[11]引きこもり魔女と謎の生物Ⅲ
異世界に召喚されていたのは俺だけじゃなかった。これだけでも十分に驚かされる。
イリスによると、俺を召喚する前に一度だけ、召喚魔術を使って何かを召喚したらしい。だが、その何かは気持ち悪かったので元の世界へと返したそうだ。その際に、エニグマも一緒に召喚されていたようが、元の世界へは帰らずこの世界にとどまったらしい。
「おいイリス、さっき召喚魔術は使ってないって言ってなかったか?」
「ヘックスにはだよ! あたしはこんなデッカイの召喚してないし! それに、あたしにだって召喚できる相手を選べるわけじゃないんだよ!」
相手を選べない? なら、俺もたまたま偶然に召喚されたってことか? イリスが最初に変な奴を召喚してしまったのもそれが原因か。しかし、元の世界に返すってそんな簡単にできるのか? だとしたら、いつか俺も元の世界に……。
「だから、あたしにもこの召喚魔術がどんなものかよくわかってないんだ。何とかしなきゃって思っておばあちゃんの魔術書を使ったけど、異世界から召喚してあたしの使い魔にするぐらいしか思いつかなかったし……」
「えにゅ!」エニグマが鳴いた。
「《エニグマからの情報を受信》どうやらイリス、ワタシとあなたには《共通点》があるようです」
ヘックスはイリスに話があるようだ。イリスとの共通点だって? まるで想像がつかない。ヘックスとイリスとの間に一体どんな関係があるんだ?
「先程、ワタシがこの世界《銀河》の存在ではないとお伝えしました。そして、ワタシの行動目標は《銀河》の《脅威》を排すること。そのために、ワタシが《行使》するのは貴女と同じ《魔術》です」
ヘックスが魔術を使うだって? それじゃあまさか、ヘックスは……。
「故に、ワタシは《銀河》の《魔女》と呼ばれています」
「えーっ! うそーっ!?」イリスが驚く。
ヘックスは別世界の魔女? 一体どんな魔術を使うんだ? しかしそうなると、エニグマはヘックスの使い魔ってことになるな。俺と同じで異世界から召喚された使い魔……。
「エニグマから、貴女に《提案》があるようです。ワタシの《魔術》を貴女に授けましょう」
「あたしに魔術を授ける……?」イリスはポカンとした表情で首を傾げる。
「もはやワタシという《存在》は僅か。ならば、この《知識》を貴女に託すことでこの世界《銀河》の《脅威》に対する《抑止力》となるはずです」
ヘックスの言葉に続くように、俺たちの背後にある大きい試験管のような筒に光が灯った。
その光は黄色に近い橙色をしていて、筒の中央に集まるようにして次々と光が形を作っていく。
「それは、賢者の石です。ワタシの《知識》の全てがそこに《集約》されています」
大きな筒に集まった光はひとつの小さな形を作った。賢者の石と呼ばれたそれは、四角い形をしたキューブ型のパズルのようで色は付いていない。筒の中でふわふわと浮かびながらイリスが手にするのを待っているようだ。
「ヘックス、これって……」イリスが重々しく呟く。
「はい《肯定》、それはワタシにとって大切なもの。ワタシの《全機能》に代わるものです。最期にこうして、エニグマと《接触》することができたのは貴女のおかげです。《感謝》ありがとう」
ヘックスからの贈り物、そしてそれはエニグマからの感謝の印。イリスはキューブを手にするとただ深く祈るようにして胸に寄せている。
イリスの魔術によって救われた存在がここにいたんだ。きっかけはどうしようもないものかもしれない。それでも、イリスは確かにヘックスとエニグマが再会する機会を生み出したんだ。
やっぱり、お前は凄いよイリス。もっと胸を張って生きていいんだぜ本当に。
そうだ、だからこそイリスにはもっと称賛の声を与えるべきだと思う。こんな俺にも、もう一度チャンスをくれたのだから……。
「えにゅっ! えにゅまっ!!」エニグマが突然吠えた。耳を絞って何やら危険を知らせているようだ。
「《敵性群体を感知》」
エニグマに反応したヘックスの声と共に部屋の中が赤く発光する。
白い壁だったはずのコックピット席の正面が窓の様に左右へと開かれ、外の様子を映し出すモニターへと変わった。
「魔物だ……っ!」イリスはモニターに映る影を見て物々しく叫ぶ。
「どうやら《敵性群体・12体を検知》に囲まれたようです。《推測》ですが、先程の賢者の石の《具現化》で《行使》した《高濃度魔力》が《敵性群体》を呼び寄せてしまったようです。《謝罪》申し訳ありません」
魔物に囲まれた?! でも、オッサンは魔物は減っているって……。いや、減っているだけでいなくなったわけじゃない。
でも、どうすればいいんだ? 俺なんかじゃ到底太刀打ちできるわけ……。
「あたしが何とかする! あたしの魔術で驚かせばきっと、どこかに逃げてくれるはずだよ」
イリスが覚悟を決めたように堂々と言い放つ。俺にはただ、それを見つめることしか出来ない。
その手を震わせて杖を握るイリスを、俺には止めることが出来ない。
「《承諾》わかりましたイリス。また、貴女に助けられました。お気をつけて」
ヘックスがイリスに感謝すると、イリスの体が光を帯び始めた。
「イリスッ!」
「大丈夫だよアイト、心配しないで」イリスは振り返って俺を見ると、笑顔を見せた。
間もなくして、イリスは光に包まれて目の前から消えた。コックピットのモニターを見ると、こちらを囲む多くの魔物の前に立つイリスの姿があった。
どうやらここから転送されたようだ。
「よし、いくぞ……」イリスは緊張している様子で懐から本を取り出す。
警戒してイリスを見る魔物たちは、どうやらイノシシのような小さな見た目をしている。
全身が黒く、頭部からは鋭く尖った二本の牙か角のようなものが生えている。
改めて見ると少々拍子抜けだが、10体を超える群れと暗闇に浮かぶ赤色の眼光はまるでこちらに警告を促しているようだ。
「先手必勝! 爆撃!!」
イリスは手に持った本からひとつのページを切り取り、魔物たちに向けて紙切れを放った。
ゆらゆらと宙を舞う紙切れは次第に、ぐしゃぐしゃに丸めた紙の玉となって力を込めるように光がひとつに収束していく。
ドカーンッ!
暗闇に包まれる森の中に、激しい閃光と強烈な爆音が轟いた。
モニター越しに見ていた俺ですら目が霞み、耳鳴りで頭がぼうっとする。
辺りの木々の揺らめきが伝わる。動物たちが一斉に動き出したのだろう。だが、これで魔物たちを追い払えた。流石はイリスだな。
「あれっ……?」
イリスの声だ。しかし、どこか困惑しているような様子だ。一体何があったのだろうか。
「えにゅっ!!」
俺はようやく視界が整ってモニターを見た。
「……イリスッ!!」
そこには、未だ魔物たちに囲まれているイリスの姿があった。
なんでだ? 魔物たちはあの爆発を食らって逃げなかったのか?
「うそっ……」
イリスは怯えた様子で後退った。その隙間を埋めるように、魔物の群れはじりじりと距離を詰める。
「まずい! このままじゃイリスが危ない! 何とかしないと!」
モニターには、魔物たちを前に転んでしまったイリスの姿が映る。
ダメだ! ダメだ、ダメだ! また救えないのか!? また失うのか!? また、目の前でなくしてしまうのか! またあの出来事を繰り返すのか……!
「ここから出せ! はやく! 行かなくちゃダメなんだ!!」俺はモニターにすがりついて叩いている。
誰か、誰でもいい、イリスを……イリスを……ッ!!
「──アイト!!」
……ヘックスが俺を叱責する声だ。
「落ち着きなさいアイト。《最終手段》わかりましたエニグマ。ワタシに任せてください」
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