[14]引きこもり魔女と最後の希望Ⅱ
「ぜぇ……はぁ……まだ、着かないの……?」
イリスが息を切らしながら後ろを付いてくる。
俺とイリス、ユリンの三人は今、ユリンのお母さんに会うため、村を目指して歩いている。
辺りを木々に囲われた一本道、まだ歩き始めたばかりだというのに引きこもりには少々厳しいようだ。
ユリンからしたら相当困惑ものだろうな。実際、イリスが自己紹介をするまで魔女だと気づいていなかった。危険な魔女に会いに来たユリンの心境を考えると同情する。
しかし、イリスがこうして自らの意志で外に出てきたんだ。なんだか感慨深い。
「ほら、もうすぐだぞ頑張れイリス」
俺は何度か村に来たことがある。村にはアトリエの管理人であるダンテのオッサンが住んでいて、日頃からオッサンに会って話を聞きに行くことが多いからだ。
とはいえ、村のことを詳しく知っているわけじゃない。村人とも親交があるわけじゃなく、今回のユリンの件に関しても初耳だ。所詮、俺はよそ者なんだ。
「もう無理ぃ! 疲れたぁ!」イリスが座り込む。
もうギブアップか……。目的地は目と鼻の先なんだが仕方ない。例の方法で村まで連れて行くか。
「おねえちゃん! がんばって……っ!」
「お、お、お、うおおおおおおおお!! お姉ちゃん頑張るぅ───っ!!!」
……単純なやつだ。ユリンからの応援の言葉を受けて奮起したイリスは意気揚々と立ち上がり歩き出した。
無事に村に辿り着いた。
この村は農耕を主軸とした集落だ。道に沿うようにして多くの田畑が目立つ。評するならごく普通の村、辺鄙な田舎集落だろうか。
連なる建物はイリスのアトリエと同様に木と石造りのものばかり。それがこの地域の伝統的な建築技法なのだろう。
「ねぇアイト、なんだかジロジロ見られてる気がするよ……」
俺たちが村の中を歩いているとイリスは肩身を狭くして俯いた。確かに、さっきから目に付く村人からの視線が気になる。畑で作業している人、建物から顔を覗かせる人、まるで『不審者を見る』ような視線だ。
危険な魔女の噂が蔓延っている以上、俺たちを訝しげに警戒するのも仕方がないのかもしれない。それに、イリスの格好はまさに『自分がその魔女です』と言ってるようなものだ。
「気にするなイリス、俺たちがよっぽど珍しいんだろうよ」
イリスは俯いたまま俺の袖を掴んで身を寄せる。不安を感じているのだろう、こんな状況じゃ無理もない。
「ついた! ここだよ」
しばらく歩いて、ユリンの家に到着した。
その家は周りから少し離れた場所にポツンと建っていた。他の建物と比べると少し寂れているだろうか、木と石造りをした一階建ての一軒家だ。
ユリンが玄関の扉を開けると中は家全体がリビングのようで、俺が元の世界で暮らしていた1Kのアパートを思い出す。まぁ、ユリンの家の方が部屋は幾分にも広いが。
「ユリン? お客様かい?」
部屋を仕切るカーテンの先から一人の女性が姿を現した。おそらく彼女こそがユリンのお母さんなのだろう。
見た目こそ若い女性だが、細身で少しやつれているように見える。そして、何よりも気掛かりなのは顔全体を覆うような黒い痣だ。
「おかあさん! 魔女さんをつれてきたよ!」
ユリンはお母さんを見るや否や走って駆け寄った。
そんなストレートに『魔女を連れて来た』と聞いて、誰もが歓迎して出迎える筈はないだろう。勿論、ユリンのお母さんは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ている。
「あはは……」イリスが苦笑いしている。
「あのね! 魔女さんにおかあさんのびょうき、なおしてもらうんだ!」
ユリンは屈託のないキラキラした笑顔を見せた。
それに対してユリンのお母さんは困惑した表情でユリンからの抱擁を解けないでいる。まぁ、そうだよな。幼い娘が急に魔女を連れてくるし、自分の病気を治すとか言ってくるし。
「あ、あの! よければあなたのことを診せてくれませんか?」
「私を……ですか?」
イリスはユリンのお母さんに近づくと、その手を取って診察を始めた。
手のひら、長袖に隠れた腕、そして最後に顔と流れるように一通り診ているようだ。
「おかあさん、なおる?」
「う、うん! あたしは天才魔女だからね! 任せて!」
「……おい、あんまり変な口約束はするなよ?」
イリスに小声で呟くと『しょうがないでしょ!』と言いたげな引き攣った顔を見せた。
「……あの、貴女達はユリンが?」
「は、はい! あたしに任せてください! きっとすぐに良くなる──」
イリスは途中で言葉を止めた。
何事かと思いユリンのお母さんへ視線を向けると、そこには深刻な表情で俯くユリンのお母さんの姿があった。
「……帰ってください」
「えっ……」
「帰ってください! もう十分です!」
これはまずい。ユリンのお母さんはさっきまでの様子から一変して感情を露わにしている。俺は急いで間に入ってイリスを離れさせた。
「娘が付き合わせてすみませんでした! ですので、もうここには来ないで下さい!」
俺は激昂するユリンのお母さんから逃げるようにしてイリスを連れて家から出て行った。
まだ玄関先に立っているが、家の中からはユリンの泣き声が微かに漏れて聞こえる。
抱えているイリスが震えている。あんな態度を見せられたら誰だって辛くなる。俺はイリスの肩を抱えながらその場を後にする。
「お前らっ!? どうしてここに!?」
遠くからオッサンの声が近づいて来た。
少し丘になっているところでしばらくうなだれていたらダンテのオッサンに出会った。オッサンは膝を抱えて俯いているイリスを目にするや否や俺に向けて鋭い眼光を飛ばした。……流石に勘弁してくれ。
「とりあえずうちに来い、そこで話をしよう」
オッサンは俺たちの様子を察してくれたのか家に招いてくれた。
オッサンの家に着いた。リビングのテーブル、その椅子にイリスを座らせ、俺はその隣に座る。オッサンは俺たちにコーヒーを出すと、目の前に座った。
「それで、お前らはどうしてここにいる?」
「俺たちは、ユリンのお母さんの病気を治すためにここにきた」
「ユリンの母親の病気だと……?」
オッサンは驚愕している。その顔はどれに対しての顔だ? イリスが外に出て来たことに対してだろうか。それとも、やはりユリンのお母さんの病気についてだろうか。
「……あの子の母親は、もう治らない」
「!」俺とイリスは息を呑んだ。
「竜痣病と言ってな、全身に黒い痣が出来て死に至らしめる病気だ。その痣が竜のような形をしていることから、そう名付けられたらしい」
「不治の病……ってことか?」
「そうだ、あの子の母親はもう何年も病と闘っている。原因もわからず治療法もなく、どうすることもできずにたった一人でユリンを育てている」
衝撃の事実だ。
ユリンが藁にも縋る思いで魔女を頼ってきたのも納得する。自分の母親は医者にも治せない。たった一人の大切な存在だからこそ、何とかして救いたかったんだ。
「あたしは、あたしは何も知らないであんなこと……っ!」
イリスは両手で顔を覆って嗚咽する。
俺も同じ気持ちだ、何も知らなかったでやっていいことじゃなかった。ユリンのお母さんが怒るのも当然だ。
「もうあの家族とは関わるな、私からもユリンには言っておく。いくら私でもこれ以上はお前たちを庇えなくなる」
庇う……? そうか、この村の人々にとって俺たちは危険な存在なんだ。そんな奴らがユリンのお母さんに会っていたなんて知られたらどう思われるか。
この様子だと、オッサンも必死で周囲に説得してくれているようだが、流石に限界はあるようだ。
「今日はもう帰れ、私も一緒に付き添ってやる」
俺とイリスはオッサンと共にアトリエに帰った。
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