[12]引きこもり魔女と謎の生物Ⅳ
「《最終手段》ワタシに任せてください」
「ヘックスが……?」
正直、今の俺の心は穏やかじゃない。ヘックスはもうすぐ機能を停止してしまうのだろう?
それに、お前は頭だけの存在だ。そんなお前に何ができるって言うんだ?
……可笑しいな。さっきまで散々助けを求めていたくせに、いざ手を差し伸べられたらそれを否定する理由ばかりを探している。
目の前には絶望の瞬間が迫っているというのに「助けて」が言えないなんて、自分で自分がわからなくなる。
「えにゅっ!」
エニグマからの合図を受けて、ヘックスはエニグマを光で包み転送した。モニターには、イリスの前へと転送されたエニグマの姿が映り出されている。
「エニグマっ!? どうしてここに!?」
「えぬぅ! えにゅま!」
エニグマは身を挺してイリスを守るように魔物たちの前に立ち塞がり、耳を絞って威嚇している。
「《融合開始》」
エニグマが再び光に包まれ出した。その光は人の形をかたどるように広がって姿を変化させていく。
イリスは目の前で姿を変えていくエニグマに呆然としている。
エニグマを中心に広がった光は眩い閃光を放ち、白銀の鎧と化して人の形を作った。
それは全身に鎧を纏った戦士。全体的に細身だが、長身で胸に輝く球体がヒーローを連想させる。
特に目を引くのは人間とはかけ離れた脚の構造だろう。チーターのような逆関節状の脚で立っている。
「《融合完了、殲滅開始》」
エニグマが変化し姿を現した鎧の戦士は、左手に力を込めると振り払うように薙いで手を掲げた。掲げた手の先には新たに光が集い始め、棒状に形が作られていく。もう片方の手で棒状の光を引き抜くと、それは両刃を備えた一本の剣へと姿を変えた。
「エニグマが、変身した……」
驚きしか起きない。何が何だかわからないが、これならイリスを助けることが出来そうだ。
鎧の戦士が足に力を入れて踏み込むと、それを察知したイノシシの魔物が数を成して襲い掛かった。
対する鎧の戦士は右手に構えた剣をくるりと回し逆手に持った。襲い掛かる魔物を軽々と避けて剣を振るう。左、右へと往復するように手を緩めることなく、次々と襲い掛かる魔物を切り裂いていく。
切り裂かれた魔物は黒い飛沫を上げながら二つに裂けて彼方の方向へと消えていった。
「《5、6、7……》」
魔物を切り裂いていく毎に数字を呟く鎧の戦士は、背後で座り込んでいるイリスを守るように立ち回っている。おそらく、魔物の数を数えているのだろう。確か、事前に検知した数は十二体だったはず。
「アイト、貴方に伝えなければならないことがあります」
「え?」突然、ヘックスが俺に声を掛けた。
こんな時に一体何の話だろうか。
いや、エニグマ・鎧の戦士が戦っている今だからこそ余裕があるのかもしれない。
「ワタシは誰かの力によって、この世界に来たのではありません。自らの意志でここへ来たのです」
「なんだって……」
「しかし、今やワタシの記憶回路は焼き切れ、その多くは失われました。何故この世界に来たのか、その理由もわかりません」
ヘックスの言葉を受けて部屋の光が暗く落ちていくのを感じた。どこか儚げで寂しさを感じさせる。
「ワタシとイリスの共通点は、魔女である点だけではありません。イリスの語る召喚魔術、それはワタシの行使する魔術と似た概念であるのです。ただし、ワタシは代償としてこの知識以外を失いました」
「それが、ヘックスが頭だけの理由……?」
「そうです。所謂、転移魔術。その法則がイリスの召喚魔術にも当てはまるのであれば、この先、貴方達には越えなければならない試練が訪れることでしょう」
代償、試練……。大きな力ほどに身を滅ぼす。よくアニメや小説で聞く言葉だ。それがこんな形で自分事になるとは。勿論、決まったことじゃない。それでも、今この瞬間のように俺とイリスにはこの先、多くの問題が立ちはだかるのだろう。
「ですが、ワタシは信じています。ワタシとエニグマを再び引き合わせてくれた恩人を、この先の未来を」
それが、ヘックスが俺たちをここに連れてきた理由……。
残り僅かな時間の中、自分の相棒との再会に感謝を送るために。俺たちに、未来を託すために。
「どうやらアイト、今ならイリスを助けられそうです」
俺はヘックスからの言葉を受けてモニターへと視線を向けた。そこには、数を減らした魔物を前に剣を構えて出方を窺っている鎧の戦士が映っている。
確かに、今ならイリスを助けられるはずだ。間もなくして俺の体を光が包んだ。
「……それでは。エニグマを頼みます」
なんだって? ヘックスが何かを言った気がする。
その真意を探る暇もなく、俺は光に包まれてイリスの元へと転送された。
「アイトっ!!」どうやらイリスは腰が抜けて動けなくなっていたようだ。
「大丈夫だ、すぐにここから離れるぞ」
イリスを担いでその場を離れようとした。だが、俺はそこで魔物の残骸を目にしてしまった。
それは生々しく、先程まで命だったことを物語っている。ダメだ、考えるな。血なんて料理で散々見てきただろう……!
腹の底から込み上げる酸っぱさを抑えるよう手で口を覆い、イリスと共にヘックスの元へ向かう。
「な、ない……?!」
さっきまであったヘックスの頭が消えていた。確かにそこにあったはず、この一瞬でどこにいったんだ?!
周囲を見回しても、変わらず魔物を切り裂く鎧の戦士以外に目に付くものは見当たらない。
「プギィッ!!」
気を抜いた一瞬だった。側まで魔物が迫っていた。俺は咄嗟に目を瞑ってしまった。
「《12》」
目を開けると、そこには魔物を串刺しにした鎧の戦士がこちらに背を向けて立っている。
ギリギリで助けてくれたのか、助かった……。俺は気が抜けてその場にへたり込んだ。
「《状況終了、融合解除》」
「そうだ、待ってくれ! ヘックスはどこに行ったんだ?!」
鎧の戦士は目の前で光に包まれ始めた。
「《彼女、ヘックス・キューブ、具現化、高濃度魔力化、消失》」
何を言っている……? 片言の言葉で意味が全く理解できない。
「《敵性群体、行動原理、高濃度魔力。……謝罪、意思疎通、不能》」
そうだ、これはヘックスとの会話の中で聞こえていたノイズ部分の声だ。
最終手段、融合、そしてヘックスの機能停止。この言葉が意味するのはきっと……。
「……ヘックスは最後の力を使って、俺たちを助けてくれたんだな。エニグマ、お前に全てを託して」
鎧の騎士からの返答は無く、ただ頷いた。間もなくして鎧の戦士は光に包まれて消えた。
彼が立っていた足元には傷だらけのエニグマが残されていた。見た感じだが、どうやら息はあるみたいで疲れて眠っているだけのようだ。
「あたしたち、大切なもの託されちゃったんだね」
イリスは地面で寝転ぶエニグマを抱え上げると、その目に涙を浮かべている。
「あぁ、それに命の恩人でもある」
きっと、ヘックスはエニグマと元の世界に帰るための力を俺たちに使ったんだ。もう一度、相棒と共に故郷で最期を迎えるはずだった。
だが、問題はあの魔物かもしれない。大抵の動物なら驚いて逃げ出すようなイリスの魔術が効かなかった。それどころか、ビクとも反応していなかった。
やはり、もっとこの世界について知っていかなければいけない気がする。
「コラ──ッ! お前ら──ッ! 何してる──ッ!!」
遠くからダンテのオッサンの声が聞こえた。間もなくして、俺たちの前にはズラリと村人と思しき大人たちがいぶかしげな様子で並んだ。
そりゃそうだ。こんな夜中にドンパチしてたら人が集まるのも無理はない。しかし助かった、帰り道を探す手間が省けたのだ。
それはそれとして、今この状況で言わなければいけない言葉がある。
「あー、その、ごめんなさい……」
俺とイリス、そしてエニグマはオッサンに連れられて無事に魔術アトリエに帰ってきた。
オッサンにこっぴどく怒られたのは言うまでもなく、その後は泥のように眠りについた。
閲覧ありがとうございます。
ぼちぼち更新する予定ですのでお待ち下さいませ。




