[24]引きこもり魔女と行商人Ⅳ
外はすっかりと日が沈み、暗闇に包まれていた。
俺は飛び出して行ったイリスを追いかけている。体力の無いあいつが遠くまで行けるとは思えない。
アトリエの近くを重点的に探そうと思った矢先、裏庭でイリスと思しきシルエットを見つける。
「イリス!」
イリスはこちらに背を向け、裏庭に生えている大きな木に寄りかかるようにして立っている。
「何、何しに来たの」
「何ってお前……」
「あたしなんて邪魔なんでしょ! 心配しないで、すぐにどっか行くから」
「そんなこと言ってないだろ!」
イリスは背を向けたまま声を荒げる。
俺もイリスの言葉に反応して声を荒げた。
「もっと喜んでよアイト、もうあたしなんて養う必要なんてない。あたしは独りで生きていけるもん」
イリスは振り向いた。涙を流しながらくしゃくしゃの笑顔が見える。
「あたしの魔術はすごいんだから当然だよ。もう、アイトなんていなくたっていい。だから、元の世界にも帰してあげる」
「なんで、なんでそんなこと言うんだよ」
イリスのいる大木まで離れている訳じゃない。
たった数歩の距離。なのに、遠くにいるような気がしてならない。
この隙間に大きな溝があるようで足を踏み出せない。
「……あたしは自堕落で、怠惰で、どうしようもなくて。人に頼らないと生きていけない引きこもりだよ! 無理やりアイトを召喚して、自分の都合をぜんぶ押し付けて、ワガママを叶えようとしたの!」
「イリス……」
「それなのに、アイトはあたしの夢を応援してくれる。あたしをずっと見守ってくれるの。あたしはアイトに何もしてあげられないのに……!」
イリスは俯いて声を震わせている。
「怖いの……。アイトがいなくなったらどうしようって。あたしだけの力じゃないのに、ぜんぶアイトのおかげなのに、何もアイトに返せない!」
「イリス、俺は……!」
「あたし悔しいんだよ。一番近くで応援してくれる人に何もしてあげられないなら、世界中の人を助けるなんてできるはずないのに! あたしにはアイトがいないと何も出来ないのに……!」
イリスは嗚咽する。
イリスの気持ちを正面から受けたのは初めてかもしれない。
だが、言っていることがめちゃくちゃだ。このままここに残りたい、でも自分の夢を叶えるため離れたい。その狭間で悩んでいるのだろう。
俺も同じだ。
夢を応援したいと言ってイリスの面倒を見る決意をした。だけどそれは、本当は違うんだ。
本当にワガママなのは俺なんだ。
俺は、俺のおかげでイリスが生きていけることを楽しんだ。俺がいなければイリスは生きていけないのだと優越感に浸った。
だから傷ついていくお前を許せなかった。傷つかないように守ろうと思った。お前に寄り付く脅威は全部払ってやる。そう思ったんだ。
「イリス、すまなかった」
「どうしてアイトが謝るの? アイトの言う通りなんだよ。あたしはアイトに頼ってばかりじゃなくて、一人で生きていくべきなんだよ」
それは違う。
本当にイリスを手放したくないのは俺の方なんだ。逃げる口実が欲しかっただけなんだ。
自分で自分を納得させたくて、適当な理由を付けてファラの提案を呑もうとしたんだ。
「あたしのワガママなんだよ。アイトに恩返ししなきゃって思うあたしのワガママなんだ……!」
「だったら、俺のワガママも聞けよ!」
「……えっ?」
「俺はイリスの夢を応援したい、その気持ちは変わらない。それを叶えるのが俺じゃなくてもいいって思ってた。だけど、ようやく気付いたんだ」
俺は足を踏み出す。底の見えない溝なんてない、最初からそんなもの見えていなかった。
一歩ずつ、確実にイリスの元へと歩み寄る。後退りするイリスを逃がさないように。
「俺はお前を養う、それは俺じゃなきゃダメなんだ。俺がお前を養いたい! これが俺のワガママだ!」
俺は震えるイリスの肩を掴んで目を見る。
「だから、俺のせいにしていいんだよ。お前のワガママも、全部受け止めてやる」
「アイト……」
イリスは泣き声を上げて俺の胸に抱きつく。
きっと、俺がイリスをダメにしているのかもしれない。でも、俺はそれを望んだ。
イリスが夢を叶えるのは、俺のおかげじゃなければいけない。そんな傲慢な思いに正直になろう。
「お熱いとこすまんなぁ。でも、答えは決まったようやな」
ファラがニヤニヤとした表情で声を掛けてきた。
瞬間、声を上げたイリスに、俺は突き飛ばされて尻もちをつく。
「……あたしは行かないよ。ここで、この場所でアイトに養ってもらうんだから。でも、夢は諦めない。あたしは最強の魔女になるから!」
「あぁ。イリスには好きなだけ引きこもってもらうし、夢も叶えてもらう。だが、支えるのは俺だ。オッサンも他の奴も、ただ協力してもらうだけだ」
イリスはどこかスッキリとした顔をしている気がする。
俺は立ち上がってイリスと顔を見合わせたが、すぐに目をそらされた。
突き飛ばしたのを気にしてるのか? まぁ確かに少し痛かった。
「ウチからも、さっきのことは謝らせてほしい。ホンマに申し訳なかった。せやけど、イリスちゃんなら最強の魔女言うんになれる思う! ウチも応援したい、そこで協力させてもらえんやろか!」
そうか、ファラは行商人だ。
俺やオッサンじゃ到底成し得ないほどの人脈を持っているに違いない。
実際、イリスをスカウトして不便なく支えると豪語したほどだ。
ファラの協力はむしろ、こちらから願いたいくらいだ。
「その前にまず、イリスちゃんの魔術をウチに見せてくれんか?」
場所を実験室に移す。
相変わらずごちゃごちゃとした部屋に、ファラは戸惑っている様子だ。
「あたしの魔術はエンチャントが基本。特に、魔術を保存する魔術『魔術保存があたしの得意魔術!」
イリスは懐から取り出した魔術書から一枚のページを切り離すと、紙は炎となって宙に浮いた。
「魔術を保存する……なるほど、よう考えたなぁ。確かに、魔術は誰にでも使えるもんやない。好きな時に自分の使いたい魔術を選べるっちゅうんわ便利なもんや」
理解が早い。いや、この世界の人々にとってこれくらい理解するのは造作もないのだろう。
この場合、俺は別の世界から来たハンデを背負っていると言っていい。
「この魔術を応用して、竜痣病の治療も人を選ばずに出来るようにした……かったんだけど」
「なんや? もったいぶらんと言うてみぃ」
「まだ完成してないんだ。あたしが使わないとまともに扱えないし、ユリンちゃんたちに行ったのもあたしの理論通りに色々な魔術を行っただけに過ぎないの」
そうだったのか。俺はてっきりもう完成しているものかと思っていた。
確かに、あれからユリンたちには治療のために何度かここへ足を運んでもらっている。
だがそれは、俺が『一度に全部をやる必要はない』と言ったからだと思っていた。
「目標は、あたしが使わなくてもみんなが自由に扱える魔術になること。まぁ、きっかけはおばあちゃんの作った魔術をもっと色んな人に使ってもらいたくて始めたんだけど」
「おばあちゃん? イリスちゃんのおばあさんも魔術師やったんか?」
それからは、ファラに色々なことを説明した。
イリスが英雄の孫であること、俺が別の世界から来たこと。
そして、ヘックスという銀河最強の魔女に出会ったこと。
「なんや話聞いてるだけで腰が抜けそうやわぁ こんな凄い子がおったの今まで知らんなんてほんま損やってん」
俺も改めて説明をして聞いているとイリスの凄さが身に染みる。
だからこそ、イリスを養っていくのは俺なんだ。
これから先、まだまだ多くの試練が立ちはだかるだろう。
それでも、俺は必ず乗り越えてみせる。イリスとともに。
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