[22]引きこもり魔女と行商人Ⅱ
「さっさとお前らの目的を聞かせろ、何の用だ!」
テーブルの向かいに座る行商人たちに向けて言葉を放つ。
グリム商店のファラとニアの二人組、イリスに会いに来たと言うがその真偽はわからない。
それに、イリスに会ってどうするつもりなのか。それを確かめなければならない。
「お兄さん、今度は気が早いって。アイスブレイクって言うん? まずは緊張をほぐさなあかんよ?」
いちいち突っかかってくるこの感じ、なんか癪に障る。
……落ち着け、冷静になるんだ。ここで気を乱しては奴らの思うつぼだ。
しかし、魂胆が読めない。俺の機嫌を取るのかと思いきや、逆に煽ってイラつかせてくる。
本当に何を考えているのかわからない……。
「そない気になるんか、ウチらのこと」
「そりゃそうだろ。いきなり来たかと思えば突き飛ばされ、イリスに用があると来たらなかなか尻尾を見せない。そんな奴らを信用できると思うか?」
「手厳しいなぁ。でも、その通りやね」
ファラの目つきが変化した。
ファラはギロリと睨むようにしてテーブルに両肘を立てて俯く。その雰囲気に息を呑んだ。
こうして見るとニアと似ている気がする。二人は姉妹なのだろうか。
「ふふっ、ユリンちゃん」
「なに?」
「知っとるよな? あの子はウチのお得意様や」
ユリンを知っている? それにお得意様だって?
こいつらは行商人だ。あの村とも交易をしているのだろう。だとしたら、ユリンのことを知っている可能性は高い。
だが、なぜここでユリンの名前が挙がる?
「アンタら、ユリンちゃんのお母さんに何したんや」
ユリンの母親は不治の病、竜痣病を患っていた。
それを治療する方法をイリスが考えて実践した。結果として、治療は成功して今に至る。
「な、何って……」
「あの子のお母さんは病気やった。せやけど、今日会いに行ったらすこぶる調子が良さそうやったわ」
そうか、あれから元気に暮らしているんだ。
イリスのおかげで、家族に笑顔を取り戻すことが出来たんだ。
「そこでユリンちゃんに聞いてん。したら、魔女さんがお母さんを治してくれはったて」
ユリンから聞いた、そうか。こいつらは確かにユリンたち家族のお得意様のようだ。
「あぁ、俺たちが治した。それ以外に何がある?」
「ほーん、ほな大層気味の悪い魔術でっか?」
なんだと? さっきから聞いてればテキトーなことをぬかしやがって。
流石に我慢の限界だ。ここまで煽られてキレない奴の方がどうかしている。
「ふざけんな! イリスの魔術はそんなもんじゃねぇ! 何も知らねぇ奴がテキトーなこと言ってんじゃねぇ!」
「おぉこわっ! まぁまぁ落ち着いてぇな。
なるほど、その魔女さんはイリスちゃん言うんか!
イリスちゃんの魔術でユリンちゃんのお母さんの病気、治してくれはったんやね。ありがとう!」
ファラは帽子を脱いでイリスに向かって一礼した。
こいつ、俺からまんまと情報を抜きやがった……。
最初からこれが目的か、あえて情報を出さないようにしていたが手ごわい奴だ。
商人というのも頷ける。情報を得るためにここまで狡猾に動いてくるとは。
「アイト、少し落ち着いた方がいいよ。いま、すっごく怖い顔してる……」
「え?」
突然イリスになだめられた。
それほどまでに今の俺はひどい顔をしているのだろうか。
思えば、ここまで感情的になったのは久しぶりだ。どれもこれも、こいつらが素直に話さないのが問題だろう。
このままこいつらの思い通りになって、イリスに危害が加えられたりでもしたら俺は……。
「……お兄さん、さっきウチ言うたよな。怖い顔せんと気楽に話そうて。アイスブレイク言うんして、緊張を解かなあかん」
「急になんだよ」
「お兄さんが何に怯えているのかは知らん。せやけど、そこのイリスちゃんの言う通り落ち着くん必要なんは誰でもない、お兄さん自身や」
俺が怯えている? 何を言っているんだ?
馬鹿にするな、自分のことは自分で一番理解っている。
……はずだ。なのに、この気持ちはなんなんだ。とてもモヤモヤする。
「俺は、お前たちが信用に値するのかを見極めたいだけだ。別に、お前たちと喧嘩をしたい訳じゃない」
「ほんなら、どうしてそっちは殻に閉じこもったままなんや。ウチだって喧嘩はしとうない。だのに、お兄さんが歩み寄ってくれへんからウチは強い言葉で引き出すしかなかってん」
それは、どういうことだ。……俺が悪いのか?
「信頼言うんはお互いに理解しあえるっちゅうことや。せやけど、お兄さんはウチらを疑うあまり、自分を信頼してもらうための手を見せん。こうなったらウチにはどうしょうもない」
「だけど……」
「確かに、最初に粗相を犯したのはウチらや、素直に謝る。ホンマに申し訳ない。せやけど、そこからずっと怯えて自分を見せんのはあんたの方や」
……そうだ。ここまで、俺がオッサンを説得した時と同じじゃないか。
こいつらはただ、本当にイリスに会って話がしたいだけなんだ。
なのに、俺が一方的に警戒するあまり全部悪い方向へと考えてしまった。
塞ぎ込んで、相手の言葉にいちいち反応して、無駄に張り合った。
だから、感情を揺さぶって引き出すしかなかった。全部、俺を理解するために必要なことだった。
「……すまない。君の言う通りだ」
「い、意外と素直やないかい。なんやむず痒いわ。ムキになっとったウチもはずい……」
なんだか急にどうでもよくなってきた。
さっきまで感じていた焦燥感も、無駄に張り合う意地も。
あー、笑いが込み上げてくる。
ぎゅるるるるるる……。
「おい、イリス。気が抜けたからってそりゃないだろ?」
「い、いや今のはあたしじゃないよ!? さっき食べたばかりだもん!」
え? それじゃあ今の間抜けな音は何だ? いつものイリスの腹の音じゃないのか?
「……すまない、私だ」
「え?」
ファラの背後で顔を赤らめながら手を上げるニアの姿があった。
「ずっと我慢していたのだが、美味しそうな匂いが漂っていてつい……」
再び間抜けな腹の音を響かせる。
美味しそうな匂い……。そうか、さっきまでイリスが食べていた昼食か!
それをここに来てからずっとと言うことは、あの不愛想な表情は腹が減っていたのか!?
「うひゃひゃ! 待ってニアちゃん! それはさすがに反則やって! うひゃひゃひゃ!!」
ファラが腹を抱えて爆笑している。
対するニアは腹を抱えて必死に鳴りやまない音を抑えている。
プルプルと震えながら今にも泣きだしそうな目をしていて少し可哀そうだ。
というかなんだこれ、どういう状況だ。
「あ、えっと。良かったら何か食べます? 簡単なものなら作れますけど……」
「お、お願いできるだろうか……っ!」
ニアはさっきまでの不愛想から一変して、目を輝かせながら俺に迫ってきた。
犬だ。これは腹を空かせて餌を前に尻尾を振っているわんこだ。
なんだか急に愛着が湧いてきた。エニグマのライバル登場だな。
「どうぞ……」
とりあえずニアの空腹センサーを抑えるため、昼食の余り物でまかない飯を作った。
テーブルに料理を並べた途端、ニアはぱっと晴れた笑顔を見せる。さっきまでの態度とギャップがあって頭が痛くなる。
「いっただきまーす!」
イリスが食事の挨拶を済ませる。
つーか、また食うのかお前は。
「なんやウチまで頂いてしもて申し訳ないなぁ」
「別に構わねぇよ、あまりものだしな」
やはり食卓は笑顔で囲むべきだ。
こうしていると、とても安心する。
「おかわりはあるだろうか……」ニアが申し訳なさそうにカラになった皿を掲げる。
「はやっ?!」一同が返す。
「すまん、それしか作ってないんだ」
「そうか……」ニアがしょんぼりとした様子で俯いた。
「もう、ニアちゃん。しゃーないからウチの分けたる」
「ああ! ありがとうファラ!」
ニアは笑顔で皿に盛られた料理をかき込む。
この人もイリスに引けを取らない大食らいのようだ。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
「うん! 美味しい! ところで、やはりおかわりは無いのだろうか……」
「ないッ!!」
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