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[36]引きこもり魔女と商業組合Ⅳ


 キッチンに立ち、食材を並べる。

 まずは手始めに、大きめの『何の肉かわからないステーキ肉』をフォークで何度か突き刺す。これを人数分、今回は四枚用意する。

 ステーキ肉に『塩と胡椒みたいな調味料』をまぶし、軽く叩きながら馴染ませる。肉を深皿に移し『赤ワインっぽい液体』を適量注ぐ。

 市場で手に入れた『ファン・ド・ヴォーに似たソース』と一緒に、輪切りのレモンとみじん切りのにんにくを深皿に入れてしばらく漬け込む。その間に、フライパンに薄く『何かの油』をひき、スライスしたタマネギを投入。

 弱火でタマネギが飴色になるまで炒めながら、一口の大きさにカットした『バターらしき塊』を転がす。バターが溶け始めたら、ソースに漬け込んでいた肉をフライパンに並べる。

 ジュウジュウと音を立てながら肉汁が溢れてくる。弱火のままフライパンに蓋をしてしばらく待つ間、肉を漬け込んでいたソースにみじん切りのタマネギを加えて混ぜ合わせる。

 フライパンの蓋を開けると閉じ込められていた肉の香りがぶわっと一気に放たれる。肉を裏返して混ぜ合わせたソースを入れ、水気が無くなるまでしっかりと肉に焼き色を付けていく。

 肉の焼き加減はミディアムとウェルダンの中間くらいだ、これはイリスの好みだが。


「皿に盛り付け、薬味を添えたら完成だ!」


 簡単! 美味しい! ステーキ定食の完成だ!

 しかし、未だに調味料や食材でわからないものがある。そこは見た目の判断や味見をして『それっぽく調理』している。

 現状、これで何とかなっているので特に心配はしていない。

 完成した料理をテーブルに並べ、俺とイリスとファラとニアの四人で囲む。


「あれ、いつもとなんか味がちょっと違うかも?」


「よく気づいたな。いつもより調味料の分量を変えてこの街の味に近づけてみたんだ」


「ホンマ、アイトくんは器用やなぁ」


 我ながら凄い特技だと思っている。

 バイト先のまかないを家で再現するために色々と考えていた知識が役に立った。


「でも、あたしはもう少し濃い方が好きだなぁ……」


「そうなんか? ウチはこれも好きやで!」


「美味しいな……」


 どうやらイリスにはあまり響かなかったようだ。

 これが料理の難しいところだろう、人に合わせて作ることの大変さが身に染みる。

 

「まだまだ上手くいかないか……」


 これじゃまだ全然足りない。商業組合(トレーダー)の支援を受けるためにも、みんなに頼ってばかりじゃダメだ。

 俺にも何か出来ることを探さないといけない。しかし、俺に出来ることなんて料理、掃除と家事をするぐらいしか思いつかない。


 魔力の使い方さえわかれば……。


 食事を終え、あっという間に日が沈む。

 宿に戻った俺は、イリスが実験室出張所で作業出来るよう準備に取り掛かる。


「結局、全部イリスに任せっきりだ。俺はどうすればいいんだ……」


 イリスを養うなんて言いながら、イリスに何とかしてもらわなければまともに生活なんて出来ない。

 我ながら情けないと思う。イリスには俺がいなければ生活できないと思わせたい、その傲慢さを受け入れたつもりなのに。

 このままじゃ、本当に俺なんていらなくなる。


「やっぱり、魔力の使い方を見つけないと。ニアが教えてくれた効率的な魔力回復方法があれば、もっとイリスを支えることが出来るんだ」


 魔力の使い方なんてわからない。

 全身に力を入れても、物に触れても、何か違いを感じることはない。そもそも、魔力なんて感じない。

 本当に俺にも魔力なんてあるのだろうか、本当はそんなもの存在しないんじゃないか。


「クソッ!」


 壁に頭を打ちつけた。

 額にじんわりと痛みが広がっていく。

 血や唾液にも魔力は含まれている。髪の毛一本にも、爪の先にも、全部あるはずなのに魔力を感じない。


「戻ろう、イリスに着替えを届けないと……」


 夜の街を歩く。

 薄暗い街灯が照らす石レンガの通路はゴツゴツとしていて少々歩きにくい。

 転びかけながら実験室出張所までたどり着き、合鍵を使って部屋に入る。

 薄暗い部屋の中、イリスが机にもたれ掛かりながら眠ってしまっているようだ。


「そんなとこで寝てると体痛めるぞ、こっちこい」


 イリスの肩を揺らし、近くのソファへ移動を促す。

 無垢な寝顔を見せて寝息を立てるイリスを起こしてしまうのは申し訳ない気持ちになる。

 イリスは今、どんな気持ちなんだろうか。

 本当は英雄の孫じゃない、育ててくれた人の背中を追ってアトリエまで来た。それでも自分に正直で、自堕落に生活をしたくて俺をこの世界に召喚した。

 俺はイリスの夢を応援すると約束した、だからイリスが自堕落に夢を追いかけられるよう支えていくつもりだった。そうして、この街までやって来た。


「俺は、お前に何もしてやれないな……」


「……違うよ」


「イ、イリス! 起きてたのか……」


 イリスが机から顔を起こした。


「アイトはいつもあたしのために何でもしてくれるから、ずっと無理してるんだろうなって思ってた」


「別に無理なんてしてない……」


「ウソ、本当はあたしのために頑張らなきゃって思ってる」


 図星だ。返せる言葉が見つからない。

 イリスは立ち上がり、俺に迫る。


「どうしてアイトはそこまでしてくれるの? どうしてこんなあたしを応援したいって思うの?」


「それは……」


「アイトはおかしいよ、自分を犠牲にしてまであたしを養う必要なんてないのに。あたしはアイトに何もしてあげられないのに、そこまで無理する必要はないんだよ?」


 違う。俺はただ、繰り返したくない後悔をイリスに重ねているだけなんだ。もう二度と同じ過ちをしたくない、だからイリスを支えたいと願った。


「……俺は、過去に大切な人を亡くした。その後悔を、出来なかったことをお前にしてやりたかった」


「え……」


「ドン引きだよな……。重いだろ、流石に気持ち悪いよな」


「そんなことない! あたしはアイトがいてくれたから変われたんだよ! アイトのおかげでここまで来れたんだよ……!」


「俺はお前を支えることで自分を満たしているんだ。それがお前の重荷になるなら、俺がお前の役に立てないなら、俺は俺を必要としない」


「あたしはアイトが必要なの! もう、アイトじゃなきゃ嫌だもん! 絶対に帰してあげないんだから……」

 

 イリスが俺を離さない。

 がっちりと掴まれて身動きも取れそうにない。


「だけど、俺がお前に出来ることはもう何も無いんだ。商業祭だって、お前に頼りきりになる」


「なら頼ってよ! 勝手に一人であたしの役に立とうだなんて思わないで。あたしはちゃんとアイトのことを必要としてるから!」


 イリスは俺の服に顔を埋めたまま声を荒げた。

 袖を強く掴まれ、服にシワが出来てしまっている。

 そうか、俺は勝手にイリスの役に立とうと抱え込んでいたんだ。もっとイリスを信じてやるべきだった。


「……わかった。さっきから強く掴まれて苦しいから放してくれ……」


「あ、ごめん……」


 イリスが俺を放した。

 ここからだと帽子に隠れて表情は見えない。


「使い所が無いなら使い所を作るんだよね? だから、あたしがアイトを使えるようにする! あたしがアイトの使い所を作ってみせる!」


「なんだかバカにされているような気がするな……」


「今のところアイトが使い物にならないのは事実でしょ! 素直に認めてよねっ!」


 手厳しい言葉だ。だが、その言葉に救われた気がする。

 俺は使い物にならない。だから必死で足掻くのではなく、信頼できる相手に託すんだ。

 そして、今度はイリスが俺を支えてくれる番だ。俺はイリスの思いを受け取って、自分に出来ることを見つけてみせる。


 信用は互いに歩み寄って得られるものなんだ。


閲覧ありがとうございます。

ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。

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