[37]引きこもり魔女と調合術師I
じりじりと照り付ける陽を避けるように日陰に立つ。
多くの人が行き交う大通りを前に、俺はある人物を待っている。
「待たせたなアイトくん!」
「……あれ、普段と違って珍しい格好だな」
ファラはいつもと違ってクリーム色のワンピースを着用している。
大きめの白いキャスケット帽が無く、何だか物足りない印象だ。見慣れない雰囲気で違和感を覚える。
しかし、ちんまりとした見た目のせいで幼すぎるというか、もはや子供にしか見えない。
「今日はお客さんとして市場を歩くんや、いつもの格好やと肩が凝ってしゃーないからな」
商業祭に向けた敵情視察……というのは流石に言い過ぎだが、俺たちのライバルになりえる存在は無数にある。
事前に街を歩いてどんな店があるのかを知っておくに越したことはない。そこで、街を知り尽くしたファラに案内してもらおうというわけだ。
「今日は二人きり、まるでデートやな!」
「かもな」
「なんや、その冷たい反応は。つれないなぁ」ファラが冷ややかな視線を向けてくる。
ファラが隣にいると、デートというより兄妹で買い物に出かける家族のような気分だ。
もっとも、ファラの性格を考えれば俺が弟になるわけだが。
「前にニアちゃんと来たんやろ? そん時はどないしたんや?」
「大体は食べ物の話だったような……。途中で分かれてまともに市場は見れてなかったな」
「やっぱ飯の話ばっかかいな……」
市場の大通り。屋台の立ち並ぶ相変わらず人通りの多い場所だ。
ニアに案内された時は大通りを真っすぐに進むだけだった。イリスが一緒で気が気じゃなかった分、改めて辺りを見回すと見落としていた部分もありそうだ。
とはいえ、表の屋台は食べ物が多い印象を受ける。辺りに漂う美味しそうな匂いについつい鼻を持って行かれてしまう。
「アイトくんあそこ! ちょっと寄ってみようや!」
ファラが指を差しながら近づく屋台には『串焼き』を表す言葉と看板が掲げられている。
串焼きと言っても俺には何の串焼きかはよくわからない。見た感じは串に刺した大きめの焼き鳥のようで、細々とした肉に串を差して焼いたものだ。
以前イリスと来た時に一本だけ食べたが、味や食感はチキンというよりビーフだった。
「いらっしゃいあんちゃん、いくつにするんだい?」
スキンヘッドの強面な店主は焼き上がった串を飾るようにして屋台の前に刺していく。
まだダンテのオッサンの方が何倍も怖い、そう考えると目の前のオッサンは幾分も愛嬌がある。
「ファラはどうするんだ……あれ?」
気がつくとファラの姿が消えていた。
さっきまで隣に居たはずだが、串焼きに目を奪われていた隙にはぐれてしまったようだ。
この人混みの中を探すのは骨が折れる。まぁ、ファラだし特に心配はしていない。
「ちょっとあんちゃん、買うの? 買わないのどっちなの?」
店主のオッサンと気まずい雰囲気が流れる。
ファラがこの店に行こうって言ったんだろうが、どこに行ったんだよ……。
「お兄ちゃーん! やっと見つけたー!」
ふと、聞き覚えのある声の小さな姿がこちらに近づいてくる。
声の主はクリーム色をしたワンピースを着た幼女、もといファラだ。
「お兄ちゃんこれ食べたい! 買って買って!」ファラが串焼きを指さす。
「いや、そんなこと言われても……」
なんだこれ、どういう状況だ?
ファラが俺のことをお兄ちゃんと呼んで串焼きをねだってくる。
しかもいつものエセ関西弁じゃない、これは本当にファラなんだろうか。
「食べたい食べたいぃ! 食べたいよぉ!」
ファラは火がついたように駄々をこね始めた。
手の付けられない子供のように暴れ出し、周囲からの視線が痛い。
「おいおいあんちゃん、妹ちゃんがここまで言ってんだから買ってやんなよ!」
店主のオッサンはファラを俺の妹だと思っているようだ。
何より、店の前でこんなに暴れられたら迷惑極まりないだろう。
「いや、手持ちが無くて……」
「たーべーたーいー! お兄ちゃんのバカー!」
手持ちが無いのは事実だ。
今回の偵察に関しても、ファラのコネを当てにしていたところはある。
「おいあんちゃん、本当に手持ちがねぇのか? しょうがねぇなぁ……一個だけ特別だぞ?」
店主のオッサンは串焼きを一本取り出し、目の前で暴れているファラに向けて差し出した。
「おじさんいいの?」
「ああ、今回だけな。お兄ちゃんと分けながらちゃんと味わって食うんだぞ?」
「うんっ! ありがとうおじちゃん!」
ファラは屈託のない笑顔を見せ、店主のオッサンも満更でもない表情で応える。
心なしか、周りからも暖かく見守るような視線を向けられている気がする。
「今度はちゃんと金貯めてから来いよ──っ!」
店主のオッサンに見送られながら俺とファラは屋台を後にする。
ファラは表情を緩ませながら美味しそうに串焼きを頬張っている。
「あー疲れた。いやーホンマちょろいな」
「お前、人としてのプライドは無いのか……」
やはり、さっきの駄々っぷりは演技だったようだ。
あの店主のオッサンはまんまと騙されて串焼きを差し出してしまったというわけだ。
「あそこはウチが前に仕入れを担当したことある店や。仕入れたもんを何でも値切ってくるから嫌いやってん、こんくらい妥当やろ」
「えぇ……」
それからしばらくファラの強請りに付き合わされた。
先程と同じように俺がお兄ちゃんになって妹のファラから駄々をこねられる。
やってることのほとんどが犯罪だが、それは俺の世界の法がこの世界にも適応されるのであればの話だ。
「ほい、これもアイトくんが食べや」
ずっとファラの食べかけを渡される。
店主の前で一口だけ美味しそうに食べてから残りの処分は俺に任されるのだ。
そんな俺たちは、市場から離れて公園のような広場でベンチに座っている。
「ファラはいつもこんなことしてるのか……?」
「アホか、んなわけないやろ。ウチにも金がない言うとったやろ、今日はアイトくんがおったから成功してん」
ファラは疲れた様子で、ベンチにうなだれている。
「ニアでも出来そうじゃないか? お姉さんみたいだし」
「ムリムリ! ニアちゃんは人気者やからウチと違って知名度がちゃう。それに、妹に向かってお姉ちゃん呼びすんのはウチの頭がおかしなるわ」
「え、ニアって妹だったの……!?」
「あれ、言うとらんかったっけ。正確には従妹やけどな、ニアちゃんはウチのかわいい妹や」
衝撃の事実だ。
言われてみればファラとニアはどこか似た雰囲気をしていた。
しかし、見た目だけで言えばファラの方が妹だよな。この世界の人は見た目だけじゃ判断できない。
「ウチの親父が死んで商人を引き継ぐって時に、騎士見習いやったニアちゃんがウチの護衛をしてくれるようになってん」
そうだったのか。こうしてファラたちのことを聞くのは初めてだ。
「アイトくんは家族とかどないなん?」
「俺か? 俺にも実は妹が……」「えにゅっ!」
突然、ベンチの下からエニグマが顔を覗かせた。
「エニグマ! お前こんなとこにいたのか?!」
この街に来てから全く見かけないと思っていたらいきなり姿を現した。
ここまでくるともはや詮索するのも野暮だ。
「えにゅ!」
エニグマはベンチ下から飛び出すと、勢いよく公園の外に向かって走り出す。
このパターンは俺たちについて来いと言っているようだ。
エニグマを追って再び市場にやってきた。しかし、そこは市場の裏手にある通りだ。
日の当たる大通りとは違い、日陰で薄暗くジメジメとした雰囲気が漂う。
進む道が建物に挟まれて徐々に細くなる。一人通るのがやっとな通りを抜けると、開けた場所に突き当たった。
「なんや、こないなとこに店なんかあったんか?」
裏路地を抜けた場所には石レンガで造られた一軒家がポツンと建っている。壁には無数のツタが絡まり、レトロな印象を抱かせる。
玄関には看板が立て掛けられていて、この家が店であることを示しているようだ。
「えにゅっ!」
どうやらエニグマは、この店に入れと言っているようだ。




