、思い出すのも億劫になる。

 望むならもう一度、願うならもう二度と、そう思ったはずなのに。


「必死になったところで、無くしちまったら意味が無いんだ」

「えっ……?」


「……だから、証明するしかないだろ」


 今までやって来たことは無駄じゃない。

 いくら否定されようと、もう叶わないとしても、それこそが生きた証なんだ。

 だったら何度でも追いかけてやる。何度でも足掻いてやる。

 俺にはそれしかできないんだ。


「お前は最強の魔女になるんだろ? だから、それを証明するんだよ」


「で、でも、どうすればいいのかわかんないよ……」

「言ったろ、俺がお前の夢を応援するって」


 イリスは引きこもりで、ロクな交流関係も無いのだろう。

 こいつに一番必要なのは理解者だ。イリスがどれだけ凄いのかを理解してくれる人が必要なんだ。

 まずは俺が、その第一号になる。

 

「俺に任せろ、俺がお前の夢を叶えてやる」


 イリスは目を輝かせて俺を見てくる。

 俺を見つめたままスタスタと机から降りて、ブンブンと握手してくる。


「だけど、一つだけ聞きたいことがある」

「うんうん! 何でも聞いて!」


「お前、ここでどうやって暮らしてきた?」

「うっ……」


 イリスの顔が一気に引き攣った。

 何てわかりやすい反応なのだろう。俺はイリスの手を、逃がさないように強く握り込む。


「どどど、どうって……?」

「最強の魔女を目指して研究に明け暮れる毎日……にしては綺麗すぎるんだよな、この家」


 イリスは目を細めて焦りを見せている。どうやらウィークポイントを突いたようだ。

 こいつが外に出ない引きこもりなのはわかった。だけど、単純に一人暮らしって訳では無いと思う。


「人ってのは少なからず、一度に多くのことを成し遂げるなんて出来ないもんだ」

「な、何の話……?」

「そもそも、お前は俺に『使い魔として働いてもらう』とか言ってたよな。てっきり『助けて』の裏返しかと思っていたが……」

「は、離してよ……! もういいでしょ……!」


 俺がイリスを問い詰めているのには理由がある。

 これからこいつの夢を応援していくとして、ずっと気がかりだった部分を解き明かしたい。

 そうしなければ先に進めない気がする。


「お前、本当は引きこもり生活を続けたくて俺を召喚したんだろ……」

「ギクッ」


 図星か……イリスは見るからに居心地が悪そうだ。

 さっき俺に向けてきた目の輝きはどちらかというと『いいカモを見つけた』みたいな雰囲気だった。

 上手いこと俺を丸め込めたからつい嬉しくなってしまったのだろう。

 とはいえ、嘘をついている訳ではないと思う。ただ、隠しておきたいことがあるだけなのだろう。


「お前はここでぐうたら生活をしていて、あのオッサンがお前の面倒を見てくれていた。食事も掃除も、全部あのオッサンがやってくれていたんだろ?」

「うわぁぁぁ──っ!」


 イリスは俺と繋いだ手を激しく振ってきた。誤魔化したくて必死なようだ。


「どうしてオッサンがお前を追い出すのかちゃんとした理由は知らないけど、少なくとも引きこもっているお前にも原因があるんじゃないか?」


 イリスは視線を逸らして拗ねている。

 散らかったこの部屋以外、毎日手入れされているほどに綺麗だった。

 整ったキッチンに食材もしっかりと保存されていた。

 これら全てをイリス一人がやっていたとは到底思えない。しまいには俺が何となくで作った料理に感動して『助かる』なんて言い出すくらいだ、まともな家事をしたことも無いのだろう。

 そう考えるとイリスの言い分はまるで、自分は被害者ですみたいな雰囲気だった。


 これこそがイリスに感じていた違和感だった。

 変に高いプライド、謎のこだわり。こいつが引きこもっているのもその辺が理由だろうか。

 追い出されそうになっているのもその実、自業自得でピンチになっているだけ。

 俺は本当にはた迷惑で巻き込まれただけなんだ。


「そ、それでもあたしは……」


 俯くイリスは俺の手を強く握り返した。

 何か言いたげな様子だ。……俺にはイリスの言いたいことがわかる。


「夢を諦めたくない。それは本当なんだろ?」

「……うん」


 イリスは俯きながら返事をした。

 別に、イリスを責めたい訳じゃない。今は少しでもイリスのことを理解したいと思っただけだ。

 

「いずれハッキリさせなきゃいけなかったんだ。お前がいくら自堕落な引きこもり魔女でも、今さら関係ないんだよ」


 そうだ、俺の気持ちは既に決まっている。

 イリスの語った夢は嘘じゃない。本当に、最強の魔女を目指しているんだ。


「だから、お前の夢を叶えるため、俺がお前を養ってやる」


 イリスの目には涙が浮かんだ。

 途端に大きな声を上げて抱きついてくる。もはや慣れたものだ。

 しかし、これはまだ始まりに過ぎない。


 まずは、あのオッサンを説得する──。

閲覧ありがとうございます!

ぼちぼち更新する予定ですので、ぜひブックマークをご活用ください!


※無断転載禁止です。

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