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[35]引きこもり魔女と商業組合Ⅲ


 俺たちは街の中心街に戻り、ファラの案内で石とレンガで建てられた三階建てのアパートのような建物を前にする。

 そこは古びた外装で、あまり手入れがされていない様子だ。建物に入ると、埃っぽい空気が漂って息苦しく感じる。

 階段を登り、二階の突き当たりにある部屋の扉を前に立つと、ファラは懐から鍵を取り出して扉を開けた。


「ここは商業組合(トレーダー)長から借りた部屋や。自由に使ってええらしいで」


 内装は木造で、窓はあるものの外の光がほとんど入らず薄暗い。

 広めな部屋の大部分を大きな箱が占領していて、掃除もあまり行き届いていないようだ。

 急遽、この部屋を用意したことが伺える。


「何だか荷物がいっぱいだね……」


「これはイリスちゃんのためにウチが用意した荷物や、開けてみぃ」


 ファラの言葉を受けてイリスと一緒に荷物を開梱する。


「これって……」


 箱の中には、イリスが普段から実験室で使っている研究棚に似た机が入っていた。


「この部屋をイリスちゃんの実験室する。そのために、使うてたものと似たやつを揃えてみた」


 なんて粋なサプライズだ。イリスの実験室出張所がこんなところに出来るなんて。


「ウチには場所を用意するぐらいしか出来ひんけど、イリスちゃんの夢のためなら何でも協力するつもりや!」


「ファラ……!」イリスとファラが抱き合っている。


 商業祭で何をするかはまだ決まっていない。

 だが、こうしてイリスの実験室が再現できることで、選択肢の幅は広がった気がする。

 アトリエに戻る時間も無い以上、ここで決断をする必要がある。


「しかし、この荷物を全部開けて部屋に配置するのはなかなかに骨が折れるな……」


「それなら私が──」「あたしに任せて!」


 イリスはニアを遮って懐から本を取り出した。

 本を開いてページを破り、部屋全体に向けて切れ端を掲げた。

 切れ端が光を帯びると、部屋全体が揺れているような感覚が襲ってきた。


「なんやこれ、すごぉ……」


 次々と荷物が開梱され部屋に家具が設置されていく。

 まるで家具が自分の立ち位置を知っているかのように忙しなく動き、やがて見たことのある部屋の配置に落ち着いた。


「これって、まさか……」


「そう! あたしの実験室(アトリエ)の配置だよ!」


 目の前にはイリスの実験室と同じ配置をした部屋が広がる。所々にごちゃこちゃと物が散らかっているのも完全に再現されていて、部屋をまるごと持ってきたかのような印象を受ける。


「おばあちゃんの魔術書とかはないけど、似たような感覚で部屋を使えるのは嬉しいかも!」


「そもそも、今の魔術は何だったんだ? どうして家具が勝手に動いたんだ?」


「あたしが実験室の配置を記録した魔術を保存してたの。これを使えば、家具の位置を勝手に整えてくれるんだよ!」


「そんな便利なものがあったのか。しかし、どうしてあの辺はぐちゃぐちゃしてるんだ?」


 俺は研究棚の近くに積み上がった本の束を指差す。


「あたしにとってはあれで整ってるの! ぐちゃぐちゃなんてしてないんだよ!」


 そうか、これはあくまで記録したイリスの実験室を再現しているのであって部屋を綺麗にする魔術では無いのか。

 しかし、綺麗な部屋を記録しておけば掃除する手間も省けるし便利かもしれない。


「私の出番は無かったな……」


 ニアが部屋の隅で膝を抱えて落ち込んでいる。

 力仕事はニアの出番だったが、こればかりは仕方がない。


「やっぱイリスちゃんの魔術はすごいなぁ! この痒いところに手が届く感じがウチ好きやねん」


「あはは……」


 言い得て妙だな。イリスの魔術は実用性というより利便性が高い。まるで便利グッズみたいな魔術だが、これのおかげで助かっているのも事実だ。


「実用性のあるイリスの魔術か……何かあるか?」


「アイト、それってあたしの魔術が使えないって言ってるのと同じだよ」


「違うって! 商業祭は何を売ってもいいんだろ? それなら、イリスの魔術で実用性のあるものを作れないか?」


「せやな、それはウチも思うとった。イリスちゃんの便利な魔術で誰かの役に立たせるんや」


「そこが難しいんだよ……いくら便利でも使い所が無いと意味がないよ」


 それもそうだ。以前からイリスの保存魔術は凄いと評価してきたが、如何せん使い所がない。

 魔力が無くても簡単に魔術が使えるからと言ってどこでそれを使うのかが問題だ。


「使い所が無いなら、使い所を作ればいい」


「え?」一同が揃う。


 ニアが会話に入ってきた。使い所を作る?

 それは魔術を改良して使い所を増やすってことか? それとも火のないところに火を放って問題を起こそうってことか?


「そうや、使い所を作ればええんや! さすがニアちゃん賢いわ!」


 ファラがニアの頭を撫でている。

 ニアも撫でられやすいよう自ら中腰になっているのがなんともシュールだ。


「あの、使い所を作るって言っても俺にはよくわからないのですが……」


「せやから、何もイリスちゃんの魔術だけで勝負する必要はないんや! イリスちゃんの魔術を使う場所を作るために、もう一個違うことをするんや!」


「もう一個、違うことをする?」


「せや、人に物を買わせるんには状況を想像させるんが一番や。これがあったら便利、これが無いと不便っちゅうんは買う本人に想像させなアカン」


 そう言えば、通販番組で『これはイメージです』といった再現映像を見ることが多い。つまり、客に商品を使う想像をさせて購買意欲を高めようって話か? となると、実演販売とかになるだろうか。


「せやけど、便利・不便っちゅうのは状況を選んでまうねん。要するに、これが無いとアカン! っちゅう状況が必要やねん」


「イリスの魔術が必要になる状況を作る……それなら実用性も利便性もクリアできる!」


「アイトくんもわかっとるやん! イェーイ!」


「イェーイ!」ファラとハイタッチする。


「でも、それってどんな状況なのかな……?」


「あ」


 問題はそこだ。何をするか、何をすればイリスの魔術が必要になるのか。まだまだクリアすべき課題は満載だ。


「やはり、ここは私の出番だな……!」


 ニアが鼻の下を擦りながら前に出る。


「ニア、お前に何か秘策があるのか!?」


「おぉ! なんやニアちゃんごっついわ!」


 ぎゅるるるるるる……。


「うむ! 腹が減った!」


「おぉい! ウチの感動を返してぇな!」


 ニアの腹の音で気の抜けた俺たちは食事をすることにした。

 このイリスの実験室出張所にもキッチンが備わっていて、おおよその調理器具や食材もファラが用意してくれていた。


「しかし、ここは街なんだから外で食べた方が早くないか?」


「甘いでアイトくん、ウチはこの部屋のもん揃えんので財布すっからかんや! なんなら商業組合(トレーダー)長にツケてる!」


 いや、流石にそれは心配になる。

 そこまでして俺たちを支援してくれるのはありがたいが、こっちとしても心が痛い。

 そう言えば、お金で思い出したがニアにお金を借りていたっけ。


「ニア、昨日はお金を貸してくれてありがとう。しかし、あのお金をほとんど使ってしまったが大丈夫だったか?」


「む……? あぁ、あれか。気にするな、私の金じゃない」


「え」


 ニアの金じゃない?! なら誰のお金だったの!?

 もしかして俺、知らない人のお金を使い込んじゃったりしてない!?


「アイト〜あたしもお腹すいたよ〜」


 クソ、次から次へと状況が重なって混乱しそうだ。

 こうなったら料理に集中して気を紛らわすぞ!

 まずはキッチンに立って気合いを入れる。


「よし、やるか……」


 キッチンはイリスのアトリエにあるものとは少し違う構造をしているが、変わらず薪に火を起こすタイプだ。

 この世界に電気やガスが整備されているわけもなく、火打石を使って火を点ける必要がある。

 俺にも魔力の使い方が分かるなら火打石すらいらないだろう。ニアに教えてもらった効率的な魔力の回復方法すら実現できない俺にはどうしようもない。

 こんな俺にも出来ること、この世界にはあるのかと不安にさせられる。どうにかして、見つける必要がありそうだ。


閲覧ありがとうございます。

ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。

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