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[27]引きこもり魔女と意思疎通Ⅲ


「アイト、ごめんなさいは?」


「はい、大変申し訳ございませんでした……」


 俺はリビングで仁王立ちするイリスを前に正座をしている。

 不慮の事故とはいえ、女の子が入浴している現場に立ち入ってしまったのだ。

 しかし、どうしてイリスとファラが入浴していたんだ? そっちの疑問の方が勝ってしまう。


「すまない、遅くなった」


 しばらくイリスからの叱責に耐えていると、ニアが浴室の扉を開けて姿を現した。


「変ではないだろうか……少し小さかったかもしれない」


 ニアは俺の服を着ている。

 渡したのは七分袖でゆったりとした無地のシャツのはずだったが、俺の目がおかしいのだろうか。

 胸に携えた二つの大きな膨らみが主張してシャツの丈を短くしている。

 ズボンも裾が長めのものを選んだつもりだったが、足の(すね)が見えてしまっている。

 結論を述べよう。ニアのスタイルが良すぎる。鎧で着やせするのか……。


「あまりジロジロ見るな……恥ずかしい」


 それは流石に無理な相談だ。

 男物の服を着ているのにニアのスタイルを隠しきれていないのだ。

 暴力的な()()を、見るなと言う方が難しい。


「ニアちゃんってば急にどないしたん?!」


「アイトの手伝いをしたいんだ。だがそれには、鎧を脱げと言われて……」


 イリスとファラから軽蔑の視線が俺に向けられる。


「いや、しょうがないだろ!? 流石に鎧の姿じゃキッチンには立てないって!」


「ふーん、アイトってそういうシュミなんだ……」


「もうやめて! 俺のライフはゼロよ!」


「アイト、キミの手伝いをしたかったのには他にも理由がある」


 理由? それって、俺に料理を作らせてばかりで気が引けるからってことだけじゃなかったのか?

 また別に違う理由でもあるのだろうか。


「先程、私は特殊な魔力の使い方を見せた。その影響で魔力の消費が大きいことも理解しただろう」


 ニアはキッチンまで移動すると、食料棚を見やる。


「私は常に魔力の消費と戦っている。であれば『どのように効率よく魔力を補給するか』が肝心になってくる」


「魔力の効率的な補給方法……?」


 確か、魔力を補給する方法はいくつかあったはずだ。

 基本は『魔力を含むものを体に取り入れる』こと。特に料理は、食べることで食材に含まれる魔力を取り入れ回復を図る手段だ。


「魔力を多く含むものを食べたからと言ってすぐに魔力が回復するわけではない。体に取り入れられた魔力は、自らの持つ魔力と同じ濃さに調整しなければ使うことは出来ない」


「それって、魔力濃度……だったよな」


「驚いた、知っていたのだな」


 魔力は人それぞれに違った濃度を持つ。魔力で何かをするためには、自分と同じ魔力の濃度に調整する必要がある。

 例えるなら、トランプのババ抜きで、引いたカードの数字を揃えなければ場に出せないようなものだ。


「ならば話が早い。効率的な魔力の補給方法とは、自分と同じ濃度の魔力を断続的に取り入れること」


「同じ濃度を断続的に……」


「そうだ。取り入れられた魔力の調整は体が行う。だが、自分と同じ濃度の魔力ならば調整する必要がなくなる」


 そうか、ババ抜きで常に同じ数字のカードを引けるなら簡単に勝てる。

 それを意図的に起こそうってことなのか。だけど、どうやって?


「日頃、私がやっているのは『食材調理の段階で魔力を調整する』だ」


 ニアは食料棚から一個のジャガイモを取り出すと、その手に力を込めだした。


「私の魔力を流し、このジャガイモに含まれる魔力を調整する。下味を付けるようにな」


 ジャガイモは微かに光を放つ。

 遠目に見たらおそらく、何をしているか分からないほどに地味な光景に見えるだろう。


「だが、これでは『私だけの食材』になってしまう。他の人からすれば、このジャガイモは効率の悪い食材だ」


「なるほど、とてもためになる話だった。俺は今まで、ただ料理を作って食べさせているだけに過ぎなかったんだな」


 まさか、こんな方法があったなんて。

 しかし、ひとつだけ気になっていることがある。

 魔力量は人それぞれに限界があって、限界を超える魔力は取り入れられなかったはず。それは食材も同じなんだろうか。

 無理やり魔力を込めて調整するなんて何故だかスッキリしない。


「まって! それって、竜痣病と同じ原理だ……!」イリスがはっとして立ち上がる。


「なんだって!?」


 言われてみれば確かに、同じような気がする。


「高濃度の魔力を取り入れると外に出る魔力が制限される。すると、蓄積された魔力は濃度が高くなって一定の濃度に安定する。だけど、これが人の場合だと竜痣病になって死に至る……」


 イリスはあごに手を当てて考えているようだ。

 まさか、ここに繋がるなんて思ってもみなかった。


「私も驚きだ。普段何気なく行っていたことがあの病に関係があったとは……」


 この様子だと、ニアも気づいていなかったようだ。

 しかし、竜痣病の原理を応用すれば効率的に魔力を回復することが出来るってことか。

 まさに『毒薬変じて薬となる』というやつだな。


「ま、まぁ! 世紀の大発見ってわけやけど、今はとりあえず置いといてオヤツにせぇへん?」


「そ、そうだね……」イリスが頷く。


 ファラの言う通りだ。

 今はニアと一緒におやつを作ろうとしている最中だ。難しい話はまた後にしよう。

 とは思ったが、またひとつ気がかりなことが俺の中に生まれ出てきた。


「……俺にも魔力って使えるのかな」


「む?」ニアが首を傾げる。


「いや、俺は別の世界から来た存在だし、魔力なんてものを知らずに生きてきたんだ。それがイリスに召喚されて、この世界で生きていく内に魔力とは切っても切れない関係になってきた気がする。そんな俺にも魔力はあるって言うけど、どうやって使うのかすらわからないんだ」


「魔力の使い方を教えてくれ言われても困るなぁ。そんなん、グーッ! 言うてボッ! やし」


 ファラの説明がわかりにく過ぎて困る。


「あたしたちにとって魔力は『生まれてからずっとあるもの』だったし、そう思うのは仕方ないのかも。あたしにも魔力の使い方なんてどう説明すればいいかわかんないよ……」


「そうだよな……」


 呼吸のやり方を教えてほしい。と言っているようなものだろうか。

 当たり前すぎて説明ができない。確かに、感覚的に理解しているものを言葉に表すのは難しい。

 ファラの言う通り、グーッ! ってして ボッ! ってすれば使えるのだろうか。


「アイト、口を開けてみろ」


「え?」


 急にどうした? 口を開けろなんて病院に行った時ぐらいした言われたことないぞ。

 しかし、ニアには何か考えがあるようだ。


「あー」俺は口を開ける。


「失礼する」


 ニアは両手で俺の顔を支えると、おもむろに親指を俺の口に入れて舌をなぞり始めた。


「んっ!?」


「ちょ! ちょっとニアちゃん何してん!?」


 すぐにニアが俺の顔から手を離した。口を離れていく親指には俺の唾液が糸を引いている。

 突然のことで頭が働かない。俺は口に入ってきた異物感でむせ返る。


「ん……」


 ほどなくしてニアが親指をしゃぶり出す。

 その親指はついさっきまで俺の舌をなぞっていたものだ。

 一体何をしているんだ……!?


「に、ニア!? おまっ、なにやって……!」


「魔力は唾液にも含まれている。今ので、私はアイトの魔力を得た。これは、アイトが私に魔力を使ったのと同義だ」


「い、いや! さすがにそれは違うと思うよぉ!?」イリスが大きな声で反論する。


 俺もイリスと同じ意見だ。

 これでは魔力を使ったのでなく、使わされたに近いと思う。それに、何よりも倫理的に問題がある。


「そうなのか……難しいな」


 ニアって相当な天然が入っているのか……? ファラもだいぶ苦労していそうだ……。


「と、とにかく! この話は終わりにしよう! 俺が悪かった……!」


 俺は何とかその場を収めようと奔走した。


閲覧ありがとうございます。

ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。

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