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[25]引きこもり魔女と意思疎通Ⅰ


 今日も俺は朝食を用意する。

 キッチンの窓から臨む晴天の空、暖かな朝日。

 ……とても心地がいい。


「アイトくん朝飯まだー?」


「って、なんでお前らがいるんだよっ!」


「おっ、ええツッコミやん! 朝から景気ええなぁ」


 リビングのテーブルにはファラとニアが着席している。

 イリスはまぁ……いつものお寝坊さんだ。起こすのは後でいいだろう。


「しゃーないやろ、迎えが来るまで村に滞在しとるんやから」


「だからと言って、ここに来る理由もないだろ……」


「おーん? おもろいからかなぁ?」


 ファラには俺たちの支援をしてもらうことになった。オッサンに続く第二号だ。

 とはいえ、どうして朝からこいつらの食事を用意しなければならないのか。

 せっかく節約しようと食材をケチる算段だったが、計画は早くも破綻してしまった。


「もうお腹すいたわー! はよしてぇな!」


 ……うるさい客だ。カスタマーハラスメントで訴えてやりたい。

 隣に座っているニアも頼むから黙っていないで何か言ってくれ。ずっと無言だと気まずくなる。


「えにゅ……」


 エニグマがキッチンの窓から顔を出して中に入ってきた。なんか久々に見た気がする。

 お前も俺を急かすのか? わかったから、もう少し待っていてくれ。


「か、かわいい……っ!」


「うおっ」


 俺の横にニアが勢いよくやってきた。どうやらエニグマに釘付けのようだ。


「あ~! ニアちゃんってばまた……」


 ニアはエニグマに手を伸ばすと、恍惚とした表情をしながらエニグマを持ち上げた。

 次の瞬間、エニグマに向かって勢いよく顔をうずめてぐりぐりとねじ込むように頭を動かし始めた。


「えにゅ~!」


 嫌がってじたばたと抵抗するエニグマを他所に、ニアは頭の動きを止めない。

 そんなニアからは、しきりに大きく息を吸うような呼吸音が聞こえる。


「あー! えにゅ吸いはあたしの特権なのに!」


 いつの間にかイリスが起きてきたようだ。ニアに気を取られて気づかなかった。

 つーか、えにゅ吸いってなんだよ。


「えにゅっ!」


 エニグマは一瞬の隙を突いて脱出に成功したようだ。ニアの手を離れてそそくさとどこかに行ってしまった。

 対するニアはエニグマを失った悲しみかしょんぼりしている。


「しょうがねぇな、エニグマには飯を持って行ってやるか……」


「ほーん、あのチビはエニグマっちゅうんやな。しかし、見たことない動物やったけどあれもイリスちゃんが召喚したんか?」


 ファラが疑問を抱くのも無理はない。

 エニグマは本来、この世界には存在しない生物。俺と同様に別の世界から来た存在だ。

 しかし、俺とは違って言葉を話せない。エニグマのいた世界がどんなところか、そもそもどんな生き物なのか未だによくわかっていない。

 今は『飼いえにゅ』としてここで暮らしてもらっている。まぁ現状特に問題もないし大丈夫だろう。


 それからは朝食の準備を終え、俺はエニグマの分を持って裏庭に来た。


「おーいエニグマー! どこいったー!」


 エニグマは自由奔放だ。気づけば鳴き声を上げてその存在を示してくる。

 故に、いつもエニグマがどこにいるのかを俺は知らない。


「だから、探すとなると骨が折れるんだよなぁ……」


「えにゅ」


 俺が軒先を覗いていると足元から鳴き声がした。

 お探しのご本(えにゅ)登場だ。


「なんだ、ここにいたのか。ほら、朝飯だぞ」手に持った皿を置く。


「えにゅっ! えぬぅ!」


「え? なんだよ、そんなに怒ることか?」


「えにゅ! えにゅにゅ!」


「わかったよ、俺からちゃんと言っとくから機嫌直せって」


「アイトがエニグマとお話してる……」


「うおっ、いつの間に」


 柱の陰からイリスが覗いていた。イリスは訝しげな視線を俺に向ける。


「前から思ってたんだけど、アイトってよくエニグマとお話してるよね。もしかして、言葉わかるの?」


「え? そうなのか?」


「いや、あたしが聞きたいんだけど……」


 言われてみれば、エニグマと会話をしていることはあるかもしれない。

 だが、エニグマはわかりやすいというか、言いたいことを動きで表現することが多い。

 でもそれって、エニグマが人の言葉を理解しているからなのか?

 エニグマは賢いとは思っていたが、改めて考えると賢すぎる気もする。


「えにゅっ」


「ほら、今も『そうだ』って言った」


「えー? あたしにはわかんないよー?」


 そうなのか、だとしたら何でここまで意思疎通がスムーズなんだ?

 エニグマの特殊能力か? それとも、俺が別の世界から来たからか?


「前々から思ってたんだけど、何で俺は喋れているんだ?」


「え、そりゃ口があれば誰でも喋れるよ」


「いや、そうじゃなくて『なんで言葉が通じる』のかってこと」


 イリスはポカンとしながら首を傾げた。ハテナを浮かばせる頭には手を当てている。

 聞いた俺がバカだった。こりゃ何もわかっていない。

 というか、何でこいつは肝心な時にだけアホなんだ……?


「この世界の物に対しても初めて見た感じがしなかった。料理だって、俺のいた世界とは全く違うものなのに『こういうもの』って漠然とした感覚があって悩むことが無かった」


 まるで、ずっと前からそれを知っているかのような。

 知っていたのに記憶を無くしてしまったかのような、不思議な感覚だ。

 これは俺の問題なのか、それともイリスの召喚魔術に問題があるのか。ずっとモヤモヤしていたことだ。


「エニグマも召喚された身だし、俺と同じ感覚なのかもな。そうなると、この賢さには説明がつくんだけど」


「うーん、あたしにもわかんないや。でも、異世界から召喚された人が『見るもの全部にいちいち反応する』のも面倒だし、おばあちゃんがそういう風にしたのかも」


 そういえば、イリスの召喚魔術は元々お祖母(ばあ)さんが開発したんだっけ。

 となると、答えを知っているのはお祖母(ばあ)さんぐらいだろうし、永遠の謎ってことになるな。


「そういうわけだエニグマ、残念だがお前の言葉がわかるのは俺ぐらいだ」


「えにゅ~」エニグマは朝食を食べている。


「あれ? でも、エニグマって前に話してなかった?」


 エニグマが話していた? いつ? 何時何分何秒?

 この白い不思議生物が言葉を発している姿があるならぜひ見てみたい。

 いや、待て。確かそれって……。


「あー! ヘックスだ!」イリスが叫ぶ。


 そうだ、ヘックスの言葉と同時に聞こえていたノイズ、あれは鎧の戦士の声だった。

 鎧の戦士はエニグマが変身した姿、つまりあのノイズこそがエニグマってことになる。


「ふっ、《融合完了、殲滅開始》……」


 イリスがキメ顔でノイズ声の真似をしている。あまり似ていない。

 しかし、あの声がエニグマなら、今のエニグマは言葉を話せないだけなのかもしれない。


「えにゅ~?」エニグマは首を傾げている。


「ヘックスなら何か知ってるかも! 早速、調査に向かうよエニグマ!」


 イリスは目にもとまらぬ速さでエニグマを抱えると、そそくさとアトリエに走っていった。


「おい! エニグマがまだ食べてる途中だろうがっ!」


 相変わらず思い付きの行動力だけはピカイチだ。

 朝食を食べていたエニグマが少し可哀そうだな。後でおやつを多めに用意しておこう。


「あ……」


 ふと、柱の陰から覗くニアと目が合った。あんたもか……。

 ニアの手には俺の作った朝食が乗った皿がある。エニグマに分け与えようとしていたのだろう。


「あぁ……、エニグマならイリスが連れて行ったよ……」


「ああ、全部見ていた……」


 ニアはしょんぼりと肩を落としている。

 静かすぎて気がつかなかった。いつからいたんだ?


「あの、良かったら少し話さないか? ファラが俺たちに協力してくれるみたいだし、今後のこととか……」


「……」


 間が開く。返事が返ってこない。

 すごく気まずい。


「……ああ、わかった」


 よしっ!


閲覧ありがとうございます。

ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。

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