表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/51

[32]引きこもり魔女と外に出るⅣ


 俺とイリスはニアの案内で街を散策していた。

 しかし、突如現れた帝国騎士団のレイリと名乗る男にニアが連れて行かれてしまった。

 俺はイリスと市場の人混みの中に取り残された。


「ど、どうしようアイト! ニアが連れて行かれちゃったよ!」


「あぁ、だけど心配する必要はないさ。あのニアがそう言うんだ、きっと大丈夫だ」


 俺はイリスの手を握っている。

 イリスの手が小刻みに震えているのを、ここに来るまで何度か感じていた。

 やはり人混みが怖いのだろう。ずっと引きこもりで外に出ることも無かったし、ここまで多くの人を目にする機会もなかったんだ。

 それに、村で起きた出来事もある。人の視線、いつ自分に危険が訪れるか……。

 イリスは明るい性格でいつも飄々(ひょうひょう)としているが、内心はひどく怯えてしまっているのかもしれない。


「そうだイリス、お前に見せたい場所があるんだ」


「見せたい場所……?」


 少しでもイリスの息抜きになれば良い。

 俺はイリスを連れて市場を抜け、海を望む小さな港までやって来た。


「うわぁ! すっごく綺麗!」


 キラキラと陽が反射する海面、穏やかな波と共に潮の香りが吹きつける。

 夜に見た景色とは一転して、遠くの水平線までくっきりと見えるこの景色は圧巻の一言だ。

 人通りも少なく、ゆっくりするには最適な場所かもしれない。


「でも、なんでここに港があるって知ってたの?」


「え? あぁ、昨日散歩してたらたまたま見つけたんだよ……」


 流石に、ここで酔っ払いのお姉さんに絡まれていたとは言えない。


「ふーん。でも、こんなに広いんだね、海って」


「見たことないのか?」


「小さい頃に一度だけ。でも、あんまり覚えてないんだよね」


 イリスの小さい頃……。全く想像がつかない。

 そういえば、イリスはいつ頃からあのアトリエで暮らし始めたのだろう。

 オッサンから聞いた感じだと、ここ二、三年くらいだろうか。それまではどんな暮らしをしていたのだろう。


「なぁイリス、小さい頃はどんなやつだったんだ?」


「え? あたしの小さい頃かぁ……」


 イリスは考え込むようにして頭を捻り出した。

 俺が近くのベンチに座ると、イリスも続くように隣に座った。


「それも、あんまり覚えてないんだよね」


「そうなのか?」


「うん、あたしって捨て子だからさ」


「え?」


 イリスが捨て子? どういうことだ?

 だって、イリスは英雄の孫娘なんだろ?


「待て、確かオッサンが『イリスはお祖母(ばあ)さんに似ている』って言ってただろ!?」


「あー、あれね。きっと本当に似てたんだよ思うよ。あの言葉を聞いた時、すごく嬉しかったなぁ」


 全く話が見えない。

 イリスは英雄の孫で、最強の魔女を目指してアトリエで魔術の研究をしている。

 それなのに、実はイリスは捨て子で拾われていたってことか? イリスの両親は? どうやって育ったんだ?


「あたしね、おばあちゃんに拾われたらしいの。物心がついた時にそう聞かされて、さすがに親子って歳じゃないからあたしは孫になった。さっき、小さい頃のことを覚えてないって言ったのはそれが理由」

 

「そうだったのか……」


「おばあちゃんと一緒に別の場所で暮らしてたけど、普通の暮らしだったよ。おばあちゃんがいなくなって、あのアトリエに来てから真面目に魔術を勉強するようになったし」


 これまでで一番衝撃的な事実だったかもしれない。

 イリスは少々、隠し事をしたがる節がある気がする。聞かれなかったから答えなかった、そんな気持ちを感じることが多い。


「ねぇ! アイトは? どんな子だった?」


「俺か? そうだな……」


 話を逸らされた気がする。

 俺はまだまだイリスの多くを知らない。あまり詮索されたくないのだろうか。

 でも、俺も人のことをとやかく言えない立場だ。

 言いづらいことなんて、誰にでもある。


「おやぁ? またキミかい?」


 突然、背後から高らかな男の声がした。

 さっきの変なやつ、レイリとかいう奴だ。


「キミはニアさんの何なわけ? どうしてキミみたいな()()が彼女と一緒にいられるんだい?」


 また面倒な奴と出会ってしまった。

 しかし、こいつはニアを連れてどっかに行ったはずじゃなかったのか?

 あのゾロゾロと引き連れた鎧の集団もいないようだし、仲間はずれにでもされたのか?


「おや? ()()()可愛らしいお嬢さんをお連れかい? 全く、なんて節操のない男なんだ……」


「むっ……」


 イリスが『あたしも一緒にいました』と言わんばかりに顔をムスッとさせた。

 俺の後ろにいたせいで気づかなかったのだろうか、もしかしてこいつ相当なマヌケなのでは?


「ボクは帝国騎士として、この街の風紀を正す役目を担っているんだ。キミのような汚らわしい存在を許すとでも思っているのかい?」


 いちいちうるさい男だ。

 こういう訳の分からないケンカの吹っかけ方しか知らない奴は無視するに限る。相手にするほど無意味だ。


「……っ!」


「あっ! おいイリス!」


 途端にイリスが立ち上がってレイリを睨みつけた。


「……なんだいその目は? このボクに向かってそんな目をしちゃあいけないよ子猫ちゃん」


 イリスはふるふると体を震わせつつレイリを睨み続ける。

 そんなイリスを前に、レイリは距離を詰めた。

 流石に放っておくわけにはいかない。


「おいコラ、お呼びじゃねぇんだよ。とっとと失せなヒョロハゲ」


「ヒョ、ヒョロ……」


 俺はイリスとの間に立ち、レイリを睨みつける。

 イリスがこいつに怒るのも無理はない。だが、それはきっと俺のために怒ってくれているのだろう。

 何も言わずにじっと座っている俺に代わって反抗する意思を示してくれたんだ。

 勇気を出して、イリスは立ち上がったんだ。


「ほ、ほぅ? 意外と根性があるじゃあないか。しかし、ボクはキミに構っている暇はないのさ」


 レイリは後退りするように俺たちから距離を取った。


「ボクはニアさんを存分にもてなすため、高級な食材の調達に向かう途中なんだ! そこに、キミという忌々しい男が目に入ったせいで危うく予定が狂いかけた!」


 なんだ、買い出しのパシリにされていただけか。

 俺を見つけて突っかかってくるのも、ただのもらい事故だし普通に迷惑なんだが。二度と会いたくない。

 しかし、この様子ならニアも無事そうで何よりだ。


「それでは失礼するよ! 怪我をしなかっただけボクに感謝したまえ!」


 するかアホ、とっとと消えろ。

 レイリはこちらに背を向けてそそくさと去って行った。


「……ふぅ」


 イリスは緊張の糸が解けてベンチにうなだれる。


「ありがとなイリス、俺のために怒ってくれたんだろ?」


「そ、そんな! アイトもあの変な人と一緒で勘違いしすぎだよ! あたしは自分のことを馬鹿にされたから……!」


 俺はベンチに座り、イリスの頭に手を置く。

 イリスは魔女の帽子を被っているから正確には帽子の上だ。


「イリスの勇気で俺も勇気をもらった。だから俺も立ち上がれたんだ、イリスのおかげだよ」


「……ずるいよ、いつもアイトばっかり」


 イリスは顔を膨らませてそっぽを向いている。

 いざというときの勇気、そこだけはイリスに敵わない。

 血が繋がっていなくとも、英雄の心意気はしっかりと受け継いでいるのだろう。


 ぐぎゅるるるるる。


「……ごめん、気を抜いたらお腹なっちゃった」


「ふっ……、よし、それじゃなんか食べに行くか!」


 イリスの手を取って立ち上がる。

 俺はイリスを側で支えてやると約束した、だからこの手は離さない。

 

「そうだ、さっきニアからお金をたんまり貰ったんだ。これ、全部使ってもいいってさ!」


「おぉ!」


 市場でニアと別れた際に手渡された財布と思しき小包。中身はこの世界の通貨でぎっしりだ。

 ニアのものだろうか、流石に全部を使うのは忍びないがありがたく使わせてらおう。


「串焼きが気になってたんだ! はやくいこっ!」


 イリスは調子を取り戻したようで、今度は俺を引っ張って市場に向けて歩き出した。

閲覧ありがとうございます。

ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ