[21]引きこもり魔女と行商人Ⅰ
晴天模様の昼下がり。
暖かな陽がリビングの中まで届いてくる。
「ごっはん! ごっはん〜!」
胸を躍らせるようにハツラツとした声が響く。
鼻歌を歌いながら軽快なステップを刻むイリスがテーブルに着いた。リビングのテーブルには料理が並ぶ。
「あれ? なんか今日のごはん少なくない?」
イリスの目の前にあるのは今日の昼食だ。しかし、その数は一品料理だけ。
日頃は大皿に盛った料理が並ぶため、食欲旺盛なイリスからすると足りないと感じるのは必然だろう。
「あぁ、節約してるんだよ」
「せ、せつやくぅ?」
イリスが訝しげな視線を向けて来た。
まぁ、イリスの気持ちも理解できる。急にどうしたって話だ。
「ダンテのオッサンがな、食材を調達できないんだと」
節約をしなければならない理由、それにはオッサンが関係している。
未だに食材や備品の調達はオッサンに任せきりだ。俺も居候なりに、時折オッサンの手伝いをしているが調達にはかなり苦労してそうだ。
俺とエニグマが増えた分、調達する数も増えているわけだし俺としても少ない量でなんとかやりくりしていく必要がある。
「食材ってダンテおじさんが調達してくれてたんだね……。あたし知らなかったよ」
だろうな。イリスからしたら、冷蔵庫を開ければ色々と入ってるぐらいの感覚だろう。
オッサンには頭が上がらない。イリスももっとオッサンに感謝してあげた方がいいと思う。
「確か、行商人の到着が遅れているとかなんとか……」
ドン! ドンドドン!
妙にリズミカルに玄関をノックする音だ。
来客だろう。噂をしていたオッサンでも来たのか?
玄関の扉を開けて出迎えた。
「ちわー! グリム商店ですー!」
甲高い声が響く。
目の前には硬い表情をしてこちらを睨むような視線を向ける長身の女が立っていた。
長い金髪を後ろで束ねており、全身は黒いコートで包まれ、一部に鎧を纏っている。
「えっと、何か?」
「聞きたいことがあってノックさせてもろたんですけど、今ちょいとええですか?」
長身の女は表情を変えることなく言葉を続けた。
……いや、待てよ。よく見たら口が動いていないぞ?
これは腹話術ってやつか? にしては流暢に話せるな。
「あ、お兄さんこっちだよ。こっちこっち」
改めて声のする方向を探り、長身の女の横へ視線を向けると大きなリュックサックを背負った小さい女の子がいた。
女の子は茶髪のショートヘアに白色の大きめなキャスケット帽をかぶり、ちんまりとした様子だ。
「ウチはファラ。で、こっちはニアちゃんね」
小さな女の子はファラと名乗り、長身の女を指してニアと名乗った。
先程まで話していた甲高い声の正体はファラのようだ。関西弁と九州弁が混じったような話し方をしていてどこか胡散臭い。一方で、ニアは表情を変えることなく一言も話さない。
しかし、一体何の用だろうか。確か、商店とか言っていた気がする。
もしかして訪問販売か? この世界にもそんな概念があったんだな。
「で、話の続きなんやけど。ここに魔女さんっておるん?」
なんだって? まさか、イリスに会いに来たのか?
だが、流石に信用できない。ここは様子を見るためにも一度帰ってもらおう。
「残念だが、人違いだ。帰ってくれ」
ガッ!
「えっ」
俺が玄関を閉めようとした瞬間、急に動き出したニアが閉まる扉を手で止めた。
「んー、どれどれー?」
呆気に取られる俺を他所に、ファラはぐいぐいと進入し部屋の中を見回してくる。
俺はファラの背負った大きなリュックに押され、玄関から押し出されてしまう。
「あー! いたー!」
ファラが声を上げると、リビングのテーブルで食事をとっていたイリスの元へ一目散に駆け寄る。
イリスは料理を頬張っている影響で身動きが取れないようだ。
「ね! ね! キミが噂の魔女さんだよね! ね!」
ファラはイリスに詰め寄る。
口をもごもごとさせながら俺に助けを求めるイリスに居ても立っても居られない。
「おいこら! 勝手に入るな───」
瞬間、体が宙に浮く感覚に襲われた。
どうやら転んでしまったのか、前に向けて倒れかけているようだ。
咄嗟に手を伸ばして受け身を取ろうとするが、何故だか腕を押さえつけられている感覚があって手が動かない。
俺は成す術もなく顔面から地面へと激突した。
「痛ッ! なんなんだよ……!」
衝撃とともに痛みが全身に広がる。
しかし、未だに腕を押さえつけられている感覚が残る。
俺は首だけを動かして背後の方向へと視線を向けた。
「動くな」
ニアが俺の腕を掴み地面へと押さえつけていた。
まるで、警察官が凶悪犯を取り押さえるような圧を感じる。
ニアは空いている手で俺の頭を押さえつけ、ついに俺は体を動かすことが出来なくなった。
「こらこらニアちゃん、ステイステイ」
「む……」
ファラの声が聞こえると、体を押さえつけられていた重みが消えた。
俺の側からニアの気配はなくなっていて、膝を地面につけて起き上がることが出来た。
「お、お前ら、なんなんだよっ!?」
「ごめんよー、ニアちゃんってば手が早いから。まぁ、その分優秀なんだけどねんっ」
四つん這いの姿勢を取る俺の前にファラがしゃがみ込むと歯を見せて笑った。
こいつら、一体何が目的だ? まさか、イリスに危害を加えるつもりか?
「ふざけんな! お前らの目的は何だ!」
「だから、ウチらはグリム商店。魔女さんに会いに来たんや」
ファラは立ち上がって毅然とした態度を見せた。
立ち上がるのを支えるよう手を差し伸べられたが、俺はその手を払う。
だが、ファラの様子から争いごとが目的じゃないのは見てとれた。
「どうやろ、ちょいとウチとお話してくれまへんか。結構重要なこと話そうと思っとるんですが」
俺は渋々、ファラの提案を呑んだ。
こいつら『グリム商店』が何を目的にイリスに会いに来たのかを探るチャンスだ。
いずれにせよ、客人はもてなさなければなるまい。たたでさえ節約中だというのに、そういう時に限って支出が増えるのは世の常だな。
「おー、お兄さんサマになってんね~。もしかして、給仕係か何かだったりする?」
俺がキッチンで茶の用意をしていると、リビングからファラの声が届く。
何だかジロジロと見られているようで落ち着かない。俺の苦手なタイプかもしれない。
だだ、ファラの言葉は的を得ている。一目見てイリスのことを魔女であると看破し、俺に対してもちょっとした動きから正体を探ってくる。
この洞察力、只者じゃない。
「確か、商人って言ってたよな。そんな奴らが俺たちに何の用だ」
俺はテーブルに座るファラにお茶を出す。
もう一人、ニアにもお茶を出そうとしたがニアはファラの背後に立って微動だにしない。
俺は対応に困り、とりあえずファラの対面に座っているイリスへと差し出した。
「おっ! この紅茶うまいなぁ! お兄さんやるやん! ニアちゃんも飲んでみぃや」
「結構だ」ニアは拒否した。
お褒めにあずかり光栄だ。しかし、その手には乗らない。
先程、俺にしたことに対して機嫌を取りたいのだろう。だいぶ勢いよく地面に激突したからな。
そうなると、ニアは教室の外に立たされている生徒のようだ。自らを戒める姿勢を見せて、同情を誘っているのか?
それに、さらっと俺の話を逸らされた。
「もぉー、そんな怖い顔せんといてや。気楽に話そてぇ!」
ファラは俺の顔を見て手をパタパタとさせた。
誰のせいでこんなことになっていると思ってんだ……。
俺はテーブルに着いてため息をつく。
「ねぇねぇアイト、何でこの人たちを中に入れちゃったの?」
「それはだな……」
イリスが俺の耳元で囁く。
俺としても不本意だが、こうなったら目的を知るまでは返すわけにはいかない。
その化けの皮を剝がしてやるよ。
「……さっさとお前らの目的を聞かせろ、何の用だ!」
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