[38]引きこもり魔女と調合術師II
俺とファラはエニグマに連れられてレトロな雰囲気を醸し出す謎の店にやってきた。
こんなところに連れてきて何があるのか、エニグマの考えていることがわからない。
「おじゃまします……」
そろそろと玄関を開けると、心地よい鈴の音が入店を知らせる。
店内は薄暗く、少々カビ臭い。大きな壺が至る所に配置されていて、床板には液体の零れた跡が無数についている。
妖しい雰囲気にどこか既視感を感じる。……イリスの実験室を思い出す場所だ。
あそこまで物が散らかっ汚い訳ではないが、何か似たものを感じる。
「これはポーションやな。そのまま飲んだり、物にかけたりして使うもんや」
ファラが壺の蓋を開けて覗き込んでいる。そんな勝手に開けていいものなのだろうか。
ポーションと言えば、よくRPGゲームで使うイメージだ。体力や魔力を回復してくれたりする便利アイテムといったところだろうか。
「す、すみませぇん! ちょっといま手が離せなくてぇ~!」
何やら店の奥から女性の声が聞こえる。
ここの店主だろうか、ちゃんと人がいてよかった。
しかし、ここはポーションを売っている店なのだろうか。
「ファラは知らなかったのか? ここに店があること」
「おん、ウチも初めて見る。つい最近できたってワケやなさそうやし、知る人ぞ知る老舗って感じやろか」
ファラでも知らない店か……。なんだかワクワクが押し寄せてきた。
しばらく待っていると、店の奥からドタドタと物音を響かせながら近づいてくる気配を感じた。
「お待たせしましたぁ~」
カウンターの奥から一人の女性が姿を現した。
淡い緑色をした髪、前髪で隠れた左目、右目には片眼鏡、瞳は紫に近い色をしている。
長めの後ろ髪を束ね、正面からでも髪のボリュームがあるのがわかる。
黒を基調としたゴシック調のドレスに白色のエプロンを身に着け、メイドさんのような印象だ。
「新規のお客様がいらっしゃるなんてめずらしいこともあるのですねぇ。ぜひ、ごゆっくり見ていってください~」
店主は目を細めてのんびりとした口調で俺たちを出迎えた。
ゆるい雰囲気で、ほわほわとしたオーラが目に見える気がする。
「えにゅ~」
エニグマが俺の足元から現れ、店のカウンターに飛び乗った。
そのまま身を委ねるようにして丸くなり、店主に撫でられている。
「あら~? 皆さまはエニグマさんの主さまだったのですねぇ。無事に見つかって一安心です~」
「待ってくれ、どうしてエニグマのことを知っているんだ? それに、名前も……」
「エニグマさんはここに迷い込んでいらっしゃったのです~。お名前を聞いて、しばらくここで暮らしておりました~」
エニグマの面倒を見てくれていたのか、どうりで姿を見せなかったわけだ。
しかし、エニグマから名前を聞いただって? 言葉を話さないエニグマからどうやって……?
「あっ! そういえばご紹介をしておりませんでしたぁ」
店主はハッとした様子で手を合わせると、カウンターを出て俺たちの前に立った。
「わたくしはネルニディスタ・アルフローレと申します。お気軽にネルとお呼びください~」
ネルは両手でスカートの裾を持ち上げて一礼した。その気品溢れる優雅な様に思わず息を呑んだ。
俺とファラが挨拶を済ませると、ネルは店の奥から椅子を運んできて俺たちに座るよう促した。
「それで、どうしてエニグマの言葉がわかるんだ?」
「魔力の波動を感じて読み取るのです。魔力は万物に宿るもの、その波動が言葉の代わりに思いを伝えてくれるのですよ~」
「魔力の波動……聞いたことあるわ。確か魔力には特有の流れみたいなもんがあって、それを読み取ることに長けた人がおるっちゅうんのもな。そない芸当が出来んのも、ここの壺いっぱいのポーションから考えて、ネルちゃんは調合術師なんやろ?」
調合術師……? なんだそりゃ初耳だ。
それに、魔力の波動? 流れ? また新しい魔力の概念が出てきたな。
「よくご存じですね~! おっしゃる通り、わたくしは調合術を専門とするクラフターでございます。このお店はわたくしが作成したポーションを取り扱うお店なんですよ~」
「あの、全く話についていけないんだが……。そもそも、ポーションとか調合術って何なんだ?」
「調合術は素材を混ぜ合わせることで新しい力を生み出すものです。そうして『様々な効果を秘めた薬』ポーションが作られるのです」
「それって魔術とどう違うんだ? 魔術でも同じことが出来るんじゃないのか?」
「魔術との明確な違いは『魔力を使わない』点でしょうか~。『素材の特性』を利用する調合術は自らの魔力を必ずしも必要とはしないのです」
魔力を使わない!? イリスの魔術のようなものか? 魔力を使わずに魔術に似たことが出来るのか?
「素材の特性とは、素材が持つ本来の力という意味です。素材の特性と相性を見極め、混ぜ合わせ、新しい力へと変質させることで魔力を使わずとも特別な力を作ることができるんですよ~」
「そんな凄いものがあったのか……全く知らなかった」
「無理もありません、今や調合術は廃れてしまった技術でございます。このようにポーションを作っておりますのも、物好きなわたくしぐらいでしょう」
「廃れてしまった技術……? こんなに凄いものなのにか?」
「争いのあった時代には魔力は相当に貴重なもんやった。せやけど平和になった今、魔力をどう活かして便利な暮らしを作れるかが大切になってきたんや。もう恐怖の帝王も最悪の魔王もおらん、魔力なんてもんは使ってなんぼの時代になったんや」
「ファラさまの仰る通りにございます。魔力さえあれば何でも出来る時代に、わざわざ手間のかかる調合術をする人はいないでしょう。今や調合術で可能なこともほとんどが魔術に取って代わったのです」
「……だとしたら、どうしてネルは調合術をやっているんだ?」
「わたくしは調合術を生業とする家系に生まれました。代々受け継がれてきた技術を途絶えさたくない、そんな思いでポーション作りに励んでいるのです」
魔力を使わずにどれだけ人の役に立てるかを極めた技術か。この世界の技術の発展と衰退にも時代の背景があったんだ。
もしも、魔力の使えない俺にも調合術が使えたら、イリスを支援することが出来るのだろうか。
「えにゅっ! えにゅ!」
カウンターの上で丸くなっていたエニグマが起き上がり、ネルに向かって勢いよく飛び込んだ。
「おっとっと……、どうされたのですかエニグマさん?」
「えにゅ~!」
ネルがエニグマを両手で抱えると、エニグマは何かを伝えたそうにして唸り出した。
「アイトさまに調合術を見せてあげてほしいのですか?」
「え? エニグマがそう言ったのか?」
「えにゅ!」
エニグマは肯定するように鳴いた。
本当にネルはエニグマの言葉がわかるようだ。確か、魔力の波動っていうのを感じ取っているんだよな。これも調合術の力なのか?
もしかして、エニグマは俺たちに調合術の存在を教えるためここに連れてきたのか?
「わかりました、エニグマさんの頼みでしたら断るわけにはいかないですね~」
どうやらネルは俺たちに調合術を見せてくれるようだ。ネルに案内されて店の奥へとやってきた。
そこは広々とした厨房のような部屋で、中央には存在感を放つ大鍋が置いてある。
大鍋は何人もすっぽりと入ってしまいそうな大きさで、鼻をつく酸っぱい臭いが漂っている。ファラは鼻をつまみながら苦い顔を見せている。
「では~、さっそく始めますね~」
ネルは腕をまくり、調合術の準備に取り掛かる。
せっかくの機会だ、しっかりと見せてもらおう。
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