[33]引きこもり魔女と商業組合Ⅰ
船を通して多くの積み荷が運び込まれる埠頭、その中でひと際大きくそびえ立つ五階建ての建物。
ここは商業組合港支部。俺たちの目的の場所だ。
「なんだかドキドキしてきた……」
俺とイリス、ファラとニアの四人で施設の入り口に立っている。
ここに来た理由はただひとつ、商業組合長にイリスの支援を交渉するためだ。
具体的にどんな話をするかは何も考えられていない。交渉の武器になるのは、イリスには『竜痣病の治療ができる』というものだけ。だが、それは唯一にして最強の武器になる。
あとは理由とこじつけだ。自らの望む結果を得るためには多少、脚色を加えるのも必要になるだろう……。
「お待たせ。話は事前に通してある、あとは中に入るだけや」
ファラが施設から出てきた。しかし、ファラもどこか緊張しているようだ。
そこまでに商業組合長というのは威厳のある存在なのだろうか。
まぁ、会社の社長に直接交渉を申し込むのと同じだしな、むしろ緊張して然るべきだろう。
施設の一階は集荷受付のようだ。ここから各地に向けて物資が運ばれるのだろう。
ファラに連れられて階段を上っていくと、広々とした廊下が現れた。
廊下には赤い絨毯が敷かれ、その先には大きな扉が重々しく佇んでいる。
「私はここまでだ。ここから先はファラとキミたちで進んでくれ。幸運を祈る」
「あぁ、ありがとう」
扉を前に息を呑む。
ニアは階段の隣に立ってこちらに向けて頷いた。
コンコンコンコン!
「失礼します!」ファラの張った声が響く。
「入りたまえ」部屋の中から声が返ってきた。
ファラが扉を開けて進み、俺とイリスはそれに続いて入室した。
商業組合長と思しき人物はこちらに背を向けて座っている。
室内は広々として物の少ない殺風景な場所だ。赤い絨毯と社長机、その他は観葉植物程度だ。
「商業組合長、お話してた二人をお連れしました」
「ご苦労。トノサキ・アイト君と、イリス・アークライト君だったね」
商業組合長が椅子を回してこちらを向いた。
「あ、あんたは……!?」
そこには、夜に小さな港で出会った酔っ払いのお姉さんの姿があった。
「私はミリアだ。ミリアノーム・ヴァイオレット、商業組合の長だ」
ミリアと名乗るあの日のお姉さんは商業組合長だった。
机に肘を乗せ、両手を組み合わせながらこちらを見ている。
あの時、俺の名前を知っていたのはこれが理由か。事前にファラから聞いていたのだろう。
「アイト、この人と知り合いだったの?」
「あ、あぁ、まぁな……」
流石に酔っぱらっているところを絡まれたとは言えない。
何より、目の前にいるミリアさんはあの時とは全く印象が違う。
まるで別人を見ているような、別れ際に見せたあの雰囲気が本当の姿だったってわけだ。
「話は聞いているよ。イリス君は優秀な魔術師なんだってね」
「あ、ありがとうございます……」
あの日会ったミリアさんと、今目の前にいるミリアさんが同じ人物なら警戒する必要がある。
この人は何を考えているか分からない。つまり、この交渉が難航することを意味している。
未来が視えるとか言ってインチキを仕掛けてきた人だ、一筋縄ではいかないだろう。
「確かイリス君は、竜痣病の治療が出来るらしいじゃないか」
「!」
こちらが持っている最強の手札を早速使わされた。
流石にファラから全部聞いて把握済みってわけか。
ファラも申し訳なさそうな表情をしている。これなら隠し事は出来ないな。
「それで、私たち商業組合に支援をしてほしいと、そういうことだね?」
「ああ、あなた達の力があれば、イリスはもっと多くの人を救うことが出来るはずだ」
「ふむ、ならば何故私たちでなければならない?」
商業組合でなければならない理由? そんなもの俺には……。
「私たちは商人だ、魔術の先生じゃない。竜痣病の治療に魔術を使うならば尚更に、魔術学校に行った方が身のためだと思うけど」
そんなことを言われても理由なんか無いに等しい。正直、ファラの言葉を受けてここに来ただけだ。
やはり、何かしら理由をこじつける必要はありそうだ。
「確かにあなたの言う通りだ。だが、俺たちには夢がある。その夢は魔術学校なんかじゃ叶えられない」
「ほう?」
「イリスはこの世界を救った英雄の孫だ。今住んでいるアトリエはその英雄が使っていた場所、そこには英雄の遺した魔術が眠っているんだ。イリスは英雄の魔術を広めるために努力している。そのために、俺たちの生活をあなた達に支えてほしいんだ」
「なるほど、竜痣病の治療だけが理由じゃない。根本には、英雄の魔術を広めたいという目的があったのだね」
上手く伝わったようだ。理解を得られているようだし、何とかなるかもしれない。
「だけど、イリス君が英雄の孫だという証拠はあるのかい? 根拠はどこにある?」
「そ、それは……」
証拠も、根拠もない。
俺だって昨日突然に『イリスが捨て子だった』事実を知ったばかりだ。
イリスが嘘をついているとは思えない、本当に英雄に育てられて最強の魔女を目指しているはずだ。
だけど、それを示す証拠は今のところ何もない。
「ウチが保証します!」
ファラが声を上げた。
「イリスちゃんは本当に英雄の孫です、ウチはイリスちゃんの魔術を見てそう確信しました!」
「ファラ……」
「そうか、ファラがそこまで言うのならば信用しよう」
「待ってくれ、イリスが本当に英雄の孫かなんて今は関係ないだろ? 問題は、イリスの夢が英雄の魔術を広めるためで……」
「アイト君。信用っていうのはね、お互いに理解して初めて成立するんだよ」
「それは……」
俺がファラに初めて会った時に言われた言葉だ。
あの時の俺は、人を疑って理解しようとしていなかった。結果、誰も信用できなくて誰にも信用されなかった。
「覚えているかな、アイト君。私には未来が視える。隠し事は出来ないよ」
「未来が視える……?」イリスが呟く。
「嘘を付けば信用に傷がつく。傷のついた信用では、誰にも信じてもらえなくなる。例え、最後まで隠し通せたとしても、嘘のためにまた新たな嘘を重ねていく必要がある。そこまでして手に入れたい信用って、何なのかな?」
まるで俺が嘘をついているような言い分だ。
ここまで俺は嘘をついたつもりはない。本当のことを言っているつもりだ。
信用してもらうために必要なこと、それはありのままのことを話すことじゃない。
相手の得たい情報をどれだけ開示して互いに歩み寄るかだ。
それが互いの理解に繋がり、互いの信頼になる。そのために、俺に出来ることは……。
「すまないね。今のはただ意地悪をしたくなっただけなんだ。気にしないでくれ」
ミリアさんは笑みを溢した。
「しかしアイト君、ひとつ大事なことを忘れているよ?」
「大事なこと?」
ミリアさんは再び重々しい雰囲気でこちらを見る。
「キミたちを支援するとして、私たちに何のメリットがあるのかな?」
メリット? それは、イリスを支援すれば多くの人に魔術が広まる。
イリスの魔術を使えば多くの人が救われるかもしれない。それがメリットになるんじゃないのか?
「言ったよね、私たちは商人だ。顧客とのギブ&テイクが私たちにとって最も大事なんだ。支援団体じゃないんだよ」
「だから、俺たちを支援してくれるなら世界の人々を救えるはず……」
「いいや、世界の人々が救われようと私には関係ない。キミたちは私に直接、何を返せるんだい?」
そんな、商業組合は世界のためにあるんじゃないのか? ファラだってそう望んだはずだ。
それなのに、ミリアさんはそう思っていない。これじゃどうやって説得しろって言うんだ?
「あ、あの……!」イリスが声を上げた。
「どうしたんだい、イリス君」
「あ、あたし、誰にも真似できない特別な魔術が使えます……!」
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