[34]引きこもり魔女と商業組合Ⅱ
「あ、あたし、誰にも真似できない特別な魔術が使えます……!」
イリスが声を上げた。
「あたしの魔術であなたたちの活動を支援できないでしょうか……!」
「確か、魔術を保存する魔術。だったかな?」
やはり、イリスの魔術についても知っているか。
イリスの魔術『エンチャント:魔術保存』は、特定の手順だけであらかじめ保存した魔術を使うことが出来るというもの。
人を選ばずに誰でも魔術が使えるようになるが、回数はたった一度きり。
イリスの場合、魔術書のページに一枚ずつ仕込むことで回数をストックしている。全てを使い切ってしまえばまた新たに補充する必要がある。
「素晴らしい魔術だというのは聞いているよ。だけど、それは現実的じゃないね」
「え?」
「イリス君が言うには、自分の魔術を使って私に貢献するから支援をしてくれってことだろう? しかし、そこで私がキミたちの夢を考慮するとでも? キミは支援してもらうために自分の夢を諦められるのかい?」
「え、それは……」イリスが困惑する。
確かに、ミリアさんの言う通りだ。
俺たちが商業組合の支援を必要としているのは夢を叶えるためだ。
イリスの魔術を対価にすればミリアさんの要望は満たせるかもしれない。しかし、それではイリスがミリアさんのために力を尽くすことになる。ミリアさんが俺たちの夢のために歩み寄ってくれるとは考えられない。……良くて利用されて終わる。
「残念だが、私は感情で物事を判断することが出来ないんだ。商売と言うのは、価値の見合うものを互いに提示することで成立するものだからね」
「それじゃあ……」
「勘違いしないでくれたまえ、キミの魔術は非常に興味深い。その点では価値がある。だけど、それだけではキミの夢を叶えるための支援はできないと言っているんだ」
ここで重要になるのは、俺たちの生活の中でミリアさんを説得する手段がないことだ。
ミリアさんが俺たちを支援して得られるメリット、ミリアさんに直接返すことのできるもの……。
「……やっぱり、俺たちに提示できるのは将来的な発展ぐらいしかない」
「では、その不確実なものに投資をしろと? 結果が出るまで待ち続けなければならないのかい?」
不確実なものか、それだけはアンタに言われたくないな……。
「だったら言わせてもらう! アンタには未来が視えているんだろ? 本当に未来が視えているなら不確実かどうかはわかるはずだ! 単純にアンタはビビっているだけ、未来なんか視えちゃいねぇ!」
「ふふっ、おもしろい。だが、そのような挑発は無意味だよ」
ミリアさんは立ち上がってこちらに背を向けた。
「そもそも、キミたちは根本的な誤解をしている。これは対等な立場で交渉をする場所じゃない。キミたちが私にできることなんて最初から知っていたのだからね」
「なんだって?」
「ここはキミたちから私にお願いをする場所だ。私から歩み寄る必要はないんだよ。そして、キミたちには私の一方的な提案を呑んでもらう」
ミリアさんは振り返り、こちらに不敵な笑みを見せる。
「キミたちには近く開催される商業祭の顧客評価で優勝してもらう。それを達成できた暁には、キミたちの支援を約束しよう」
「商業祭の顧客評価で優勝……?」
「手段は問わないし、何をしてもかまわないよ。勿論、倫理観は大事にしてね」
「し、しかし商業組合長! それは流石に……」
「無理かなぁ? でも、仕方がないよね。それとも、支援を諦めて帰るかい?」
未来が視えているってのはこういう意味か。最初からこうなることを想定して話を進めていたんだ。
俺たちのことはファラから聞いて把握済み、俺に話を振って真偽を確かめていただけだった。
信用のくだりも俺に嘘をつかせないようするか、動揺させて追い込まれていると錯覚させるため。
それにメリットを得るのが目的なら、イリスの提案を呑めばいい。わざわざ俺たちのデメリットを教えてまで拒否する必要はなかったはずだ。
「本当に詐欺師だなアンタは……」
「それは商売上手という意味かな? 誉め言葉として受け取っておくよ」
よく言うよ、自分からここは交渉の場所じゃないって言っていたくせにな。
しかし、完敗だ。俺たちはこの人に従うしかない。でなければ、イリスの夢は叶えられない。
「……お願いします。条件を達成できたら俺たちの支援を約束してください」
「うむ、いいだろう。約束しよう」
俺はミリアさんに頭を下げる。
これで、商業組合から支援を受けるためには商業祭で結果を残さなければいけない。
複雑な心境だが、一歩前進したと思えば気は楽になるだろうか。
数十分後、建物を出た俺たちは埠頭の岸にいる。
ニアと合流して四人で物思いに耽っているところだ。
「……あの人の言葉、何だかあの場所にいた全員に向けられていた気がする」
イリスが意味深な言葉を呟く。
「せやな、商業組合長は不思議な人や。ウチらがホンマに信頼できる関係なんかを計ろうとしてるようやった」
そうなのか、俺はてっきり自分のことばかりを考えていた。
「商業祭で結果を残せば支援を受けられるのだろう? そこまで難しく考えることなのか?」ニアが思考する。
「ちゃうねん、問題は『顧客評価で優勝する』ことや。売り上げでも販売数でもない。ウチらの店を利用したお客さんが満足せなアカンのや」
「つまり、客からの信用を得る必要があるな。誠実に信用を得るか、嘘をついてでも信用を得るか。……だから、あの言葉を無理やりぶっこんできたのか」
こうなることも全部予測済みか、本当に未来を視てやがる。
もしも、イリスが英雄の孫であることを武器にするならば簡単に評価は得ることが出来るはずだ。
しかし、同時に疑われる覚悟が必要になる。その疑いを晴らす証拠も根拠もない以上、それは使えないのだとあらかじめ釘を刺してきたんだ。
「それならばどうする? 商業祭まで日は少ない。早く準備をする必要があるぞ」
「そもそもなんだけど、商業祭って具体的にどんなものだっけ?」イリスがおどけた様子で話を振る。
言われてみればそうだ。
ニアからは軽く説明を受けていたが詳しい話は聞けていない。
ここまでずっと考えすぎていて忘れてしまっていた。
「商業祭がこの街で一番大きい祭りなんは知っとるやろ? 表向きは多くのお客さんに感謝を伝える祭りなんやけど、ホンマはこの街で誰がごっつい商人かを決める祭りでもあんねん」
「ごっつい商人……?」イリスが首を傾げる。
「要はこの街の『商人最強決定戦』ってワケや。この祭りで結果を残せば商人の評価も上がる。そうすれば、地方だけやなくて帝国といった都会や世界に向けて商売ができる機会が増えるっちゅうワケや」
「その、祭りでは何をしてもいいのか?」
「おん、商売に関することなら何でもええ。お客さんが金を払って、店がサービスを提供する。その構図が成立すれば特に縛りはない。せやけど、過去に押し売りとかぼったくりで失格になった奴がぎょうさんおったから、ちゃんとした健全な商売が大切やな」
本当にお祭りなんだな。
だからこそ、顧客評価を得るのは相当に難しいだろう。利用した人すべてが満足するとは限らない。
ましてや、俺たちみたいな商人でもない二人がいきなり優勝なんてハードルが高すぎる。
「アイトくん、そない緊張する必要はないで! さっきまでウチもへこんどったが、あくまで顧客評価を得ることが大事なんや。最強の商人を目指しとるわけやない。それに、ウチらも協力するんや! もっと胸張ってええで!」
ファラは俺を見て励ましてくれた。
本当に頼りになる存在だ。ファラたちがいてくれて助かる。
「それで、あたしたちはどうすればいいのかな? 商売って言っても何をしたらいいかわかんないよ……」
「それをこれから考える! ウチにひとつだけ考えがあるんや!」
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