[17]引きこもり魔女と最後の希望Ⅴ
竜痣病の治療法。イリスはその手掛かりを見つけた。
「結論から言うと、体の中を流れる余分な魔力が上手く外に出せなくなる病気なんだと思う」
なるほど、わからん。
余分な魔力は勝手に体の外に出る。さっきこの話を聞いたばかりだが上手くイメージができていない。
「盲点だったよ。だって『息を吸おうとしてもそれ以上は吸えなくなる限界』ってあるでしょ? それと同じで魔力も限界を超えて体に入れることはできないし、余分な魔力は息を吐くのと一緒に外へ出て行っちゃうからね」
なるほど! すごくわかりやすい!
確かに息を吸う限界はある。限界を超える分はそもそも入らないし、溢れた分は息を吐けば勝手に出ていく。さっきのイリスの説明からすると、竜痣病の正体は息を吐けば出ていくはずの余分な魔力が外に出せないからってことになるな。
「本来、魔力は限界を超えて体の中には貯蔵できない。この常識から抜け出さないと答えには辿り着けなかったんだよ……!」
「まぁ病気の理屈はわかったけど、そもそもなんでそんな病気になるんだ? 本来はあり得ないことなんだろ?」
「そこはきっと、魔力濃度に問題があるんだと思う。魔力には濃い・薄いといった濃度があって、濃いほど魔力の純度は高いけど人体には毒になりかねないんだよ」
毒……。確か酸素にも濃度があって吸いすぎてもあまり良くないって聞いたことがある気がする。つまり、魔力って酸素みたいなものってことか?
「外に放出される魔力はあくまで『自分が本来持っている濃度と同じ濃度の魔力』なの。人の体にはある程度、熱湯を人肌の温度に合わせるような魔力濃度調整機能がついているんだけど、それが上手く機能しなかったり、一度に大量の濃い魔力を吸収すると放出が間に合わなくて痣が出来ちゃうんだよ」
「つまり、人体の魔力ろ過装置が壊れているか、ろ過が間に合わなくて病状が出てるってことか?」
「そういうこと!」
なんとなく理解できた気がする。
この理屈をユリンに当てはめると、ユリンの魔力ろ過装置が壊れてしまったか、何らかの理由で高濃度の魔力を吸収してしまい、ろ過が間に合わず竜痣病を発症していることになる。
「それじゃあ、どうにかして魔力をろ過する必要があるな。なんか、透析みたいだな……」
……透析。透析か、やはり思い出してしまう。
俺がこの世界に来る前の出来事だが、透析については嫌と言うほど知っている。
「とうせき?」イリスが首を傾げる。
「あぁ、血を抜いて綺麗にしてからまた体に戻す治療法だよ」
「えぇ……、なにそれこわぁ……」
イリスの反応を見る限り、この世界には透析治療の概念は無さそうだ。
「単純に魔力を抜いてキレイにするって言っても、簡単には出来そうにないよ……。魔力を抜こうにも魔力が濃すぎてあたしには吸収できないし」
「いや、イリスがろ過する必要はないんじゃないか? 別のものに置き換えたりして代用品を見つけるとかさ、日頃から変な発明品作ってるんだし」
イリスがポカンとしている。今日だけで何度目だろう。
「そっか! その手があった! あたしってばエンチャント魔術が得意じゃん!」
やっと気づいたか。
病の原因と理屈は仮説ではあるがおおよそ判明したわけだし、これからは解決方法を考えていく必要がある。
「でも、何をするにしても『魔力を抜く』ことが必要になるよね。そもそも、高濃度魔力だけを抜くなんて出来っこないよ!」
「そうなのか?」
「だって『二つの飲み物の入ったコップにストローを刺して片方だけを飲み干す』なんて出来ると思う?」
今日はやけに例えたがる。きっと、俺の無知具合を察してわかりやすく説明しようと努力しているのだろう。不本意だが大変助かっている。
しかし、そんなに悩むことなのだろうか? イリスは少し枠に囚われすぎているような気もする。
「一度に全部抜く必要は無いんじゃないか? 少しずつ魔力を抜いていって、時間を掛けてでも正常な状態に戻せないのか?」
「……アイトって複雑なことを単純にする天才だよね」
それって褒めてるのか? 何だかバカにされているような気もするが。
まぁ、褒められると嬉しい。
「要するに、少しずつ魔力を抜いてろ過する装置を作る必要があるってことだろ? イリスにはその魔術を考えもらって、どうにか形にしてもらう」
「うん! わかった! ヘックス!」
イリスは懐から賢者の石を取り出した。
早速、他人頼みかよ。人って言うかロボットだけど。
まぁ銀河最強の魔女の知識だ、ここぞとばかりに使わせてもらおうじゃないか。
イリスの手に乗せたキューブは橙色の光を帯びて格子状の光線を放った。光線は幾つかの小枠を作り、その小枠には文字や画像が表示されている。
「すげぇ、これは設計図か?」
「これが、銀河の魔女の知識!」
「……いや、それにしても多すぎないか?」
キューブを中心に表示されている設計図は部屋全体を埋め尽くす程に広がっている。
「これが、銀河の魔女の知識……」
イリスが微妙な顔をしている。
この中から解決方法を探れって言うのはさすがに無理難題すぎる。絞り込み検索とか、キーワード検索機能が欲しいところだ。
「えにゅ」
エニグマ!? そう言えば忘れていた!
病のことで頭がいっぱいだったせいで意識から外れていた。ごめんよ、エニグマ。
「エニグマ、もしかして何とか出来るの?」
「えにゅ! えぬぅ!」
エニグマは得意げな顔を見せると、イリスの肩へと飛び乗りキューブにその手を置いた。
キューブの面が上下左右に動き出し、設計図がひとつにまとめられた。どうやら無尽蔵にあったものが指で数えられる程にまで絞り込めたようだ。
「サイボーグ技術、ナノテクノロジー、フュージョンリアクター? なんかどれも関係無さそうなものばかりだけど……」
「そうだな。それらは多分、全く関係ないと思うぞ」
しかし、流石はヘックスの知識だ。どれもSFチックで男心を揺さぶられるものばかりだ。
「あっ! これはどうかな!『ドレイン・シールド』だって! なんか、エネルギーを吸収する盾みたいだよ!」
吸収か。確かに、魔力を抜くという点では共通点があるかもしれない。
「これの理論を魔術にすればきっと上手くいくはずだよ!」
こいつ、サラッと凄いこと言ってないか?
参考程度に考えるならともかく、見たこともない技術の理論をアレンジして自分のものにするって言うのか?
しかし、実際に包丁で高周波ブレードを使っていたし、イリスからしたら簡単なことなのか?
「待て、吸収するだけじゃなくて、それを浄化して元に返さなきゃいけないんだろ? もっと色々と調べるべきじゃないか?」
「あ、そうだった。アイトの言う通りだよ、難しいなぁ」
所々で抜けているところはある。それでも、自分の思ったことを実現するポテンシャルを秘めている。
心なしか、今こうしてヘックスの知識を漁っている姿は楽しそうに見える。勿論、ユリンを助けるためという気持ちは忘れてはいないだろう。
それでも、魔術に対して真剣で、楽しむ気持ちで打ち込んでいるからこそ、イリスはここまでやってこれたのかもしれない。
「イリス、ここから先はお前に任せても大丈夫そうか?」
「え、あ、うん。多分だけど大丈夫かも」
俺の役目はここまでだ。ここからはイリスの、イリス自身の戦いになる。今度はそれを応援する番だ。
「それじゃあ、俺はユリンの様子を見てくるよ。イリスなら出来る、絶対にな」
「うん、ありがとうアイト。あたし、頑張れるよ!」
俺は実験室を後にした。これでようやく動き出せる。ユリンとそのお母さんを助けるんだ。
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