[23]引きこもり魔女と行商人Ⅲ
「ふぅ、食った食った! お兄さん、ご馳走さん!」
俺は腹を空かせたニアのため、みんなにまかない飯を振る舞った。
ニアはまだ満足していないのか、物欲しそうにカラになった皿を眺めている。
心苦しいが、これ以上は家計へのダメージが大きくなる。さっさと皿を片付けてしまおう。
「俺はアイトだ、よろしく」
「アイトくんね! よろしゅう頼んますわ!」
一通り食事を終え、再びテーブルに集う。
改めて、ファラたちがどうしてイリスに会いに来たのか、その理由を詳しく聞こうと思う。
「ウチらはユリンちゃんに聞いてここに来た。あの病気を治せんのは並大抵の魔術師にゃ無理や。せやから、どんな魔女さんがおるんかと思て来てみたらイリスちゃん言うかわええ子やったわけ」
「えへへ……。なんだか照れちゃうなぁ」
イリスは頭に手を当ててまんざらでもない表情を見せる。
まぁ、俺も魔女って聞くと老婆とか年配のイメージを想像する。
その点、イリスは中身に対して見た目が少し幼すぎる気がする。……目の前のエセ関西弁の人も同様に。
「そもそも、ウチらはこないな所にイリスちゃんたちがおるとは思うとらんかった。いや、知らんかった。その分、驚きが何倍にも膨らんでドーン! やってん」
「俺たちはダンテのオッサ……。ダンテさんの好意でここに住まわせてもらっている。イリスが魔術の研究をして、俺がその家政婦って感じだ」
「ダンテさんて……、あのハゲのオッサンか?!」
「ぶっ!」
思わず吹き出してしまった。
やはり、あのオッサンに対する印象は共通認識のようだ。
「なるほどなぁ。どうりであのオッサン一人でよう買い込むなぁと思うとったが、ここに理由あったちゅうことかい」
「そうか、オッサンの言っていた行商人ってファラたちのことだったのか」
「おお? 何や知らんけど、ウチらは商業組合っちゅう組織に属してて、色んなとこと商売する商人のギルドってやっちゃ。それぞれ担当する地区があって、ウチはここの村担当」
なるほど。行商人にも複雑な組織形態があるようだ。要するにファラたちは、本社から各地に派遣されて商売を行う社員ということか。
「そいで、本題や。あんたらはどないしてあの竜痣病を治療したんや?」
「それは、あたしの考えた魔術で……」
「なんやと!?」
ファラが驚愕した。
無理もない。あの不治の病とされていた竜痣病を治す治療法を自分で考えて成功させてしまったのだから。
「あぁ、すまん。まさか自分で考えた魔術とは思わんかった」
なんだ? 少し違和感を感じる。
そうだ、そもそも竜痣病は治療法もない不治の病だったはず。それなのに、どうしてファラは『気味の悪い魔術』と言ったんだ? それに……。
「待ってくれ、ひとつ聞きたい。さっき『並大抵の魔術師』はいないって言ったよな。それはどういうことだ?」
「……」
ファラは沈黙した。
どうした? どうして答えを渋る必要がある?
何か答えたくない理由でもあるのか?
「……せやなぁ。その様子やとほんまに知らんようやし、あんたらにはちと酷な話かもしれんが……」
固唾を飲んで言葉の続きを待つ。
焦らされているようで気が気じゃない。その言葉の続きが知りたくてうずうずする。
「竜痣病の治療法は、既に存在しとる」
「なんだって!?」
衝撃の言葉だ。
俺だけじゃない、隣に座っているイリスも身を乗り出している。
「ウチがユリンちゃんの家族とお得意様なんは言うたよな。それは、ユリンちゃんのお母さんに薬を売っとるからや」
「……薬? それは竜痣病を治す薬なのか!?」
「いや、正確には治すんやなく、進行を遅らせる薬や。よう詳しいことはウチにもわからんで割愛させてもらうが、ユリンちゃんのお母さんはこいつで病を抑えとったんや」
ようやく繋がった。どうしてファラがユリンたち家族のお得意様なのか。
ただ単純に、村を担当する行商人であることが理由じゃなかったんだ。
「でも、治療法があるんだろ? どうしてそんな遠回りなこと……」
「治療を受けられんのや」
「え?」
「竜痣病を治す治療法は確かにある。せやけど、それは帝国といった人のぎょうさんおるところだけ。
こないな村、ましてや田舎にはまだ手が出せん代物や。それに、さっき言うたように治療を行える力を持ったやつはまだ少ない」
そうだったのか。
ユリンの母親は薬で病気の進行を抑えていた。それは、満足に治療を受けられないからだ。
この村の人々にとって、竜痣病は不治の病と言って過言じゃない。オッサンが治療法は無いと言ったのはあながち間違いではなかった。
それに、ユリンが雨の中アトリエにやってきた時、体調が良く見えたのは母親が持っていた薬を飲んだ影響だったのかもしれない。
「頼む! 病気を治した魔術をウチに見せてくれんか! イリスちゃんならもっと、多くの人を救えるかもしれへんねや!」
ファラは帽子を脱いで頭を下げた。言葉を受けたイリスは沈黙する。
イリスが何を考えているのかはわからない。それでも、イリスの魔術はユリンたち家族だけじゃなく、同じような苦しみを背負った世界中の人々を助けることが出来るかもしれない。
その重みを今、実感しているのだろう。
「何ならイリスちゃんをウチに預けてもらえんやろか。勿論、特別豪華な待遇を用意する! 絶対に不便なんて感じさせんし、ええ暮らしを約束する! せやから一生のお願いや!」
それは、イリスをスカウトするっていうことか!?
そうなればイリスは、ここを出ていかなければいけなくなる。俺が最初に出会った時のように。
だが、今回は話が別だ。ただ単純に出ていく訳じゃない。
これまでと同じ生活。いや、より良い暮らしを保証された上で『最強の魔女』を目指すことが出来る。
イリスにとっては願ってもいないチャンスだろう。元々、そのつもりで俺を召喚した訳だしな。
「あたしは……」
俺なんかじゃ手も足も出ないほどに、最高の環境で夢を叶えることが出来るんだ。
なら、答えはひとつだ。俺も、最初からそのつもりだったしな。
「チャンスだろイリス。お前はずっと、夢を追いかけてきたんだもんな」
「えっ……?」
「今まで通りの暮らしは出来なくなるかもしれない。でも、今まで以上にいい暮らしができる」
そうだ、俺はお前の夢を応援するためにここまで来た。でも、その夢を叶える瞬間が来たんだ。
これからはお前一人でも生きていける。
「もう、俺はいらないよな」
これが俺の答えか。これでいいのか。
俺は、本当は。
「……ばかっ!」
突然、イリスが立ち上がり玄関を開けて飛び出した。
その横顔は帽子に隠れて見えなかった。ただ、腕で顔を覆う姿だけが目に焼き付いている。
「あっちゃ~! やってもうた! ほんまにすまん、ウチが余計なこと言うたからや……」
ファラが悔しそうに頭を抱える。
どうしてファラが悔やむ必要がある?
「二人を見てればわかる。お互いを信用しとる相棒ってやっちゃ。ウチにとってニアちゃんと同じ。それを、ウチは引き裂こうとしてもうた。イリスちゃんが怒るのも無理ない」
互いを信用する相棒……。
確かに、ずっと引きこもっていたイリスにとって話し相手になれるのは俺かオッサンくらいだろう。
友達とも家族とも違う。例えがわからないが、大切な存在なのは確かだ。
「しっかし、アイトくんもアイトくんやで。あんな意気地無いとは思わんかったわ。ちゃんとイリスちゃんとこ行って謝りや!」
「いや、そう言われても……」
「ぐずぐずせんとはよ行かんかいどあほ! そんやないと、大切なもん無くしてまうで」
大切なもの……。
俺は、俺はイリスと……。
「……すまん、行ってくる!」
「まったく、ほんまに手のかかるやっちゃ……」
俺は玄関を開けて外へと飛び出した。
イリスに伝えるんだ、俺の思いを。
閲覧ありがとうございます。
ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。




